夜のパリ、アランはエリカ・クロードの家を尋ねた。

 まだ幼い女の子のクララは元気にアランに飛びつく。

 「アランお兄ちゃま!久しぶり!」

 「おお、クララ。大きくなったな。昔のエリカみたいに大人に近づいているよ」

 エリカはクララに「アランと話すから2階で遊んでいてね」と優しく声かける。

 「はーい」

 クララは2階へ向かい、木製の階段を上がった。

 「久しぶり、エリカ」

 エリカ・クロード、アランの上官であったジャン・クロードの妹でアランとは同い年の女性だ。

 今は孤児のクララを預かり、パリで穏やかに暮らしている。

 「悪いわねアラン」

 「いいよ。隊長と約束したから」

 エリカは暗い表情を浮かべる。

 兄のジャンを失って、彼女には見えない喪失感が胸の奥底にあることぐらい、アランも分かっていた。

 「兄さんは、本当に戦争で勇敢に死んだのかしら?今でもそう思えないわ」

 「隊長は・・・・・・」

 「アラン、あなたジャン兄さんの部隊にいたわよね。兄さんは本当に戦争で死んだの?」

 アランは回答に困る。

 彼だけは知っていた。

 ジャンの最後はどうだったのか・・・・・・。

 「隊長は、ドイツの戦車に吹き飛ばれた。僕に力がないあまりに、僕は・・・・・・」

 エリカは勢いよく抱きつく。

 「アランのせいじゃないわ。兄さんはきっと、あなたのことを誇りに思っているはずよ」

 「うん、僕もそう信じる・・・・・・」

 アランはエリカの両肩を軽く握る。

 「僕は行くよ。あまり長くいたら、クララも居づらいし。また来るよ。きっと」

 アランはドアを開けて、エリカの家を去る。

 どこかエリカの表情は物悲しさが伝わる。

 ドアが閉まる時、アランにも寂しさが伝わる。

 エリカとは別の暗闇を歩くアラン、エリカには言えないジャンの過去、そしてその過去と決別すべくアランは新たな薄闇へと向かう。

 アランは外にでた瞬間、殺気を感じていた。

 ラムジンと同じ殺気、UEの殺気に近い物を感じる。

 今のアランにはアイアンナックルと小型の折り畳みナイフしかない。

 アランは周囲を見渡し、路地裏まで駆け出す。

 監視されている。

 その感覚は確かにある。

 だが、それがUEによるものなのか、それとも別か、アランにさえ分からない。

 アランはアイアンナックルを右指に装着する。

 このアイアンナックル、人を殴れば顔面をゆがませるほどの鋼鉄の威力を有する危険な代物だ。

 敵はすぐそこに来ているはずだ。

 「いたわね。金髪の軽装歩兵さん」

 女の声、アランは後ろを取られたことに気づく。

 猫耳にレオタード姿、長手袋と長靴の女、人間にしては異形なその女の右腕にはダイヤモンドが埋め込まれており、見るからに異常さを感じる。

 「UEか!」

 「あらあら有名人ね、私も。私はキャル、ナチュレの暗殺者よ。あんたなんかミンチにしてやるわ!」

 アランは奇妙な単語に疑問を持った。

 ナチュレ、UEの正体か?それとも別の意味があるのか?

 アランは両腕を構え、格闘戦の構えを取る。

 相手はダイヤモンドのナックルがある。

 直撃を喰らえば、ミンチどころではすまない。

 「消えちゃいな!」

 キャルはダイヤモンドナックルの右腕で殴る。

 「まずい!」

 アランはすぐさま、キャルの一撃を避けた。

 キャルの一撃は、路地裏の壁に直撃し、衝撃が走る。

 さすがにダイヤモンドナックルというだけあって、背後の壁には複数の大きな亀裂が散見された。

 「あれに当たったら終わりだ。一か八かか!」

 アランは再び構えの態勢を取る。

 「これでおしまいよ!」

 キャルは再びダイヤモンドナックルでアランの顔面を殴ろうとする。

 「うおおおおおおおお!」

 アランはアイアンナックルを装着した右腕でダイヤモンドナックルにぶつけた。

 バリン!

 鈍い衝突音、すさまじい衝撃、キャルは「うわああああああああ!」と叫ぶ。

 アイアンナックルの一撃で、キャルのダイヤモンドナックルを粉砕し、彼女の右腕に重傷を負わせた。

 「こいつ!」

 キャルは左腕でアランへの反撃を試みようとする。

 しかし何か気配を感じ取ったのか、攻めては来なかった。

 パン!

 発砲音が響く瞬間、キャルは飛び跳ねる。

 そして跳躍と同時に屋根に登って、逃げてしまった。

 「なんだ?!」

 アランはナックルを捨て、路地を抜ける。

 「いや~アラン君、無事かい?」

 エンフィールドリボルバーを手にしたデスカが迎える。

 「すまない」

 「いやいいよ、無事で何よりだがね」

 アランは妙な安心感に包まれていた。

 「それより、あいつらナチュレを称していたが・・・・・・」

 「いや、やはりか」

 デスカはすでに察知していたようだ。

 ナチュレを称する連中らのことを。

 ラムジンとキャルの存在は答えより疑問を多く残すが、無事に生き残ったという事実だけで十分だった。

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