第16話 友達なんだし、頼ってよ
それが返ってきたとき、私は思わずうなり声をあげた。
「四十八点」
「見んなし」
石田に覗きこまれて慌てて隠す。
先日やったテストが返ってきたんだけど、その結果が芳しくない。わざわざ石田に声に出されたし。中間テストが近いのにこの結果はなぁ。
「あ、そうだ。私いいこと思いついちゃった」
などといきなり言い出した石田。どうせろくなことじゃない。
「今度のテスト勝負しようよ。負けたほうがケーキバイキング奢るの」
……本当にろくなことじゃんかった。
「あら~。面白そうね~」
坂井まで私も参加しようかしら~なんて言い出した。
「私はいいや。そういう子供っぽい子と興味ないし」
「へー」
いやな笑みを浮かべる石田。ま、またイヤな予感が……とはいえ、
「負けるのが怖いのかね? 綾崎くん」
なんて言われては、私も引き下がるわけにはいかなかった。
「かがみ、勉強教えてっ!」
ので、泣きつくことにした。
「勉強? 七海ちゃん、お勉強できないの?」
……言い方。もうちょっと考えてほしい。まあいいけど。
「ちょっとテストやばいかもでさ。教えてくれると助かる」
「ええ。……いいわよ」
あれ、気のせいかな? なんか違和感が……
「そうだっ!」
気のせいか、なんかいたずらっぽい顔になっているような……?
「七海ちゃんのバイト先でする?」
「っ!!」
不意を突かれた形になり、私は思わず飛びのいてしまう。
「ちょっ……かがみ!」
「ふふ。冗談よ」
楽しそうにかがみは笑う。
やっぱり、さっきの違和感は気のせいだったのかもしれない。
結局、私たちはカフェで勉強をすることにした。……メイド喫茶じゃなくて、普通のカフェね。
「ごめんね、かがみ。付き合わせちゃって」
「平気よ。私も復習になるから」
勉強は一区切りつき、休憩中。かがみはふぅと息を吐いて言った。
「そうだ。ケーキ食べない? 頭使ったから糖分補給しないと」
「私はいいわ。あんまり食欲なくて……」
と言って、かがみはお腹のあたりをさすった。
やっぱり……気になった私は、思い切って訊いてみることにした。
「かがみ、ひょっとして具合悪いんじゃない?」
「えっ?」
「さっきからなんか調子悪そうだけど……違うの?」
すると、かがみはちょっと驚いた顔になって、それから苦笑した。
「じつはそうなの。お腹の調子があんまりよくなくて。ケーキは全部食べ切れないと思うから」
「マジで!? もう、どうして言ってくれなかったの?」
「だって、七海ちゃんが困ってるみたいだったから……」
そう言われたら、私はなにも言えなくなってしまう。私のために……ていうか、私のせいだもんね。
「ごめんなさい……」
かがみはシュンとなってしまったので、私は慌てた。
「いやいや、べつに責めてるわけじゃないって! こっちこそごめん。付き合わせちゃって」
私はバッグから錠剤を取り出してかがみの手に握らせる。
「あげる。この薬結構効くんだよ。すこしはマシになると思うから」
「ありがとう、七海ちゃん」
かがみに微笑まれ、私はまた言葉に詰まる。ダメだ、かがみのこの顔を見るとなにも言えなくなっちゃう。
手をギュッと握り返されて、私の鼓動は高鳴った。
「そ、それよりもさ! ケーキ!」
私は誤魔化すように……ていうか、誤魔化すために言う。
「ケーキ、いっしょに食べようよ。半分こすれば食べられるでしょ?」
「……いいの?」
「もちろん。すみませーん!」
眉をハの字にして訊いてくるかがみ。申し訳なく思ってるっぽい。
だから私は、なるべく明るい声で店員さんを呼んだ。
私たちは一つのガトーショコラを分け合って食べることにした。
「ん~~っ。疲れた脳に糖が染みる~~~~っ! ね、かがみ」
「ふふっ。七海ちゃんうれしそうね」
ケーキを食べる私を、どこか楽しそうに眺めてくるかがみ。そのあとで一口食べていた。
「七海ちゃん、そっちに行ってもいいかしら」
「え? そっちって?」
「ここからだとちょっと食べにくいの。だから、隣に行ってもいい?」
「いいけど」
すると、かがみは妙に控えめな動作で私の隣に座った。
遠すぎず、でも近くもなく、微妙な距離感だ。
ケーキを食べるかがみをちらっと見ると、
「ふふっ」
笑ってる。そんなにおいしいのか。そこまで喜んで食べてくれるなら頼んでよかった。
「ねえ、かがみ。今度からは言ってね、具合が悪いときは……友達なんだし、頼ってよ」
思い浮かぶのは、私がお腹が痛くなって保健室に行ったとき。
あのときかがみは、私を心配してくれた。ちょっと気を使い過ぎてアレなところはあったけども。
それでも、今度は私が力になりたいと思うから。
「ありがとう、七海ちゃん」
ふわっ
仄かな甘い香りが、私の鼻梁をくすぐった。
それと同時に、やわらかな温もりに包まれる。長くキレイな髪の毛に頬をくすぐられて、抱きしめられているんだと気づく。
「か、かがみっ?」
「好きよ。七海ちゃん」
私の言葉を遮ってかがみは言う。
ま、またコイツはこういうことを……
なにか気の利いたことを言うべきだろうかとは思うけど、ドキドキしすぎてとてもできそうにない。
てかここ、普通のカフェなんだけど。
と思ったけど、幸いと言うべきか、いまはあまりお客さんはいなかった。
「うん。ありがと……」
軽く、本当に軽く、私はかがみの背中に手を回す。
考えてみたら、この間私のほうから抱きしめてるんだけどね。自分でするのとされるのとじゃ全然違うや。
いまはこのくらいが限界だ。
私はほんのすこしだけ、手に力を込めたのだった――
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