第14話 私の心が決まるまで
やーらかい、やーらかい感触が、手のひらいっぱいに広がっている。
あたたかくて、触り心地がいい。ずっと触っていたいくらい。自分のを触るのとは全然違う。
アレは、夢だったのかな? じゃあ、これも夢? あれれ……
目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。ここは私の部屋だ。ていうか……
なんちゅう、なんちゅう夢を見てるんだ私はぁああああああああああ~~~~っ!
かがみの……かがみのアレを夢でも揉んでしまった。こんなこと、とても本人には言えないよね。
あれ? でも、アレは夢だったんじゃ? じゃあ、夢で見たことを夢で見た? ……訳分かんなくなってきた。
夢にしては妙にハッキリしてたな。感触も、ぬくもりも。それに私のより大きくて……って、いやいや! また変なこと考えちゃってるし!
ブンブン頭を横に振って考えを霧散させる。はぁ、とため息が出た。
「かがみ……」
無意識のうちに呟いたその言葉に、
「なに?」
聞こえるはずのない声が。
空耳かなと思った。反射的に声のした方を見ると、
「おはよう、七海ちゃん」
ニコッと笑顔を向けているのは、なにを隠そう我らが委員長その人だった。
「どうかしたの? さっきから様子がおかしいけど……」
制服姿でお行儀よく正座している(背筋がピンと伸びててすごい)かがみが、不思議そうに訊いてきた。
「どうしたのっていうか……かがみ?」
「? ええ。なに?」
「本物、だよね?」
「もちろん。触ってみる?」
と言って、かがみは私の手を掴んで、自分の頬にピトッと当ててくる。
せっかくなのでちょっと指を動かしてみる……やわらかい。
「ね、本物でしょう?」
またニコッと笑って言う。
「勝手に入ってごめんなさい。七海ちゃんがなかなか来ないから迎えに来たら、お母様が中で待っていたらってあげてくださったの」
「そういうこと……」
お母さんめ。ビックリするじゃんか。
ん? ちょっと待って。私がなかなか来ないから迎えにきた? それって……
壁にかけられた時計を見た瞬間、私はベッドに座ったまま飛び上がった。その針は、ヤバい時間をさしている。
「ちょっ! 時間時間! 遅刻しちゃうじゃんっ!」
「そうね。だから迎えにきたの」
「じゃあなんで起こしてくれないのさ!」
「だって、七海ちゃんすごく気持ちよさそうに寝てたから」
ああもう! いや、悪いのは全面的に私なんだけれども!
私は慌てて準備をすることになった。……焦り過ぎて、かがみのまえで着替えそうになったのはその後の話。
急いで準備をした私だったけど、
「ごめんね、かがみ。結局遅刻しちゃって」
「気にしないで。HRにちょっと遅れただけじゃない」
遅刻した私たちは、先生の手伝いをすることになった。といっても、集めたプリントを職員室に運ぶだけなんだけど。
「でも平気? お母さんになにか言われたりしない?」
「大丈夫よ。ちゃんと事情を説明すれば分かってくれるわ」
本当に平気かな? かがみのお母さん、こういうことには厳しいみたいだし、私の寝坊のせいでまた怒られるっていうのはちょっとアレな感じだ。
昨日、私はなかなか寝つくことができなかった。例の、あの夢のせいで。
自分で触るのとも、触られたときとも違う、あの……いやいや、だから変なこと考えるなって私!
また頭をブンブン横に振って考えを霧散させる。と、
「え? あ……っ!」
両腕で抱えるようにして持っていたプリントが、滑り落ちて床に散らばってしまう。
それを踏んでしまった私は、バランスを崩して転びそうになって……
「七海ちゃんっ!」
かがみの声が聞こえたのが最後だった。私の視界は暗闇に包まれる。
でも、それはべつに転んだとか気を失ったとかじゃなくて……
鼻先に、かがみの顔があった。頬が触れ合いそうなくらい近くに。
転びそうになった私を、かがみが助けてくれたのは分かる。
けど、これはさすがにアレじゃない!?
かがみの顔は目のまえにあって。かがみの手は私の顔の横にあって。
私はいま、かがみに壁ドンされた状態だった。
「あ、あ、あの……」
ち、近い。吐息があたる。お互いの熱を感じる。
「大丈夫? ケガはない?」
「う、うん。おかげさまで」
かがみ、やっぱりキレイだな。素直にそう思った。
まつ毛長い。色素も薄いし。白い肌はきめ細かくて、顔はちいさい。
おなじ人間のはずなのに。私とは作りが違うんだろうか。
こんなにキレイなやつが、私を好きって言ってくれるなんてウソみたい。そんなの、私だって……
「あぁーーーーーーーーーーっ!」
いきなり聞こえてきた大声。ビクッとなってしまった。
てかこの声……
「綾崎と委員長がキスしてるーーーー!」
見ると、石田が私たちを指さして、面白そうなものを見つけたと言わんばかりの顔をしていた。
「は、はぁっ!? いやいや、してないしてないから!」
慌てて否定する。
かがみもしてくれるかなって思ったけど、してくれなかった。それどころか、私から離れもしない。
「まあ知ってるけどね~。バランス崩した綾崎を委員長が助けてくれたんでしょ~?」
石田といっしょにいた坂井が、のんびりとした口調で言った。
「知ってんじゃん!」
まったく、それなら最初から変なこと言うなっての。だれかに聞かれたらどうする。
「かがみ、もう大丈夫だから。ありがと」
「……ええ」
ここで、かがみは私から離れてしまった。……あれ? 離れてしまったって、なんか変じゃない?
「あ、私分かっちゃった!」
突然石田が声を上げたので、私はまたちょっとビックリした。
「最近二人の距離が近い理由! 二人、付き合ってるんでしょ!」
なんて言い出したので、またまたビックリ。
反射的に否定しそうになって、結局口をつぐむ。
付き合ってはないけど……告白はされてるんだよね、私。
なんて言うべきだろう? 否定したらかがみを傷つけちゃう? でも……
考えていると、
「いいえ。私たちは付き合っていないわ」
私よりもさきに、、かがみが口を開いた。
「ちょっと裸の付き合いをしたくらいで」
余計な一言を添えて。
「え、えぇええええええええええっ!?」
案の定、石田と坂井は驚きの声を上げた。
「それってどういうこと!? ま、まさか、セフ……」
「ちょ、学校の廊下で変なこと言うな! 本気で怒るから!」
「いっしょにお風呂に入った仲だもの」
「なんだそういう……いや、それもおかしくね!?」
「銭湯! いっしょに銭湯に行ったってこと!」
「ああ、なるほど」
石田はようやく納得したようにうなづいた。あー、焦った。
はぁ……なんだか疲れちゃった。やっぱり、遅刻なんてするもんじゃないなぁ。
「失礼しましたー」
用事を済ませた私たちは、職員室を後にする。
ふと横を見る。さっきから、ちょっとかがみの様子が変な気がする。あんまり喋んないし、なにか考え事をしてるみたい。
だから、
「七海ちゃん」
と話しかけられたときは、ちょっと身構えてしまった。
「ど、どしたの?」
「あの……この間いきなりキスしたこと、怒ってる?」
「はっ?」
立ち止まって、深刻そうな顔でなにを言うかと思えば……なんのこと?
この間……頬にしたこと? それとも、もっとまえ、唇にしたこと? どっちだろ?
「さっきキスしてないって否定するとき、ずいぶん必死だったから。イヤだったのかなって思って」
そういうことか。
てか、私そんなに必死だったかな? そんなつもりなかったけど……
「いきなり言われたから、恥ずかしかっただけだよ」
「じゃあ、イヤじゃない?」
そう言われても、すぐには言い返せない。
かがみにキスされたとき、すごくビックリして、それに恥ずかしかった。でも……
イヤかって訊かれると……
「怒ってないよ」
いまの私は、そう答えるしかなかった。
かがみは、うつむきがちにそうと呟いた。それから私を見て、
「七海ちゃん、キスしてもいい?」
「はっ、えぇっ!?」
突然なにを言い出すのこの子!?
動揺する私に、かがみは無言で近づいてくる。
後退るうち、結局私は壁際まで追いつめられてしまった。かがみが近い。さっきとおなじように、壁ドンされる。
思わずギュッと目をつむる。でも、いくら待っても唇にはなんの感触も来なかった。
目を開けると、そこにはやっぱりかがみの顔がある。そのキレイな顔は、さっきと違って不安そうな色に染まっていた。
「やっぱり、イヤ?」
「……イヤじゃないよ」
考えるよりもはやく、その言葉は私の口から出ていた。
「イヤじゃないけど……つぎは私からって約束でしょ? だから、待ってて。私の心が決まるまで」
残酷かなって思った。誠実じゃないかなって。でも……
「そう。分かったわ」
かがみは満足したように微笑んでいた。気のせいかもしれないけど、うれしそうに。
「行きましょう。七海ちゃん」
そう言って歩き出したあとを、私はドキドキしたまま追った。
――私の心が決まるまで。
さっきそう言ったけど。
私の心は、本当にまだ決まっていないのだろうか?
そんなことを考えながら。
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