21

 葛城が登校してきたのは金曜日だった。

 4日分のノートを渡すと、引き攣ったような顔をしながら礼を言ってくれる。


「毎日の勉強をやりながら、これをこなすって大変だぁ。やっぱ一番は健康だってことだね」


「そうかもね。なんならこの土日で集中講座やる?」


「わぁぁ! 助かる! ぜひお願いしたいですぅぅぅ。洋子先生」


「ふふふ、任せなさい」


 そう言いながら、私は土日のスケジュールを頭の中で展開した。

 早起きして家事をこなせば、午後からは出られそうだ。


「ねえ、洋子ちゃん。うちに来ない? 深雪ちゃんも紹介したいし」


「え……深雪ちゃんとは和解したの?」


「和解っていうか、静香さんが言い聞かせてくれて謝りに来たよ。また泣いちゃって大変だったけど」


「そうか。で? クソおやじは?」


「食事の時にぽつっと誤解だったようだって言ったけど、未だにギクシャクはしてる。間にはいった静香さんが可哀そうだから、それで良いことにしたんだよ」


「つまらん男だな。ちゃんと謝れんとはケツの穴が小さいに違いない」


 葛城が吹き出した。

 つられるように桜の枝がガサガサと揺れ、頬に当たる風の冷たさを改めて感じた。


「いいよ、葛城の家に行くよ。そうだなぁ……2時くらいかな」


「わかった。お菓子買っておくね。ジュースはオレンジが良い? それとも炭酸系?」


「できれば天然水がいいな。どうやら我が兄妹の舌は安くできているみたいなんだ」


 葛城は不思議そうな顔をしたが、ニコッと笑って頷いた。

 そして土曜日。

 早起きして掃除と洗濯を済ませた私は、夕飯の下ごしらえまでやってから家を出た。

 我が家から葛城家までは電車とバスを乗り継ぐ必要があるので40分はどうしてもかかる。

 往復の時間を考えると、勉強に使える時間は3時間というところか。


「効率的に進めねば」


 バスに揺られながら、私の教えたがり魂に火がついた。


「お邪魔します」


 迎え入れたのは葛城沙也で、他に人はいなさそうだった。


「1人なの?」


「ううん、深雪ちゃんがいるよ。2人は仕事なの」


 二階に上がると白い扉がゆっくりと開いた。


「いらっしゃいませ」


 おお、これが深雪ちゃんか!


「おじゃまします。深雪ちゃんだっけ、何してたの?」


 頬を真っ赤に染めながら深雪ちゃんが言った。


「テレビ見てたの」


 葛城が深雪ちゃんに言う。


「1人でいられる? あとでおやつの時に呼ぶね」


 コクンと頷いてドアが閉まる。

 なんと言うか……シャイなのか?

 私も兄の友達が来た時はあんな感じだったのだろうか。

 部屋に入ると、葛城が昨日渡していたノートを広げた。

 驚いたことにいくつか付箋が貼られている。


「1人で進めてたの?」


「うん、一応目は通したけど、やっぱりわからないことが多くて。洋子ちゃんはそういう時どうするの? 誰かに聞くの?」


「そうねぇ、兄に聞くことはあるけど、基本的には参考書に頼るかな」


「やっぱ参考書って必要だよね?」


「そうだね、あった方が楽だね」


 うん、まずは五教科の参考書を揃えることから始めようね?

 サラっと読んだだけと言いながらも、葛城の疑問点は的確だった。

 サクサクと進み、16時になる。


「休憩しようか。お菓子持ってくるね」


 葛城が部屋を出て行った。


「深雪ちゃんは?」


「呼んでやって」


 私は立ち上がり、白いドアをノックした。


「深雪ちゃん、おやつにしよう」


「はぁ~い」


 なんだ、素直ないい子じゃないか。

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