22

 三人で床に座り、お菓子をつまみながら休憩をする。

 深雪ちゃんが葛城の顔をチラチラと盗み見ているのが微笑ましい。


「どうしたの?」


 葛城が顔を向けると、何も言わず俯いてしまう。


「言いたいことがあったら言って欲しいな。私ってお姉ちゃんをやったことが無いからどうして良いのかわからないの」


 うん、君の言葉は正しいが、果たして9歳の子に通じるのだろうか。


「別に無いよ……ねえ、沙也ちゃんは大学に行くの?」


「うん、行きたいと思ってる。だから勉強も頑張ってるんだよ」


「大学に行くと何になれるの?」


 お! 良い質問だ。

 葛城はなんと答えるのだろう。


「ん~ 分かんない。ねえ、洋子ちゃん教えてやって」


 そう来たか!


「私にもわからないんだけど、何になれるかは自分次第だよ。でも私もお姉ちゃんも生まれてからまだ17年しかたってないでしょ? 深雪ちゃんは9年だよね? 何もわからなくて当たり前だと思うし、まだちゃんと選べないから大学に行って、いろいろ経験してから決めようと思ってる。まあ、働くまでの時間稼ぎみたいなものかな」


「ふぅ~ん」


 見事なスルー!


「沙也ちゃんはこの家から通える大学にしてね」


 深雪ちゃんがおずおずと言った。

 なるほど、彼女は葛城がこの家を出ることを懸念しているんだな?

 自分の行動がそうさせたのではないかとおもっているのか。

 じっと深雪ちゃんの顔を見ていた葛城が、徐に言う。


「私は出るよ。ここから通うつもりは無いから」


 葛城……オブラードに包むという奥ゆかしい日本語を知らないのか?

 

「えっ……だって……」


 案の定、深雪ちゃんは涙目になってしまった。

 わたしゃ知らんぞ!


「でもどっちにしたって、いつかは家を出るんだよ? 早いか遅いかの違いだし、ほんの数年の違いだよ。 深雪ちゃんも高校生になったら大学を選ぶでしょ? 行きたい学校が遠かったら家から出ることになっちゃうよ?」


「わたしはずっとお母さんと一緒にいる」


「そうか、それならそういう学校を選ばないとね」


「沙也ちゃんの行きたい学校は遠いの?」


「まだわかんない」


 それきり会話は終わったが、深雪ちゃんは何かを考え込むような表情を崩さなかった。

 勉強の邪魔はしないから、ここにいて良いかと聞く深雪ちゃんに頷いて、私たちは再び机に向かった。

 5時には出ないと6時までには帰れない。

 

「葛城、ラストスパートだ」


 自分一人でもできる範囲は除外して、授業を聞かないと理解できないだろう項目に絞る。

 主には数学で、葛城が最も苦手とする教科だ。

 何度も一学期の範囲に戻ることになるどころか、中学時代の教科書まで引っ張り出すことになってしまったが、分からないところがどこなのかが分かるようになった葛城は、一つ一つ確実にクリアしていった。


「そろそろ帰るね。ここまでやれば後は自習で十分だよ」


「ありがとうね、バス停まで送るよ」


 葛城が立ち上がると、本を読んでいた深雪ちゃんも立ち上がった。


「一緒に行きたい」


「じゃあ行こうか」


 玄関の鍵を閉め、三人で並んで歩いた。

 今日もどこからかカレーの匂いが漂ってくる。

 日本人のカレー好きは、インド人以上かもしれない。

 まあ、私もカレーは週一出してほしいくらいには好きなのだが。

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