第18話 私のこと、キライ?

 ――負けられない戦いがある。


 だれにだって、譲れないことの一つや二つあるだろう。私、各務原怜那にもあるように。


 私は、立ち向かって、


 望んだ結果を手に入れたのだった――



「これからよろしくね、七海ちゃん」


 机を移動させた私は、おなじく机を隣に移動させた七海ちゃんに行った。


「う、うん。こちらこそ……」



 今日は席替えをした。


 先生が作ったくじを引いて席を決める。七海ちゃんの隣になりたいな~とは思っていたけれど、



「本当になれるなんて思わなかったわ」


「え? なにか言った?」


「七海ちゃんの隣になれたのがうれしいの」


「そっ、そうすか……」


 なぜか言葉に詰まる七海ちゃん。顔が赤くなっているけれど、どうしたのかしら?


 ちょっと困った顔をしているけれど、私は学校に来るのが楽しくなれそうだわ。でも……



 そのうれしさも、長くは続かないのだった――




 放課後。石田たちと別れた私は、一人帰路についていた。


 本当はかがみも誘おうと思ってたんだけど、いつの間にか教室からいなくなってたんだよね。



 かがみとちょっと話したいことあったんだけどな。なんか様子変だったから。


 席替えしたときはうれしそうだったのに、そのあとはどこか落ち込んだみたいだった。


 てか、もっと言うと不機嫌になってた気もするんだよね。



 その理由は……やっぱりアレなんだろうか。


 後ろの席の生徒が黒板が見えづらいってことで、かがみと席を変わった。


 私と離れちゃったから……とか? いやいや、まさかね。それはさすがに自意識過剰……



「きゃぁあああっ!」


 突然だった。


 私の思考を引き裂いたのは悲鳴。ていうか、いまの声……


「かがみ?」



 そう思ったときには、私は駆けだしていた。


 急いで声のしたほうへ。結構近かった。たぶんこっち。



「かがみっ!」


 すぐに見つけられた。かがみは私に不思議そうな目をむけてくる。


「ななみちゃん。どうしたの? 血相変えて」


「どうしたのって、かがみこそどうしたの? さっき悲鳴聞こえたけど……」


 すると、かがみは「ああ」とうなづいて、



「なんでもないわ。ただ、ちょっとおしっこかけられちゃって……」


 苦笑して言った。私もホッと息を吐く。


 なんだ、そういうことだったんだ。おしっこかけられただけ、そっか……


 ……………………



「って、えぇっ!? おしっこ!? だ、だれにっ!?」


 思わず詰め寄る。どういうこと!? ヤバいでしょそれ! なんでそんなに冷静なの!?


「だれにって……犬よ?」


 と、また冷静に言われて、


 私は目が点になってしまったのだった――



「もう、驚かさないでよ……」


 事情を理解した私は、今度こそホッと息を吐いた。


「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど」


「や、こっちこそごめん。その、変なこと訊いちゃって」


 どうやら、犬を撫でていたらうれしょんされちゃったってことらしい。


 考えたら当りまえのことだ。私すごいこと言っちゃったよ。だれにて。



「気にしないで。心配してくれたんでしょう? ありが……っ」


 言葉の途中で、かがみは苦しそうに顔を歪めた。


「ど、どうしたの?」


「ええ。さっき転んじゃって……」


 視線を追うと、かがみの膝は擦れてすこし血が出ていた。



「大変じゃん! はやく手当てしないと!」


「平気よ。べつにこれくらい」


「ダメだって! 傷口にバイキン入ったら大変でしょ! ほらっ」


 かがみに肩を貸してやって、半ばムリヤリ近くの公園まで連れていく。



 おしっこがかかってしまったソックスを脱ぐかがみ。捨てるらしいけど、それでも私は洗っておいた。


 それからハンカチを濡らして、傷口を確認。……よかった、ホントに軽く擦りむいただけみたい。


 てか……キレイだなー、かがみの足。どこを見ても、やっぱり私とは違う気がする。



「七海ちゃん? どうしたの?」


 顔を上げると、かがみは不思議そうな、どこか照れたような顔で私を見ていた。


 でも、遊具に寄りかかったかがみは私に身を任せてくれていて。その姿に、ちょっとドキッときた。


「なんでもないっ」


 答えて傷口を拭く。



 普通に話せてる……よね? 教室では微妙な感じだったけど。


 それとも、そう思ってたのって私だけ、なのかな。



「もしかして、だけどさ。かがみ……怒ってる?」


 手当を続けながら、私はほとんど無意識のうちに訊いていた。


 答えはすぐに返ってこなかった。いや、時間は全然経ってないのかもだけど、私にはとても長い時間に思えた。


「あの……」


 我慢できずに顔を上げる。そのときだった。



 それは自然のイタズラだった。


 突然強い風が吹いて。かがみの制服のスカートはふわりと持ち上がり。


 その奥に隠されていたちいさめの布が、バッチリ目に入ってしまった。



「ごめんなさいっ」


 慌てた様子でスカートをおさえるかがみ。私も慌てて視線を逸らす。


「い、いや、こっちこそ……」


 び、ビックリした。


 女子同士だし、下着くらい普通かな? でも見せ合ったりはしないし。とにかくビックリした。ていうか……



 紫か。


 かがみさん、なかなかアダルティーなものをお召で。


 それから場に沈黙が流れた。……あれ? 私なに話そうとしてたんだっけ?


 首を捻る私に、



「七海ちゃん。私のこと、キライ?」


「へっ?」


 突然の言葉に、私はまた視線を上げた。


 かがみは不安そうな顔で私のことを見下ろしている。やっぱり不安そうに続ける。



「今日席替えしたとき、なんだか反応がおかしかったから。それに……私と席が離れたとき、ちょっとホッとしたみたいに見えたの。だから……」


「ぁ……」


 そっか。そういうことだったんだ。


 私に嫌われていると勘違いして、それで様子が変だったんだ。怒ってた訳じゃなかったんだ。


 一人ホッとする私。けど、また勘違いさせちゃったらしい。



「やっぱり、そうなのね」


 と、かがみはとても悲しそうに言うので、私は慌てた。


「違うって! そういうわけじゃなくて、その……」


 これ、言わなきゃダメかな? 結構恥ずいんだけど。でも、ここまできたら言わなきゃだよね。



「かがみの隣だと、緊張しちゃうんだよ。なんでだか分かんないけど。だから、離れたらホッとしちゃったの」


 顔を見ながら言うことはさすがにできず、うつむきながら言う。


「じゃあ、私のこと、好き……?」


 今度こそ言葉に詰まる。


 私は、かがみのことをどう思ってるんだろう?



 好きは好きだ。でも……


 そういう意味で好きなのかって訊かれると……


 かがみといっしょにいると楽しくて、たまにドキドキして、近くにいられると緊張するときもあって。



「ごめんなさい、変なこと訊いて。手当ありがとう。そろそろ帰るわ」


「ま、待って!」


 とっさにかがみの手を握る。


 なんだかこのまま帰らせたらダメな気がする。なにか、なにか言わなきゃ!



「その……キライでは、ないよ……」


 結局、出てきたのはそんな言葉だったけど。


「本当っ!?」


 かがみは身を乗り出して、私の手を握り返してきた。さっきまでとは対照的な、うれしそうな顔をして。



「よかったぁ。七海ちゃんに嫌われちゃったんじゃないかって、ずっと不安だったの」


 安心しきったように言うかがみを見て、なんだか私までホッとした。


 微笑むかがみを見て、私はまたドキッとした。



「は、はい。終ったよ」


 絆創膏をかがみの膝に貼って、私は誤魔化すように言った。


「ありがとう、七海ちゃん」


 かがみはニコニコしながら言った。やっぱりさっきまでがウソみたい。



「いっしょに帰りましょう?」


 そう言って私に手を差し伸べてくるかがみ。


 とくに迷ったりすることもなくその手を取ったことに、私はあとから驚いた。


「うん。帰ろっか」


 つられるように、私も笑う。



 かがみとの席は離れてしまったけど……


 なんだか、距離はすこし縮まったような気がした。

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