最終話 私に友だちができるまで

「え、マリコ、どうしてここに!」

「谷原さん、今日は土曜日ですよね。土曜は仕事があるって言ってたじゃないですか。どうしてここにいるんですか」

 私の問いかけは完全スルーで、マリコは谷原さんに詰め寄った。下谷さんが小さく手をあげた。

「マリコさんは俺が呼んだんだよ。北斗さんが仲間を連れてくるって言うから、俺も味方を連れてこようと思ってさ」

「味方ですか……」

 勉強会を壊滅状態に追い込んでいるのはマリコのほうなのだから、むしろ敵なのでは。いや、でも私がいなければ参加者が減るような事態にはならなかったのかもしれないわけで。ということは、やっぱり私が悪いのか? 敵は私か。

「谷原さん!」

「ごめんね、マリコさん」

 谷原さんは悲しげに目を伏せた。

「ごめん」

 それきり口を閉ざしてしまった。マリコは立ったまま泣き始めた。私も自責の念でヘコんできた。

「ひっく、谷原さん、うう……」

「うう……」

 なんかもう辛い。私が勉強会に参加しなければ、いらぬ波風は立たなかったのに。泣きたい。帰りたい。結局、下谷さんが言いたかったことは、女を紹介しろということだけのようだし、何も聞かなかったことにして帰りたい。

 私は四天王たちに視線を送った。四天王たちも、「帰りたい」と目が言っていた。

 そのとき、マリコの泣き声がやんだ。

「あんたのせいで……!」

 マリコは私を睨みつけていた。

「体を使って四人を騙してるんでしょ。あばずれ!」

 マリコにあばずれと罵倒される日がくるとは。でも、言い返すこともできない。罪悪感で言葉が詰まる。悲しかった。

「北斗さんはあばずれじゃないと僕は思う」

 ぽつりと呟くように、広田くんがマリコの言葉を否定した。

「そうだな。俺は北斗に騙された覚えはない」

 陣ノ内さんまでそんなことを言うので、私はじんとしてしまった。

「北斗が手を出した男って、結局一人だけだったんだろ。なら純愛じゃん」と、増子くんが言った。おやおや? なんだかおかしな話になってきたぞ。そういえば私はマリコ派閥の男に手を出したことになっていたんだっけ。既に相手の名前も覚えておらんが。

「マリコさんは誤解しているみたいだけど、北斗さんは例の彼と付き合っているし、俺たちは男女の関係じゃないよ」

 谷原さーん。いやもうびっくりだが、私、例の彼と付き合っていることになっていたのか。付き合うわけがないのに。しかし、この話の流れで否定するのもな。というわけで、私は頷くような首を振るような曖昧な感じで流した。

「何よ、みんなして、こんなブスを庇うなんておかしい! 絶対体の関係が……」

「もういいかげんにしろ」

 陣ノ内さんがうんざりしたような声を出した。

「おまえが口を開けば開くほど、こっちは幻滅するんだ。いいかげん分かれ」

「な、何よ……」

「男を落としたいなら、醜い姿を見せるな、ブス」

 マリコは大きく手を振りかぶると、陣ノ内さんに思いっきりビンタを食らわせた。びたーん! と手のひらが肌に張り付くような感じだった。音はしなかった。騒々しい居酒屋の雑音にまぎれたのか、ビンタがヘタすぎるせいなのかはわからない。

 マリコは肩を怒らせて店を出ていった。

「ビンタを避けずに受け止めるところが優しいんだよな」

 増子くんにそんなことを言われて、陣ノ内さんはわざとらしく顔をしかめてみせた。


 居酒屋での話し合いの翌日、私は勉強会を辞めた。マリコだけでなく主催者まで性的におかしくなり始めているのがわかったので、もうかかわりたくなかったのだ。本当はもっと早くに辞めるべきだったのだろう。自分のためにもマリコのためにも。


 私が辞めた後も、参加者は減り続け、とうとう勉強会は消滅してしまったそうだ。

 このことについて、マリコはこう周囲に言いふらしている。

「勉強会が、ある女に潰された。その女はブスのくせに姫気取りのあばずれだった」と。

 しかし、マリコの話を信じる人は少ない。四天王が噂を否定してくれているのが大きいのだろう。


 マリコはその後、資格は取らず、結婚して専業主婦になった。だが男遊びがやめられず、すぐに離婚したそうだ。しかし速攻で別の男と再婚。そして離婚、また別の男性と再婚……というのを延々と繰り返しているんだとか。

 再婚相手がすぐ決まるところはさすがマリコ、でも結婚生活が長続きしないのもやっぱりマリコ。マリコはマリコらしい人生を謳歌しているようだ。


 もしも私が勉強会に参加しなければ、マリコとは今も友だちだっただろうか。そうかもしれない。後悔が胸を刺す。けれど、ほかにどうしようもなかった気もする。私は資格を取るために勉強会を辞めたくなくて、マリコはイケメンを狩りたかった。お互い譲れなかった。


 居酒屋での一件以来、四天王とは連絡を取り合うようになった。たまに五人で飲みにいくこともある。お互いの家を行き来するような仲ではないけれど、こういう友だちも悪くない。

 資格試験は無事合格できた。私だけでなく四天王もだ。だからもう、いろいろあったけど、再就職先も決まったし、友だちもできたし、結果オーライだと思おう、そう自分に言い聞かせている。



「あの、ところで皆さんにお伝えしたいことが」

 ある夜、みんなで焼き鳥屋に行ったとき、私は思いきって真実を告げた。嘘を訂正しないままでいるのが心苦しくなったのだ。

「実は……私はマリコ派の男と付き合ってませんっ! そもそもずっと彼氏いないし」

「ええっ!」

「あれ、そうだったの?」

 増子くんと谷原さんは驚いたようだったけれど、広田くんと陣ノ内さんは「知ってた」などとのたまう。

「し……知ってた!? 知ってたのに増子くんたちの勘違いを訂正してくれなかったんだね!?」

「だって、そのほうがいいだろ」

 陣ノ内さんの言わんとするところがわからない。

「どういうこと?」

「男女の友情が成立するためには、女性は彼氏がいたほうがいいってことじゃないかな。実際のところはともかく、男側はそう思っていたほうがいいよね。やっぱり男と女だから、何かの拍子に関係が変わってしまうこともあるかもしれないから」

 谷原さんの言葉に全員黙った。しばらくして、陣ノ内さんが、でも、と言った。

「確かに彼氏がいたほうがいいが、本当に彼氏ができたらできたで、そこで終わりでもある。彼氏がいるのに男友だちと遊び歩くとかあり得ないだろ」

 皆かすかに頷いた。反エロス派の価値観で考えれば、当然そういうことになるのだろう。私としては納得するような、でも理不尽なような、複雑な気持ちだった。

「友情って……脆いものなんだね……」

 それは男女だからというよりも、大人だからという気がした。いろんなことに配慮して、ちょうどよい距離をたもっていないと、すぐ壊れてしまうものをたくさん抱えて生きている。それは女同士であっても変わらない。

「マリコ……」

 気の合う女友だちを大人になってから見つけるというのは、ひょっとしたら彼氏を見つけるよりも大変なことなのかもしれなくて。私はハイボールのグラスを強く握りしめた。

「わ、私さ……マリコと知り合ったとき、すごい嬉しくて、友だちできたってすごい嬉しくて、うう……、それなのに資格取りたいとか、自分のやりたいこと優先してさ……もう……何だろ、もう何やってんだろ。せっかく友だちできたのに……」

「大丈夫だから。僕たちは大丈夫だから」

 広田くんの言葉に、一体何が大丈夫なんだろうかと思いつつも頷いた。大丈夫、大丈夫と私も繰り返す。みんなも大丈夫、大丈夫と呟いた。

 店内に流れる昭和の演歌、脂を含んだ煙、ぬるくなったハイボールと焦げた串入れ、お会計は割り勘で、駅前で解散して、そんな感じであっても、また何かを間違えてしまって、壊してしまうこともあるのかもしれない。けれど、少なくとも今夜は大丈夫なのだ。

 そう安堵する夜がこれからも続けばいいのになと、そう思うのだった。


 <完>

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イケメンの園のMariko ゴオルド @hasupalen

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