第17話 私たち、お揃いね

 ある日のこと、七海ちゃんが机に突っ伏していた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 具合でも悪いのかしら? この間私の調子が悪かったとき、七海ちゃんは友達なんだから頼ってって言ってた。それなら、私のことも頼ってほしいわ。


 そう思ったのだけど、



「じつは占いの結果が悪くってさー。ちょっとショック」


 予想外過ぎる言葉が返ってきた。え、占い?


「七海ちゃん、そういうの信じてるの?」


「んー、そういうわけでもないけどさ。結果悪いとやっぱショックじゃん」


「そうかしら? 私は占いなんて気にしたことないから」


 七海ちゃんはうっと言葉に詰まる。あら? なにか変なこと言ったかしら?



「じゃあさ、私が占ったげるよ。かがみってなに座?」


「双子座よ」


「マジで? 私とおなじじゃん。えーっと……」


「いいわ、べつに。占いって、みんなに当てはまることしか書いてないし。いろいろな意味にとれる書き方してるだけだもの」


「双子座のあなたは理屈っぽい言動で回りに煙たがられるかも、だってさ」


 ……話を変えましょう。



「私たち、星座はお揃いなのよね。七海ちゃん、お誕生日はいつなの?」


「え? えーっと……あ、そういえば今日だった」


「えぇっ!? そうなの?」


 そっか、七海ちゃんの誕生日、今日なのね……ふふっ。



「かがみ? どうかしたの?」


「いいえ。なんでもないわ。おめでとう、七海ちゃん」


「う、うん。ありがと……」


 そういうことなら、なにかプレゼントを準備しないと。


 今日中には無理だろうから、また今度、サプライズで渡せたらいいわね。


 なににしようかしら……


 お友達にプレゼントするなんて初めてだから、悩んじゃう。




 なんだか、かがみの様子が変だ。


 最近、いっしょに学校を行くときにあんまり話をしてくれない。


 かと思えば、


「七海ちゃん、いま欲しいものってある?」


 なんていきなり訊いてくる。それだけじゃなくて、



「じーーーーーーーーっ」


 と私のことを見てくるときもある。なので話しかけると、


「ごめんなさい、私用事があるから!」


 とどこかへ行ってしまう。最初は怒ってるのかなーと思ってたけど、


「ふふっ」


 笑ってるから、機嫌はいいと思うんだよね、たぶん。



 なにこれ!? いったいどんな状況なのこれ!?


 私、かがみになにかしちゃったかな……記憶を辿ってみても、それらしいことは思い当たらない。


 ていうか、私逆にされた側だ。ハグされた。カフェでいきなり。


 じゃあなんで私避けられてるの!? 分からん! もうかがみの考えてることが全然分からんっ!!



「なになに、また委員長怒らせたの?」


「今度はなにしたの? ちゃんと謝った~?」


 なんでこいつら、毎回毎回原因が私にあると思ってるんだろう?


 まあ、たしかにかがみが私を怒らせてるところって想像できないけども。



「私べつになにもしてないって」


 むしろハグされた側だって、とは言わない。てか言えない。


 とはいえ、様子がおかしいのもたしかなわけで。


 ほんと、かがみって変なやつだ。気分にムラがあるのかな? それなら、しばらくそっとしておいたほうがいいかも。



 なんて思っていると、


「今日の放課後、屋上に来てください」


 そんなメッセージが私のラインに届いた。かがみから。



 避けられてると思ってたらこれか。いったいなんの用だろう?


 機嫌直ったのかな? ならよかった。このままかがみとギクシャクするなんてイヤだし。


 ……って待って待って。なんか変じゃない? 私べつにかがみを怒らせることしてないのに! 納得いかない! 怒りたいのはこっちじゃい!


 こうなったら、ここ最近変だった理由を問い詰めちゃるっ!



「来たよ、かがみっ!」


 放課後。ずんずん屋上まで歩いて行った私は、勢いよく扉を開ける。


「七海ちゃん」


 振り返ったかがみは、笑顔で私を出迎えた。ふわりと吹いた風に髪が揺らめく。



「ありがとう、来てくれて」


 またドキリとしてしまう。ついさっきまで怒っていたのに、かがみの顔を見るとどうでもよくなっちゃった。


「な、なんの用? 最近様子変だったけど……」


 いちおう抗議してみる。すると、かがみは素直に「ごめんなさい」と言った。



「これを準備していたの。当日にはできなかったから、サプライズしたくって」


 そう言って、かがみは私に紙袋を差し出してきた。


「お誕生日おめでとう、七海ちゃん」


 予想外の展開に目を見張った。


 え? ど、どういうこと……?



「それ、私に……?」


「ええ。受け取ってくれる?」


 サプライズ……そっか、それで最近よそよそしかったんだ。



 よかった。


 まずは安心した。かがみを怒らせちゃったとかじゃないことに。


 それから……



 うれしい。


 どうしよう、うれしい。まさかこんなことしてくれると思わなかった。


 もう誕生日は過ぎてるし、お祝いの言葉も貰っていたから。



「ありがとう。ここで開けてもいい?」


「いいけれど……」


 なぜかかがみは渋った顔をした。


「お家で開けたほうがいいと思うわ。ここじゃ七海ちゃんも恥ずかしいだろうし」


 恥ずかしい? よく意味が分からないけど……



 私はもう一度お礼を言って、かがみといっしょに帰路についたのだった。




 翌日。朝、待ち合わせ場所に最初に来ていたのはかがみだった。


「おはよう、七海ちゃん」


 と、笑顔で挨拶してくれるかがみに対し、私は、


「う、うん。おはよ、かがみ……っ」


 どもりまくりの動揺しまくり。



 我ながら、仕方のないことだと思う。だって……


 かがみからのプレゼントは、下着だった。


 そう、下着。正確に言うと、パンツ。



 な、なんで!? どういうこと!? なんでプレゼントに下着!?


 最初は間違えちゃったのかと思った。いや、それはそれでアレなんだけど、それでも間違えたんならまだ分かる。でも……



「七海ちゃん、プレゼントはどう? 気に入ってくれた?」


 期待を込めた表情で訊かれても、私は口ごもるしかない。


 この様子を見ると、やっぱり間違いじゃないらしい。



「う、うん。その……かわいいね?」


「でしょう? きっと七海ちゃんに似合うと思ったの!」


 うれしそうに言うかがみ。や、喜んでもらえてよかったけれど。



 あ、そうだ、とかがみ。


「七海ちゃん、スカート捲ってもいい?」


「うん……うん!? なんでっ!?」


 一瞬同意しちゃった。慌ててスカートを両手で押さえる。



「いまつけてくれてるのか気になっちゃって。せっかくのプレゼントが埃をかぶるのは悲しいわ」


「それはその……」


 分かるけど。でも私がいいよって言うと思うんだろうか。


 さすがに捲ることはできない。けど……



「つけてるよ、いま」


 かがみの耳元で、そっと囁いた。ちいさい声、自分でも分かったけど、ちょっと声が震えていた。


 自分がどんな下着つけてるか、かがみに教えるなんて。



「本当っ? ありがとう、七海ちゃん!」


 うれしそうに笑うかがみに、私はまたドキッとした。


 も、もう! 話変えよう!



「そういえばさ、かがみの誕生日っていつなの? お返しさせてよ」


「おなじよ」


「えっ?」


「私の誕生日はね、七海ちゃんとおなじ日なの」


「え……えぇっ!? そうなの!? どうして言ってくれなかったのさ!」


「ごめんなさい。秘密にしてたわけじゃないのだけど」


「もー。とりあえずおめでとう。今度お返しするから」


 すると、かがみは「平気よ」と言ってほほ笑んだ。



「七海ちゃんとおなじ誕生日だったことが、私うれしいの。それにプレゼントも気に入ってくれたし、それだけで満足だわ」


 機嫌がよかったのは、それが理由なのか。本当に変なやつ。



「七海ちゃん」


 かがみは数歩前に出て、クルリとターンした。


 その瞬間に、見計らったみたいに風が吹いて、かがみのスカートの裾をはためかせた。



「私たち、お揃いね」


 その奥にある、ちいさめの下着が顕わになる。



 それは、私とお揃いの下着なのだった。

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