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あっという間に二週間が過ぎ、兄は北海道へと帰って行った。
家事と勉強の合宿のような日々を送った私と葛城は、むしろ早く学校に行って楽をしたいとさえ思うほどの夏を経験した。
そんな中での収穫といえば、深雪ちゃんが英語教室に入りたいと言いだしたことだろう。
喜んだ静香さんは、小学校からの帰り道にあるアメリカ人夫婦が営む子供英語教室に入学させると張り切っている。
まさか本気だとは思わなかったのだが、葛城は二学期から理数選択に趣旨変えをした。
本当に農学部を目指すのかと聞いたら、どうやら桜花女子大の家政学部は理数系に分類されるのだそうだ。
それならそうと志望校を出した時に教えてやればいいのにとは思ったが『聞きに来るなら教えるが、来ない奴には何もしない』という日本教育の伝統は連綿と受け継がれているようだ。
「じゃあ違う授業になる時間もあるんだね」
「うん、数学が増えて古典が減る」
「それだけ?」
「うん、家政学部は桜花女子大みたいに理系設定の学校もあるけれど、文系に分類している学校も多いんだって言ってた。だから少し増やすだけなのよ」
その辺りの柔軟性はさすが進学校と呼ばれるだけのことはある。
「まあお互い頑張ろう」
そして夏が過ぎ秋が来た。
受験勉強は思うように進まず、焦りばかりが生まれてくる。
模試の成績は予想を下回り、どうすれば良いのか分からなくなってきた。
「洋子、手紙だよ。優紀さんから」
ばあさんが持ってきた薄い水色の封筒には、短いメッセージが書かれたカードと押し花の栞が入っていた。
『今が一番辛いときだ。焦るな。みんな同じだから』
同封されていた四葉のクローバーの栞を胸に抱いて、私は柄にも無く泣いてしまった。
ばあさんは私の肩をポンと叩いて出て行った。
誰もいなくなった部屋で、声を出して泣き続けていると、なぜかとても心が軽くなったことに気付く。
「そうだよね。みんな苦しい時なんだよね。自分だけじゃないんだ」
最近は学校に行っても、どこか殺伐とした空気が流れ、休憩時間に校庭に出るのも下級生だけという息が詰まりそうな毎日に、知らず知らず飲み込まれていたのかもしれない。
「うん、今日は久しぶりに唐揚げにしよう」
このところ夕食づくりを免除してもらっていたが、そういう特別待遇がいけなかったのかもしれない。
「母さん、今日は私が作るから」
事務所を覗くと父と母しかいなかった。
「いいのよ? 勉強あるんでしょ?」
「気分転換だよ」
「わかった。じゃあお願いしようかな」
父が顔を上げる。
「何にするんだ?」
「唐揚げ」
「おう、いいな。俺はモモ肉の方が好きだ」
ニヤッと笑った父の顔に、なんというか救われたような気分になった。
「任せといて! めちゃおいしいのを作って、お兄ちゃんに写真を送るんだ」
「そういえば手紙が来てたわね」
「うん、激励のメッセージと四葉のクローバーの栞」
二人は一瞬だけ顔を見合わせたが、それ以上何も言わなかった。
「じゃあ頼んだわよ」
母から家計用財布を受け取り、少しだけオレンジを纏った空の下を自転車で走った。
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