第20話 王女様の涙?

 苺大福が完成したので、お菓子の評価をしてもらうために俺は教師たちのところへ苺大福をお盆に載せて持っていく。


「アルフレッド君、随分と時間がかかったな」

「なんじゃ? 白い塊?」

「初めてみるお菓子ですね。アルフレッドさん、このお菓子の名前を教えていただけますか?」


「はい、こちらは『苺大福』といいます。苺が中に入っています。それをもち米から作ったお餅、小豆から作ったこし餡でくるんでいます」


 俺の説明に対して教師たちは首をひねる。

 それもそのはず、教師たちは「お餅」「こし餡」がわからないのだ。


「米から作るお餅?」

「小豆って、食べられるのかしら?」

「まあ、アルフレッド君が作ったお菓子だ、不味くはないだろう」

「それもそうね」

「アルフレッド君、これはどのように食べるのかい?」

「上品ではありませんが、そのままガブっと食べるのが一番美味しいですよ。もちろん、ナイフで切って食べても構いません」


 教師たちは体裁を気にせず苺大福を摘み上げ、ガブっといった。


「うおぉぉぉ! うまい!」

「甘い、酸っぱい、甘い、酸っぱい、どうして二つの味が喧嘩しないんだ?」

「生地が柔らかいのに弾力がある。それなのに口の中でふわっととろけるぞ」

「間にある黒いものは何? 程よい甘さが生地と苺をうまく調和させているわ」

「君は新鮮な苺を使うのが上手いな。苺の果汁を味わいながら食べられるなんて最高だ!」


 五人の教師たちの顔からほっぺたがとろけている。とっても幸せそうな顔だ。



「……ふ〜う。アルフレッド君、今回も堪能させてもらった。下がってよろしい」

「はい、ありがとうございます」


 教師たちの反応は上々だ。うまく苺大福ができてよかった。



 自分の調理台に戻る途中、カリーナが近づいてきた。


「アル、お疲れ様。教師たちの反応を見る限り、わたくしの負けのようですわね」


 カリーナは軽く息を吐いて、お手上げのポーズをした。


 どういう返事を返した方がいいかわからなかったので、俺は苦笑いを返す。


「それより、カリーナ。俺のお菓子を食べてみてください」

「え、よろしいのですか?」


 言葉ではそう言っているが、カリーナの目はクレと要求しているようだ。


「はい、どうぞ」


 俺は苺大福をカリーナに差し出した。


 カリーナは教師と同じように苺大福を摘んで、がぶりと一口食べた。


「うん? おいひいですわ。う、うん。水々しい苺の甘酸っぱさが黒くて甘いものに溶け込んでいるようで不思議な感覚ですわ。しかもこの生地、何ですの?」


 カリーナは頬に手を当てながら目をまん丸くしている。


「アル、もう一ついただいてもいいかしら?」

「はい、どうぞどうぞ」

「あ、シャーロもどうぞ」


 教師の評価をもらって帰ってきたシャーロットに俺は苺大福を差し出した。


「ありがとうございます。楽しみにしていました。一ついただきますね」


 シャーロットもがぶりと苺大福を口にした。


 するとシャーロットの目から一雫の涙がこぼれたと思ったら、次々と涙がこぼれはじめた。


「シャーロ? 大丈夫ですか?」

「シャーロット様、大丈夫でしょうか?」


 シャーロットの急な涙に俺とカリーナは困惑する。


「心配入りませんわ、ちょっと懐か……、いいえ、とても衝撃的なお味で感極まっただけですわ」


 泣くほど嬉しかったと言われれば嬉しいが、この状況をどうしたらいいか俺は判断できなかった。


「シャーロット様、シャーロット様!」


 俺たちが呆然としていると、金髪のロールヘアのマドレーゼがハンカチを片手に近づいてきた。


「マドレーゼ、心配いりませんわ。騒ぐほどではございません」

「で、ですが……。と、とりあえず、こちらをお使いください」

「ありがとう、マドレーゼ」


 シャーロットはマドレーゼからハンカチを受け取って自分の涙を拭った。



「アルフレッド! きさまぁ、よくも俺の婚約者を泣かせたな!」


 状況を全く理解していないモルブランが顔を真っ赤にして俺のところに近づいてきて、俺の胸元を掴み上げた。


「く、苦しいぃ……」

「モルブラン様、おやめください!」


 シャーロットはモルブランの手に触れる。


「シャーロット様……」


 シャーロットの強い口調にモルブランが反応して手の力が緩むと、やっと俺は息ができるようになった。


「かはっ、かはっ」


 しかし、急に息が通るようなるとむせてしまう。


「アル、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 シャーロットは俺の顔を見てホッと息を吐く。


 再度、シャーロットはモルブランの方に向いて鋭い視線を送る。


「モルブラン様、貴方はわたくしの婚約者候補であって婚約者ではございません。勘違いなさらないでください」

「いや、候補は私しかいないのですから、必然的に婚約者でございます」


 酷い理屈だ。

 婚約者候補が一人でも、シャーロットの伴侶として認められなければ婚約者にはなれない。


 現に、シャーロットは迷惑だと思っている。

 配慮のかける行為を何度もされればうんざりする。


「モルブラン様、そういった発言はお控えになられてはいかがでしょうか。シャーロット様のお気持ちをお察しください」


 マドレーゼは庇うようにシャーロットの前に出た。


「誰かと思えば、フェスタブリッシュ家の者か。ふん、貴様に言われる筋合いはない」


 マドレーゼとモルブランは位が同格かと思ったが、モルブランはかなり上から目線だ。


 だが、マドレーゼも譲らない。シャーロットを守りたいという気持ちが出ている。


「ふん、今日のところはこの程度にしてやる。次はないと思え!」


 モルブランはこれ以上無理と判断したのか、捨て台詞を吐いて去っていった。


 ……いやいや、完全に濡れ衣だよ。シャーロットの涙は悲しみの涙じゃなくて、感動の涙だからね!


 そんなことはモルブランには届かないだろうなと思うと、俺は大きなため息を吐いた。


「アル、わたくしの婚約者候補が失礼いたしました」

「いいえ、シャーロが悪いわけではないので。気にしないでください」

「そう言っていただけるのでしたら……」


 シャーロットは肩の力を抜いて大きな息を吐いたあと、これ以上モルブランを刺激しないように自分の調理台に戻っていった。


「では、わたくしも戻りますね」


 カリーナも事態が収集すると自分の調理台へ戻っていった。


 ……はぁ、上流階級の世界って怖いなぁ。


 お菓子一つでこれほど大きなことになるとは思ってもいなかった。


 しかも、モルブランのシャーロットへの執着は凄まじい。何が彼をそうさせるのか全く見当がつかない。


 シャーロットがものすごく困っているから力になりたいけれど、今の俺の立場だとさすがに厳しい。


 ……うーん、どうしたものか。


 これといって良いアイデアが浮かばないまま、第一回の実力試験は終わった。


 ちなみに、俺の順位は1位。

 ほとんど順位の変動はなかったが、モルブランの順位は最下位になっていた。

 

 ……婚約者候補が成績不振でどうする?

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