反エロス四天王

 そこで、ネットの掲示板で相談してみることにした。以前からお世話になっている、受験生の掲示板だ。

「勉強会でトラブルがあったんです。皆さん、相談に乗ってもらえないでしょうか」

 その書き込みの直後、私のスマホが鳴った。相手は四天王の一人、知的イケメンの陣ノ内さんだった。

「ネットの書き込みを見た。すぐ消せ」

「え、どうして。というか、私の書き込みだってよくわかったね」

「トラブルが起きそうな勉強会に参加していて、なおかつハンドルネームが「七星」なんて、心当たりが一人しかいない」

 名字が北斗なので北斗七星から名付けたのだが、安直すぎて身バレしていたようだ。

「あそこの掲示板は多くの受験生が見ている。俺もそうだし、マリコもだ」

 身バレした状態で相談をネットに書き込んだら、マリコは「ネットで相談女をやって、男漁りをしている」などと噂を流しかねない。怖い……リアルに想像がつく。私は慌てて書き込みを削除した。

「それで? 何があった」

 陣ノ内さんそう言ってくれるのに甘えて、私はこれまでの事情を話した。

 ほとんど質問もすることなく静かに聞いてくれた陣ノ内さんから返ってきた言葉は、「ふうん」だった。まるで感情のこもらない声には、冷たさすらあった。私は宿題を忘れたことを先生に報告するときのような引け目を感じ、スマホを持ったまま床に額と膝をついて土下座の体勢になった。なんだか自然と土下座してしまうのはどうしてなんだろう。何の罪の意識なのか。

「私がマリコと揉めている……揉めるつもりはないんだけど、結果的にそうなっているせいで下谷さんが迷惑しているのは事実なわけで。慰謝料を請求されたら払うべきかな」

 陣ノ内さんはそれには答えず、「下谷さんとの話し合いって、いつ」とだけ聞いてきた。

「今週の金曜夜だけど」

 もしかして付いてきてくれるのだろうか。

「その日は予定がある」

 ああー。ガッカリ。だが仕方がない。もう辞めた勉強会のゴタゴタに首を突っ込むなんて賢い人のすることじゃない。ここまで話を聞いてくれただけで十分だ。そう思ったのに、陣ノ内さんは予想外なことを言ってきた。

「土曜か日曜なら付いていってやれる」

「いいの? ありがとう! すごい心強いよ」

「日時変更してもらっておいてくれ。もし下谷さんが土日はだめっていうんだったら、諦めて一人で行け」

「はい……」

 下谷さん、どうか土日があいてますように。



 そんなこんなで土曜日の夜となった。

 とある居酒屋で、私は下谷さんと、そして四天王とテーブルを囲んでいた。そうなのだ、陣ノ内さんだけじゃなく、四天王が全員集まってくれたのだ。

「ひ、久しぶり」

 居酒屋の席でかわす挨拶はぎこちないものだったが、私は感動のあまり涙ぐんでしまった。四天王は、私がマリコ派閥のイケメンに手を出したと思い込んでいるので、私を良く思っていないはずだ。それでもこうして集まってくれたことが心底ありがたかった。


 下谷さんは、「それで話なんだけどさ」と切り出した。

「参加者が減るのは困るんだよね、こっちも生活があるから」

「はい……」

 下谷さんは四十代男性で、妻子のある人だ。

「マリコさんは参加者集めをしてくれてるんだから、マリコさんの邪魔をしないでほしいんだよ」

「はい……。あの、私としても邪魔するつもりはなくてですね」

「でも、マリコさんを嫌な気持ちにさせているのは事実だよね。そのせいで会の居心地が悪くなって、参加者が減ってるわけだし」

 うう、そう言われると反論のしようがない。

「俺さ、恥ずかしい話なんだけど、安月給なの。だから、勉強会でもらう参加料を昼食代や小遣いに充てているわけ。参加者が減ったせいで、最近は昼飯抜きの日もあるんだよ」

「下谷さん……」

 増子くんが同情するような表情を浮かべていた。熱血兄ちゃんの増子くんは、情にほだされやすい。今すぐにでも四天王を抜けて下谷さんの肩を持ちそうな顔になっていて、私としてはヒヤヒヤするが、しかし、こういうところが彼の長所でもあるのだろう。

「それで、慰謝料って、どういうことですか。要求額、幾らですか」

 いつも無口な広田くんが、珍しく発言した。

 下谷さんは、一瞬まゆをひそめたが、すぐにもとの顔に戻った。

「いや、俺は別に金を要求しているわけじゃないからね。そこは誤解しないで欲しいんだけど」

「じゃあ、何ですか」

「ちょっと言いにくいんだけど……、参加者を増やしてほしいんだよ。慰謝料がわりにっていうかさ」

「マリコさんがやっていたみたいに受験生に声をかけて、勉強会に勧誘してほしいというわけですね」

 ジェントルマン谷原さんがそう念押しすると、下谷さんは唸った。

「まあ、そうっちゃそうなんだけどさあ」

 どうもはっきりしない。何か良からぬものを感じる。

「いや、ほんと、変な意味じゃないんだ。ただちょっとね、北斗さんの知り合いに声を掛けてほしいなっていうお願いなんだよね」

「私の知り合いですか?」

「うん、女友だちとかさ。二十代女性の知り合いに声を掛けてほしいなって……」

 私は全てを察した。四天王も察したようだ。下谷さんは、マリコのマネをして、自分のハーレムをつくる気なのだ。既婚者なのに最低すぎる。

 陣ノ内さんがテーブルの上で手を組んで、私たちをぐるりと見回してから、宣言した。

「話し合いは以上で終わりだ。解散!」

「だね」

「……うん」

「金払わなくて済んで良かったな!」

「北斗さん、送っていくよ。ああ、せっかくだしカフェでも寄っていこうか、みんなも」

「え、いや、ちょっと待ってよ……まだ話は終わってないって、北斗さんも……!」

 私たちが席を立った、そのとき。

「た、谷原さん、どうして」

 いつの間にかあらわれたマリコが、私たちのテーブルのそばに立ち、谷原さんを見つめて泣きそうな顔になっていた。

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