星の贈り手

Bamse_TKE

第1話

『もう素敵よ。この展開最高。ドキドキしすぎて、お医者にかかろうかと思ったほど。ああ、次の話を読む日が待ち遠しいわ。いつもありがとう、あなたの書くお話は私の余生でなによりの楽しみ。ほんとうにありがとう。最大級の感謝を込めたこの感想がどうかあなたに届きますように。』


 未だタブレット画面への直接入力に慣れない私:桜内貴美は人差し指で一文字ずつファンレターにも似た感想を入力するのよ。無料小説投稿サイトは作品ごとの応援コメント欄にしか感想を書けないから、書き込みごとに悔いが残らないように添削には力を入れないとね。


 私は老人ホームでの悠々自適な生活を送っているわ。でも同じスタッフさんと同じ他の入居者さん、そして同じサイクルで繰り返される日常。不満はないけど娯楽もないこの生活。以前は読書が唯一の楽しみだったけど、最近細かい文字にピントが合わなくなってきて・・・・・・。


 小さな活字が読みづらくなり唯一の趣味を失った私。そんな生活を彩ってくれるようになったのは、孫がくれたタブレットPC。これなら思う存分文字を拡大して読める。有難うね、と言ってもこのタブレットPCは昔私が孫にプレゼントしたものだけど。


 以前は月一回施設に来てくれていた本屋さんから勧められるままに買ってそれを読んでいたの。でもその本屋さんから買わないのに、おすすめ聞くのも悪いじゃない?

 だから施設の職員さんに教えてもらって電子書籍の買い方を覚えて買ってみたんだけど・・・・・・。


 これが失敗だったのよ。やっぱり本屋さんは大事よね。私の好みをしっかり押さえて推薦してくれていたんだから。そこそこの金額を無駄にしてしまってから、私は施設の職員さんから教えてもらったの。無料小説投稿サイトの存在を。軽く覗いて見るだけのつもりがすっかりはまっちゃって。無料小説投稿サイトはジャンル分けがしっかりしているから自分の好みが探しやすいし、いくら試し読みしても、何なら全部読破したって無料、こんなありがたいサービスはないわね。


 そしてもうひとつこのサービスの魅力は作者さんとの触れ合いなのよ。私も若い頃は素敵な物語に出会ったとき、作者さんにファンレターを送ったものよ。返事来たこと一度もないけど。でも無料小説投稿サイトは違う。作者さんに感想を送ると、お返事を頂戴できる。来ないこともあるけど。そしてもう一つこのサービスが素敵なのは、自分の感激を星にして表せること。素敵な作品に星を捧げて、その煌めきに華を添えるお手伝い。


 お気に入りの連載小説に応援コメントを送るのはいつも水曜日の昼下がり、私がお気に入りの作者さんはいつも火曜日の夜中に連載小説の続きを無料小説投稿サイトに掲載してくれるから、私は朝ごはんを食べた後ゆっくり作者さんが書いた物語の続きを読むの。私は読むのが遅いから、読み終わるのはお昼近くになってしまうけど、お昼ご飯を食べながら作者さんへの感想を練るのが何よりの楽しみ。お昼ご飯を食べ終わり、スタッフさんから昼食後のお薬を受け取って、その後は歯磨き。それが終わったら車いすを文字通り飛ばして自室に帰るの。


 まずはテーブルに置いたチラシの裏に自分の感想を下書き、私の感激が作者さんに伝わるように、感想とは言えどちゃんと校正に校正を重ねてから、いよいよタブレットに清書するの。私はもともと手書きでしか文章を書いたことが無いから、タブレットPCに入力するのは結構難儀するもの。でも私の感じた感動を作者さんに届けたいから、その思いが私に難関を突破させるの。


コンコンコンコン


 ようやく無料小説投稿サイトの応援コメント欄に感想を入力し終え、感想とは言え入念な推敲を終えようとしているとき、私の部屋にノックがあった。大変、もう催促が来ちゃったわ。誰が来たかはノックでわかる。丁寧な四回ノックの主はあの人しかいない。私は自分が書いた感想が一字たりとも間違いなく、応援コメント欄に掲載されたことを確認しようやく一息ついた。


 私はタブレットを膝に置いて車いすを自室のドアへ向け、その引き戸を引いた。やっぱり待っていたのは宇部明子さん、この施設では72歳と一番若手。明子と言う名前とは裏腹に普段は表情に乏しく、必要以上の言葉を発することも無い。だけどなぜか少女漫画雑誌を読んでいるときだけ、明子さんはまるで少女に戻ったかのようにニコニコと微笑んでいた。

 月間少女漫画雑誌は御用聞きの本屋さんが、古くなったものをサービスで持ってきてくれていたの。でも私が本を買わなくなってから御用聞きの本屋さんは来なくなり、少女漫画雑誌を手に入れられなくなった今、彼女の笑顔はこのタブレットを借りに来た時と、わたしと同じ無料小説投稿サイトで少女青春ものの小説を読んでいるときだけ。私のアカウントを使ってそのまま読んでいるから、彼女のお気に入り作品は私も知ってる。その連載青春学園コメディはいつも水曜日の昼に掲載されるから、明子さんは水曜の午後待ちきれないとばかりに私のタブレットを借りに来る。その明子さんの表情はいつも期待を膨らませた少女のようにキラキラと輝いているの。タブレットを嬉しそうに自室へ持ち帰る明子さんを見送った私はお昼寝。お気に入りの作者さんが書いてくれたお気に入りの作品を夢見るの。


 大好きな水曜日が過ぎてもまだ私は夢見心地。大好きな作品の世界観に浸りながら過ごすのよ。木曜日の朝ごはんが終わると決まって明子さんがタブレットPCを返しにやってくるわ。几帳面な明子さん、いつも通り表情が消えてしまっているけれど、少し緩んだように見える口元を私は見逃していないわよ。昨日は連載青春学園コメディ三昧の夜を過ごしたに違いないわね、タブレットPCの電池残量がそれを物語っているわ。


 木曜日は通所リハビリ施設に連れて行ってもらう日だから、あんまりのんびりしていられない。通所リハビリは週二回、個別リハビリして、お昼ご飯を頂戴して、お風呂に入れて頂いて、それからまた集団訓練、夕方施設へ帰宅ってスケジュール。大事なタブレットPCを充電して身支度を整えて。あっという間にお迎えのバスが来て、私を通所リハビリへ連れて行ってくれるわ。でも小説の影響を色濃く残している私はお迎えの運転手さんをお気に入り小説の男性主人公、色んな時代に生まれ変わり続ける私をどんな時代でも必ず見守り続けてくれる彼に置き換えちゃうの。ごめんなさいね、運転手さん。バスの快適な空間と素敵な空想に包まれながら、私は朝の街をある日は馬車で、ある日はリムジンで、ある日は空飛ぶ車で、楽しい空想とともにこの身を運んでもらうのよ。私が通所リハビリへの移動中、施設の自室で明子さんもきっと空想のスクールライフに身を置いて、その世界を満喫しているに違いないわね。


 私が直接聞いたわけじゃないから、内緒のお話よ。明子さんはもともと良家深窓の御令嬢だったみたい。でも中学に上がるころから精神を病んでしまい、ほとんど学校に行くことが出来なかったみたい。成人してからも家に帰ることはできず、障害者支援施設と病院を行ったり来たりの人生だったみたい。だから明子さんは連載青春学園コメディで自分が経験できなかった青春を取り戻しているのかも知れないわね。


 木曜日の私は忙しすぎて夕飯を頂いたらもうぐったりよ。それでもしっかり身支度をして、私は早めにベッドへ向かう。だって今夜も夢の中でお気に入り小説の彼に出会うかも。ちゃんとしてないと彼に失礼じゃない。


 金曜日は少し疲れが残っているから午前中はぼーっと過ごしているわね。でもこの施設一の偏屈男、大森浩平さんだけはシャキッとした姿で朝食後のコーヒーをすすっているわ。左手足の不自由さを感じさせない振る舞いで右手にコーヒーカップを持ち、広げた新聞の文字を追っている姿はまさに仕事の鬼現役さながら。でも大森さんがこうやって朝シャキッとできるのは誰のおかげ?


 私と大森さんは同じ病院に通っているから、病院に連れて行ってもらう日も一緒。以前の大森さんは送迎者でも一言も口を利かず、いつも青筋を立てながらぶつぶつ言っていたものよ。病院の診察室でも、待合室の私に聞こえるような声で、

「眠れないって言ってるでしょう。この薬じゃ。朝まで眠れる薬を下さいよ。」

とお医者さんに詰め寄っていたものよ。

 お気の毒に若いお医者さんはたじたじになって、強い薬を飲み過ぎるとふらふらして転んだり、なかには物忘れが進む人もいるからと蚊の鳴くような声で話していたの。

「もういい、いつもの薬お願いします。」

 そう言いながら大森さんたら診察室から勝手に出て行こうとして、慌てて付き添いの介護士さんが診察室のドアを開けたわ。大森さんも私と同じ車いすだから、自分でドアを開け閉めするのが難しいのよね。


 私の診察が終わって一緒に施設へ向かう帰り道、大森さんは私と一緒の送迎者の中でぶつぶつと呟いていた。

「朝までじっとしていろだと、何をして過ごせというんだ。」

 怒りと悲しみにあふれた大森さん、ちょっと気の毒になったので、おせっかいをしてみたの。私もあんまり社交的なほうじゃないから、偏屈な大森さんを助けてあげたくなったのかもね。大森さんはいつも器用に右手だけでスマホを操作しているから、そのスマホで眠れぬ夜に無料小説投稿サイトを読んでみたらと提案してみたの。珍しく素直にスマホを眺める大森さんを見ていたら、いつの間にか施設に着いていたわ。


「桜内さんありがとう。」

 満面の笑みを浮かべた大森さん、病院に行った次の日はまるで人が変わったみたいに素敵な表情。昨日もなかなか寝付けなかったようで、スマホで私が教えた無料小説投稿サイトを眺めていたようなの。それでいつの間にか夢中になり、主人公が裏切った仲間に復讐する話を読み切り、すっきりした気分で目を閉じたらもう朝だったみたい。病前はかなりやり手のビジネスマンだったらしい大森さん、すっかり【ざまぁ】と呼ばれる復讐劇にはまっているみたい。以前の鬱屈した姿はなく、生き生きと朝から新聞を読み漁り、あれこれと精力的にスマホで検索している姿は、大森さん本来の姿なのかも知れないわね。


 施設のスタッフさんもはまる人増えたみたいよ。無料小説投稿サイト。介護系のお仕事に就く人って、会社勤めの経験が無いし、ここは田舎だから都会生活の経験も無いみたい。夜勤の時間帯は私たち入所者が面倒をかけない限り暇だから、その時間つぶしにぴったりらしいわね。キラキラした都会のOLが華やかな生活を送る、そんな小説が人気だそうよ。自分たちとは違う非日常を楽しんでるのね。


 土曜日と日曜日は短編小説を読むと決めているの。あんまり長くないお話を。私は読むのがゆっくりだから、読めるのは一日三、四作品ってとこね。お気に入りの連載小説と違って私に合う、合わないもあるけどそれもまた楽しいの。私にぴったり来たと思う作品にはもちろん感想を届け、そして星を贈るのよ。感謝を込めて。


 実は週で一番楽しみなのが日曜日の夜。だってお気に入りの連載小説、その作者さんから私が書いた感想にお返事が届く時間だもの。ファンレターのような感想を送ってお返事が頂けるなんて夢のよう。毎週日曜日を楽しみにしていたわ。


 でもある日曜日の夜、悲しいお返事が届いたの。


『もう書き続けられません。今まで応援してくれて本当にありがとうございました。』


 心臓が止まるかと思うような書き出し、私は我が目を疑ったわよ。物語は完結しておらず、むしろ永遠に続きそうな勢いだったのに。界隈ではエタると言うらしいわね。話を戻しましょう。作者さんのお返事には悲しい言葉が並んでいたわ。読み手さんが減ってきたこと、ひどい感想を投げかけられたこと、そしてまたコンテスト不通過だったこと。作者さんにとどめを刺したのはどうやらコンテスト不通過みたい。


『いままで応援してくれて本当にありがとうございます。あなたからのうれしいコメントに心救われました。でも、もう、書けない・・・・・・。』


 作者さんの苦悩が見て取れるような悲しい文章、・がとめどなく流れる涙に見えたわ。そして締め括りの言葉がこれよ。


『明日すべての作品を削除します。今まで本当にありがとうございました。』


 目の前が真っ暗になったわ。夜中だったからもともと真っ暗だったけど。なんとか止めたい、でもどうやって止めたらいいのかわからない。だって私、文字入力するの遅いんだもの。伝えたいことはたくさんあるのに、一文字ずつ指で文字を入力する私には無理、夜が明けちゃうわ。それでも私は諦められなかった。どうしても作者さんに伝えたいことがあったから。それをこれから見せるわね。


『だからあなたも輝いて』Fairy God grandmother


 ああ、Fairy God grandmotherってのは私のアカウント名。素敵でしょ。私は文字入力を諦めて、自分が書いた文章を撮影してそれをUpすることにしたのよ。内容はこんな感じね。


『初めまして、Fairy God grandmotherです。文字を入力するのが苦手な84歳のおばあちゃんだから手書きの文章を写真で載せるルール違反を許してね。もし優しい人がいたらこれを文字起こししてくれると嬉しいわ。』

『私はお話を読むのが大好き。いつも皆さんの作品を楽しませてもらっているわ。そして実は私お話を書くのも大好きだったの。』

『もう6年も前のことだから知らないと思うけど、当時は結構話題になったのよ。新聞にも載ったわ、【78歳の新人作家現る】ってね。』

『私は16歳の時初めて自分の作品をとあるコンテストに応募したわ。昔はこんな素敵な無料小説投稿サイトなんて無かったから、手書き原稿を郵送。それからずうっと作品を書いてはいろいろなコンテストに応募し続けた。』

『ずうっと続けていたわ。高校を出て役場で働き始めた時も、結婚して人の世話までしなきゃいけなくなった時も、娘が生まれてさらに世話する人の人数が増えた時も。ずうっと書き続けた。そしてコンテストに応募し続けた。』

『どうして書き続けていたかって?』

『そりゃあ、コンテストに落選し続けたからに決まっているじゃない。』

『送り返されてきた没原稿を見て、焼き払いたい衝動を堪えるのが大変だったのを覚えているわ。』

『送っていたのはすべて自信作、それでも全く評価されなかったわ。それでも私は書き続けたの。62年間夢を拗らせ続けて。』

『残念だけど上梓されたのはデビュー作のみ、それもそんなに売れなかったわね。』

『でも拗らせ続けた夢が62年でようやく叶ったのよ。そしてもう一つうれしかったのは、62年間書き溜めていた没原稿、このすべてに編集者さんが目を通してくれた。残念ながら出版できそうなのは無かったみたい。』

『でもこの時初めて知ったの、お話は誰かに読んでもらって初めて輝くということに。』

『私は書いていることを家族にも内緒にしていたし、こっそり読んでくれる友達もいなかったから、没作品を目の前で見てもらい感想を聞くのは初めてだったのよ。』

『もちろん編集者さんの評価は良いものではなかったわ。でも人に見てもらって初めて自分の作品が輝くのを見たの。本当よ。』

『そして過去の自分に感謝したわ。送り返されてきた没原稿を怒りに任せて焼き払わなかったことに。』

『私のお話はここまで。』

『この無料小説投稿サイトに投稿している作者の皆さん。あなたたちの作品はすべてが輝いているの。誰かが読んでくれた瞬間から。』

『だから私は作者さんたちの作品の輝きに華を添えたくて、星を贈り続けます。』

『私が62年頑張ったんだから、みんなも頑張れなんておこがましいことは言いません。』

『私だって折れそうになったことは何度もあったから。』

『でも忘れないで。あなたたちが紡ぎあげた作品は世界のどこを探してもない、たった一つのオリジナルなの。』

『だからどんなにつらくても、悲しくても、作品を捨てることだけは絶対にしないで欲しいのよ。』

『あなたの作品はいつの日か必ずもう一度輝くチャンスがあります。それを捨てない限り。』

『だからお願い、あなたの作品を捨てないで。』

『長文を読んで頂いたことに感謝します。どうかこの文章が私のお気に入り作者さんに届きますように。』


 これは私が書いた手書きの文章を親切な作者さんが代筆して無料小説投稿サイトに投稿してくれたものよ。素敵でしょう。ものすごくたくさんの人が読んでくれて、ものすごくたくさんのコメントがついたわ。


 私のお気に入りはどうなったかって?


 あなた私の話ちゃんと聞いてたの?


 初めに話したでしょう。お気に入りの作品に感想を書くのが水曜日の日課だって。今でも毎日続けてるわよ。


 月曜日の話してなかったわね、聞きたい?


 でもその前にあなたにはやることがあるわね。


 さぁ、お話の続きを書きなさい。


 きっとあなたもあなたの作品も輝くわ。


 


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星の贈り手 Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant

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