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 去年の今頃はクリスマスプレゼントをどうするかなんていう話題で盛り上がったものだが、今の教室内でそんな話をする者はいない。

 神頼みはするのに、神の誕生は祝わない……ディス イズ ジャパニーズ!


 共通テストの過去問は、回答と一緒にインターネットで配信されているので三年分はやっておくのが王道だ。

 これは受験生全員がやっていることだろう。

 しかし、冬休みに入ったら共通テストに合わせた生活をすることを勧めてくれたのは、意外にも体育の教師だった。


「人間というのは習慣の動物だ。試験開始時間に合わせて生活を組みなおせば、試験当日も体はきちんと起きてくれる。8時30分には完全に覚醒しているように体を慣らしておくんだ。試験会場までの経路はもちろん、所要時間も把握しておけ。起きて、飯食って、出すもん出して遅くと9時までには到着するとして、自分は何時に起きれば良いのか考えろ」


 本当にその通りだ。

 今まで脳筋ゴリラと呼んでいた私達をどうぞ許してください。

 冬休み中の起床時間を考えながら歩いていると、後ろから葛城が駆けてきた。


「洋子ちゃん、どう? 進んでる?」


「うっ……もう何枚目かの壁にぶち当たってるって状態かな。葛城は?」


「私はそれ以前の問題かも。なんていうのかな本当にこれでいいの? って感じで今頃になって迷ってきた」


「今更感が半端ないが、別にその学部に行ったから、その道に進まなくてはいけないというわけでは無いし、違うと思ったら入学してからでも変えればいいんだよ?」


「そうなの?」


「そうだよ。可能性は多い方が良いしね。自分が何に向いてるかなんて、たかだか18年しか人間やってない私たち凡学生に分かる訳が無いよ」


「ははは! 納得! そうだよねぇ。18年かぁ……私たちってまだ6600回しか晩御飯食べてないんだね」


 365×18か? あ……お前、計算早くなったな。


「うちのばあさんがこの前言ってたんだよ『才能のない奴は大学に行け』って。ばあさんと同世代のアーティストの言葉らしいんだけど、もっともだと思った。まだ何になりたいのか決め切れないから、可能性を探しに大学に行くんだもんね。言っちゃえば時間稼ぎだ」


「ああわかる! だからお姉ちゃんは高校も途中でやめて芸能界に入ったんだね。きっと才能があったってことだよ」


 まあ、実は結ばなかったけどな……


「冬休みはどうするの?」


「私は静香さんが臨月に入るから、家のこともしないと。あっ、もちろん受験勉強も」


「そうかぁ。さすがにこの時期は手伝いにはいけないけど、出産予定日は?」


「二月三日だよ」


「節分だね。男の子だっけ? 鬼を払う桃太郎のような元気な子だ、きっと」


「うん、そうだよね。でもカレー好きの桃太郎ってちょっと変じゃない?」


 私たちは吹き出した。

 なんだか気持ちが軽くなったような気がする。

 そうなんだ、私たちは罰を受けてこんな辛さを味わっているわけじゃないんだ。

 やりたくてやってるということを忘れちゃだめさ。

 お兄ちゃんが言ってた言葉の意味がやっとわかった。


「辛さを楽しむ心の余裕が勝利の鍵だ」


 うん、お兄ちゃん、ありがとう。


「葛城、一緒に受験地獄を楽しもうぜ」


「うん、頑張ろう。レッツ サーフィン イン ヘル! ジョイナス! 」


「お……おう、レッツ エンジョイ」


 やるな、葛城、侮れん。


「じゃあ帰るね〜。ああそうだ、洋子ちゃんち今日は何?」


「今日はおでんだよ。昨日からスジ肉は煮込んであるんだ」


「いいね、うちもそうしよう。お鍋をもってコンビニへGO!」


 何かが違っているような気もするが……

 まあ、それでも家族は助かっているだろうから、まあいいか。


 結局静香さんは、体調が安定せず再就職はしていないままだ。

 本人は出産したら是非うちで働きたいと言っているらしいが、なんと言っても男の子の双子だもの、あと1年は無理だろう。


 葛城が大学に合格したら、家を出るのだろうか。

 京都に行くなら同じ学生寮を紹介してやろう。

 なんだかウキウキしてきたぞ。

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