第15話 これは私たちだけの秘密なんだから

 ある天気のいい休日のこと。私は街を散歩していた。


 ――だから、待ってて。私の心が決まるまで。


 七海ちゃんの言葉を思い出した私は、思わずほおを緩めてしまう。



 あれって、そういうことよね。えぇと……脈あり!


 七海ちゃん。ちょっとは私のこと気にしてくれてるんだ。


 それを考えると、私の心はクリスマスみたいに晴れやかになった。


 スキップでもしたい気分。さっきしたら電柱にぶつかっちゃったからやらないけれど。


 なんだか七海ちゃんに会いたくなっちゃった。七海ちゃん、いまなにしてるのかしら?



 なんて考えながら歩いていると、目のまえに見知った姿が。というより、あれ……


 七海ちゃんっ!?


 私服姿だけど、見間違えるはずない。七海ちゃんがいた。



 どこへ行くのかしら?


 私に、ちょっとしたイタズラ心が芽生えた。


 追いかけて、あとでビックリさせましょう。それで、今日はいっしょに過ごせたらうれしいわ。


 ふふっ。七海ちゃん、どんなふうに驚くかしら?



 こっそりあとをついて行くと、やがて七海ちゃんはお店に入っていった。


 見たところ、飲食店っぽい感じかしら? お昼でも食べるの? そういえばいい時間だものね。


 考えつつお店に入ると――



「お帰りなさいませ、お嬢様ー!」


 エプロンドレスを着た、キラキラした笑顔を浮かべる七海ちゃんに出迎えられたのだった……




 今日は休みだけど、いつもとおなじ時間に起きた。理由は簡単で、バイトがあるからだ。


 ご飯を食べてボケーッとして、準備を整えてバイト先へ。着替えを済ませて仕事開始、なんだけど、



「お帰りなさいませ、お嬢様ー!」


 営業スマイルを張り付け、お客さんを出迎えた私は、


「七海ちゃん、なにしてるの?」


 そのまま、固まることになった。



 か、かがみ!? なんでかがみがここにっ!?


 や、ヤバいところを見られてしまった……



「かわいいお洋服着てるわね。ここでお仕事しているの?」


「う、うん。まあね。かがみはどうして?」


「お散歩してたら七海ちゃんを見つけたから。追いかけてきたの」


「そっスか……」


 暇なやつだ。せっかくの休日なのに。



 っと、いつまでもこうしちゃいられないよね。仕事しなくっちゃ!


 私はかがみを席に案内する。とりあえず落ち着こう。いったんここを離れて……



「それでは、ご用の際はそのベルでお呼びください」


「あの、店員さん。ちょっといいですか?」


「なんでしょうか?」


 なんだろう、ちょっとイヤな予感。


「私、こういうお店初めてなんです。いろいろ教えてくれませんか?」


 予感、的中。なんとなくこうなることが分かっていた自分がいる。


 とはいえ、そう言われては断ることはできないのだった――




 お店のことを教えてほしいと言われることは、じつは割とあったりする。だからそれ自体は問題ない。けど……


「はい、お嬢様。あーん」


 店のオプションを知らない人にするのと友達にするのとではまったく違う。


「あむっ。……うん、おいしいです。きっとメイドさんが食べさせてくれたからですね」


 なんて言って、ニッコリ微笑まれると、逆に私がドキドキさせられる。いちおう、ドキドキさせるのが私の仕事なんだけどな。



 オムライスになに書きますかって訊いたら「💛マーク」って言われたし。意外とノリがいい。


 でも、じつはかがみってそういうやつなんだよね。学校では無表情で冷静なやつだけど。


 本当はノリがよくて、表情もころころ変わって……それにちょっと変なやつ。



「メイドさん、いっしょに写真撮ってくれませんか?」


 店内での撮影はできる。SNSなんかにあげてもらえば宣伝になるし。


 店員との写真も撮れるのがうちの店の特徴だ。別途お金は取られるけども。


 写真かぁ……形に残るものはちょっと……でも断れないし。



 結局、私たちは写真を撮った。


 私はまだドキドキしてるけど、かがみはとても満足気だった。


 うぅ、大丈夫だと思うけど、一応言っておいた方がいいよね。私は周囲を窺ってから、かがみに近づいて耳元で囁く。



「あのね、かがみ。このことは秘密にしておいてくれる? ここでバイトしてること、石田たちにも秘密にしてるから」


 すると、なぜかかがみはうれしそうな顔になった。


「分かったわ。このことはだれにも言わない。約束する」


 そう言って、ほくほく顔で帰って行ったのだった――




 べつの日。学校での昼休みのこと。


「綾崎ー。お昼食べよーよ」


 石田と坂井が、弁当箱を持ってやってきた。


 うん、と答えつつ、私は教室の中をキョロキョロ。



「どしたん? あ、分かった。委員長探してるんでしょ。最近仲いいもんねー」


 そういうわけじゃ……ない、わけじゃない。探してました、はい。


 休みの日、見られたくないところを見られちゃったから、ついね。



「そんなに気になるなら……お~い、委員長~」


 坂井が手を上げてかがみを呼んだ。


「どうかしたの?」


 やって来たかがみに、坂井が言う。


「私たちこれからお昼なんだけど、委員長もいっしょにどう~?」



「お昼……」


 かがみは呟いて、私をちらっと見て、


「じゃあ、いっしょに頂こうかしら」


 と言うのだった。



 食事中。どこの中学行ってたの~とか、だれとだれが別れたとか、他愛ない雑談をするかがみたち。


 話が一度途切れたところで、石田が言った。



「てか委員長って結構喋るんだね」


「ね~。なんか意外~」


 かがみは、そう? と不思議そうにしている。



「ねえね、綾崎といっしょにいるときもこんな感じなの?」


「えっ? まあ、うん。こんな感じ……かな?」


 なんでもないふうに答えるけれど、私は内心ドキドキだ。


 かがみがメイド喫茶のことを口を滑らさないかどうか。坂井はともかく石田に知られたら、たぶん1ヶ月はからかわれる。



「二人は普段どんなこと話してるの?」


「ふ、普通だよ。普段私たちが話してるようなこと。ね、かがみ?」


「ええ。そうね」


 ……あれ? 気のせいかな? なんだかかがみの様子がおかしいような?



 昼食後。


 私の予想は当たっているかもしれない。ていうのは、かがみの機嫌のことだ。


 なんかそっけないし、それに私を見てくれない。石田たちに訊いても「いつもとおなじじゃん?」なんて言ってるけど、間違いなくおかしい。



「ねえ、かがみ?」


 と話しかけても、プイと顔を逸らされてしまう。


「かがみってば。なんか怒ってる?」


 やっぱりかがみはなにも答えずに、すたすたと歩いて行って、教室から出て行ってしまう。



「待ってってば……ってはやっ!?」


 教室を出たかがみは廊下を走ってまで私から逃げていた。あの真面目なかがみが。


「ちょっ、ちょっと待って!」


 慌ててあとを追う。曲がり角を曲がった。ヤバ、見失っちゃう。と思ったら、曲がってすぐのところにかがみが立っていた。



「き、急にどうしたの? 私、なにか……」


「七海ちゃん」


 かがみは私の言葉を遮るように言った。



「私のこと、信じてくれてないの?」


「えっ?」


 なんのことだろう、と思っていると、さらに言う。


「さっき、疑ってたでしょ? 私が、あのこと言わないかって」


 なんのことか、今度は分かる。かがみには、バレてたんだ。私がなにを考えていたか。



「私、七海ちゃんが嫌がることは絶対にしないわ。それなのに……」


「違うよ! 疑ってたってわけじゃなくて、その……」


 そこまで言って結局口ごもる。だって、不安に思ってたのは事実だし。


「じゃあ、証明して」


 かがみは短く、でもハッキリとそう告げた。



 なにかしなきゃ。そう思った。


 だって、振り向いたかがみの顔は、不安で、泣きそうになっていたから。


 だから私は、一歩踏み出した。


 ぎゅっ


 あっさりと、拍子抜けするぐらいあっさりと、かがみは私の腕の中に納まった。



 抱きしめたかがみは、ビックリするぐらい華奢だった。すこし力を籠めたら、折れてしまいそうなくらいに。


 それでも私は、腕に力を込めた。



「ごめんね。不安にさせちゃって。イヤな思いさせちゃって……私、不安だったの。石田たちには知られたくないから。だから……ごめん」


 しばらくの間、かがみはなにも言わなかった。だから、私もなにも言わなかった。


 やがて、かがみはなにかゴソゴソと動く。そのあとで、私のスマホの通知音が鳴った。


 こんなときになんだろうと思っていると、



「見てみて」


 そう言われたので、仕方なしにスマホを確認する。すると画面には……


 昨日撮った、私たちの写真が写っていた。私がメイド服を着ている、アレ。


「あげるわ」


 かがみが言った。



「この写真は七海ちゃんにあげる。私のほうは消しておくから。見たくなったら、見せてね」


 そう言うと、唇のまえに人差し指を当て、


「これは私たちだけの秘密なんだから、だれにも言ったらダメよ」


 クスリと笑って、かがみはその場から去って行った。



 これって、許してくれたってこと? 仲直りできたのかな?


 それにしても……



 かがみといっしょにいると、結局私がドキドキさせられてる。


 高鳴る胸をおさえ、私は一つ深呼吸をして落ち着いた気になる。顔が真っ赤に染まっていることにも気づかないまま。

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