第12話 決意

 夜、レムの病室。

 夕食を終え、寝支度を整えたあとの消灯までの自由時間。


「そうだ」


 と独り言を呟き、おもむろにベッドの下に手を伸ばす。

 仕舞いこんでいたままの道具ケースを引っ張り出して、ベッドの上に置く。


 数か月ぶりの対面。

 留め具に手を伸ばしたレムは、思わず一瞬固まった。


 開けるのにはわずかな勇気を要した。

 友達と交わしたはずの約束をすっぽかしてしまったかのような後ろめたさを憶える。


 それでも、と意を決し留め具を外し道具ケースの封を解いた。


 ロッド、偏光オーブ、増幅プレート。

 物言わぬ魔道具たちは最後にケースへ仕舞いこまれた時の姿で、主の帰還を待っていた。

 

 レムはロッドの先端に埋め込まれたクリスタルを撫でた。

 病棟の照明を取り込んで、クリスタルがきらきら輝く。


 病室に魔道具ケースを持ち込んだ時は、世界に自分が置いて行かれている気がして中身を見たくもなかった。

 だが今は、愛おしささえ感じる。


 ロッドに触れるレムの指先が温かさを帯びる。

 なかったと思っていたものは、ここにあった。

 ずっとレムの心の中で目覚めを待っていた。


 目を瞑ると、自然とパルスオペラを観たあとのルミネの表情が思い出される。


 日々を当たり前のように笑い合いながら過ごし、ぞっとするような暗闇に震えた時は隣に居てくれる。

 誰にも明かしたことのない恐れや苦しみも受け止めてくれる。


 気付けばルミネは、レムにとって己の体の一部のような、欠けてはならない大切な存在になっていた。


 レムはあの嵐の夜を思い出す。

 あの時も、暗闇への恐怖と抱えている不安に押しつぶされそうになった時、隣に寄り添って手を握ってくれた。


 あの温かさは、今もまだこの手の中にある。


(私はルミネに見せたい。私のパルスオペラを……)


 思えば今日まで、あの純粋な笑顔に温かさを与えてもらうばかりだった。

 だからこそ何かをルミネに返したい。あの笑顔の一部になりたい。


 抱いた熱は想いとなり、そしてレムの心の活力となる。


(あの子は、どんなに苦しくても『前を向く』と言った。だから、私も)


 レムはパルスオペラ歌手に復帰する決意を固めていた。


 道行きに、成功や名誉といったわかりやすい価値が保証されているわけではない。

 だが、今ここにある熱を信じて前に進むことはできる。


 これがルミネの言っていた「奪われないもの」なのかどうかはまだわからない。

 だがパルスオペラが好きだという気持ち、そしてルミネを想う気持ちだけは世界から押し付けられたものでも、流されるままに縋るように信じていた幻でもない。

 

 今この瞬間のレムにとって、この世で一番確かなものだった。

 ルミネのためなら、どこへだって飛んでいける――そんな気さえする。


 この気持ちをくれたルミネが、レムにとってのこの世界のすべてになっていた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る