第13話 裸の付き合いというやつだ

 ――これは、私からの一方的な想いの証よ。


 かがみが、ふわりと微笑んで言う。


 ――いつかあなたの心が決まったら、今度はここにさせてね。


 唇のまえで人差し指を立てる。


 ピンク色の、薄い、瑞々しい唇。


 あの唇が私の頬に。うぅん、そのまえは唇に……



「うぁあああああああああああああああ~~~~…………っ」


 夜の住宅街で、私は頭を抱えたい気持ちでその場にしゃがみ込む。


 また……またキスされてしまった……っ!



 あの日から、キスのことばっかり考えちゃってる。


 かがみって本当に、私のことが好きなんだなあ……って、私なんだかすごい恥ずかしいこと考えてない!?


 いろいろな意味で顔が真っ赤になっているのが分かる。辺りが真っ暗でよかった。人通りもないし。


 とはいえ……



 友達から始めようなんて言っちゃってるけど、このままでいいのかな?


 かがみはあんなにしてくれてるのに、その気持ちに答えないままで……



「七海ちゃん?」


「ひゃいっ!」


 突然呼ばれ、驚いて飛び上がってしまう。


「やっぱり七海ちゃんだったのね。なにをしているの?」


 だれかと思えばかがみだった。考えたら、私を七海ちゃんて呼ぶのはかがみくらいだけど。



「う、うん。ちょっとね……」


 しどろもどろになってしまう。


 制服じゃなくて、私服を着たかがみ。私はろくに視線を合わせることもできない。


 どうしても緊張する。てか、なんでかがみは平気なんだろう? 私にキスしたくせに……



「あら?」


 と、私の手元を見たかがみが、軽く首をかしげて言う。


「ひょっとして、七海ちゃんも銭湯に行くの?」


「え? うん、そうだけど……」


 ん? 七海ちゃん〝も〟?




 どうして……どうしてこんなことに……


 もとはといえば、家のお風呂が壊れたことが原因だ。お湯が出なくなって、それで銭湯に行くことにした。


 した、んだけど……



 ちらっと隣を盗み見る。


 そこではかがみが服を脱いでいた。いや、ここは脱衣所だし、なにも問題はないんだけど……


 やっぱり、コイツキレイだな。細いのに、私よりも胸大きいし。あ、胸元にほくろある。



「七海ちゃん? どうかしたの?」


「え?」


「あんまり見ないでね。恥ずかしいから」


「ご、ごめんっ」


 私は慌てて目を逸らす。


 かがみは体をよじるようにして隠そうとしていたけど、逆に胸が強調されちゃってた。



 目的地がおなじ銭湯だったから、いっしょに行こうって話になった。裸の付き合いというやつだ。


 かがみと、裸の……


 まさかこんなことになるなんて。でも、いつまでもこうしてはいられない。


 私は覚悟を決めて、服を脱ぎ始めた。




 まさかこんなことになるなんて!


 私はその場で飛び跳ねたい気持ちを必死に我慢しつつ、七海ちゃんといっしょに浴場に向かう。


 そう、七海ちゃんといっしょに。お風呂に入れるなんて!


 さすがに恥ずかしいけれど……これはアプローチする絶好のチャンスなんじゃないかしら。



「七海ちゃん! 背中流してあげるわ」


「えっ? い、いいよべつに」


 そう答えた七海ちゃんは、なぜか私を見てはいなかった。


「どうしたの? そっぽむいて」


「いや、その……見ないでって言われたし……」


「ジロジロ見られるのは恥ずかしいけれど、目も合わせてくれないのは悲しいわ」



 すると、七海ちゃんはこっちを見てくれた。恐る恐るって感じだったけれど。


 気のせいかしら? 顔が赤くなっているような……?



「ね? 背中流してあげるわ」


 ぎゅっと手を握って言うと、七海ちゃんの体はビクッと震えた。


 ビックリさせちゃったかしら? と思っていると、



「わ、私が背中流してあげるよ!」


 今度は私がビックリした。


 七海ちゃんが私の背中を? そんなこと言ってくれるなんて! そういうことなら、お返しってことで私もやりやすいし。


 そう思っていたのだけれど……


 このときは、まさかあんなことになるだなんて考えてもいなかった。




「かがみってさ」


 と七海ちゃんが言った。


 背中を流すという話だったけれど、さきに髪を洗ってくれることになった。ブラシで髪をとかしてくれながらのことだった。



「普段から銭湯に来てるの?」


「いいえ、たまによ。リラックスしたいときとか、大きいお風呂に入りたくなるの。七海ちゃんは?」


「私はお風呂が壊れちゃって……」


 なんて話をしながら、私は七海ちゃんにされるがまま。あとでお返しするわねと言っておく。


 ブラッシング上手ね。それに洗い方も。髪の長さもおなじくらいだし、普段から気を使っているのかしら。



 トリートメントもつけてもらって……と、そこでいまさらながらに気づいた。


 七海ちゃん、裸だわ。


 お風呂に入っているんだから当りまえだけれど……意識しちゃうわね。


 鏡に映った七海ちゃん。艶のある白い肌を、水滴が伝っている。仄かに朱も散っていて、なんだか色っぽい……っ!?



 身体がビクッと震えた。


 七海ちゃんがボディーソープをとるために、まえのめりになって手を伸ばしたから……


 当たってしまった。七海ちゃんの胸が、私の背中に。というより、むぎゅっとなった。


 七海ちゃん、気づいていないのかしら? 私、アレを揉んじゃったのよね……



 ボディーソープを泡立てた七海ちゃんは、そっと私の体に触れてくる。ので、また体がちょっと震えてしまった。


 そ、そうよね。洗うってことは、直接触れるってことよね、うん。


 まえに手を繋いでくれたことがあるけれど、あのときとは全然違う。


 七海ちゃんの手が私の体を擦るたびに、私には静電気が流れているようにピリピリした刺激が来た。


 ちょっとくすぐったい……声出ちゃいそうだわ……っ。



「な、七海ちゃん!」


 気を紛らわせるために、声を上げた。それが間違いだった。


「きゃっ!?」


 驚いたらしい七海ちゃんは体を震わせ、そして――



 むにゅっ



 私の胸に、おかしな感覚が。



 むにゅむにゅっ



 またおかしな感覚、というかくすぐったい……



「あ、あの、七海ちゃ……っ」


 このときの私は、顔は真っ赤だし口はパクパクしているし、金魚みたいだったと思う。


 声を上げてしまうそうだった、けれど……



「きゅぅ~」


 奇妙な声を上げて、急に七海ちゃんが私にもたれかかってきた。


「な、七海ちゃん!? どうし……気絶してる……」


 ど、どうしようかしら。リラックスしに来たのに、とてもできそうにない……




 ……やーらかい、やーらかい感触が……


「あ、よかった。目が覚めたのね」


 パチパチと瞬きをする私。目に入るのは、安心したように微笑むかがみの顔だった。



「あれ? 私……」


「七海ちゃん、お風呂でのぼせちゃったのよ。よかった、気がついて」


「え……?」


 私湯船に浸かったっけ? ていうか……


 まだ、手に感触が残ってる。あたたかくて、やわらかい。私、かがみの胸を……



「あ、あのさっ」


「七海ちゃん!」


 かがみは私の言葉を遮るように言った。


「のぼせちゃったみたいだけど平気? はい、牛乳買っておいたわ」


 訳も分からないまま、私は牛乳のビンを受け取った。それで気づいたけど、私はいま横になっているみたいだった。


 しかも……かがみの膝の上で。どおりでやわらかいと思ったら。



「もう、気をつけてね。今日は私がいたからよかったけれど……」


「う、うん。ありがと……」


 そっか、のぼせちゃったのか、私。かがみがそこまで言うなら、そうだったのかも。


 顔が赤く染まっているように見えるのは、気のせいなのだろうか。お風呂上がりだから? それとも……



「あら? もう起きて平気なの?」


「うん。迷惑かけてごめん」


 クラスメイトの膝枕とか恥ずかしすぎる。


 石田あたりに見られでもしたら、何か月もからかわれるに違いない。



「これいくらだった?」


「気にしないで。私がごちそうするわ、ていうほどのものでもないけど」


 そういうことなら、ここはありがたく厚意に甘えておこう。それにしても……



 ――あとでお返しをするわね。


 なんてかがみは言っていたけれど……アレが夢だったとしたら、どこからが夢だったんだろう?


 夢にしてはずいぶんリアルだった。それに、全然違った。私のとは、やわらかさとか、あと大きさとか。


 ぼんやりと考えながら、私は牛乳を飲みほした。




 夜の帰り道。私は一つため息をついた。


 なんだか、リラックスしに行ったのに全然できなかった気がする。


 自分の手のひらを見つめる。うーん、やっぱりまだ感触が残っているような……? ワキワキと手を動かす。そしてまたため息をつく。


 アレが夢なら……私どうなっちゃったんだろう? 友達の胸を揉む夢見るとか、ヤバくない? 欲求不満なのかな?


 ダメだ、なんか変なこと考えちゃってる。スマホでもいじって、いったん落ち着こう。



 荷物……洗面器の中をゴソゴソ探る。


 入っているのは、シャンプーと来るときに着ていた服。それから……下着。


 でも、それは見覚えのないものだった。



 純白の、レースの下着。フロント部分にはオシャレな模様がある。


 これ、だれの……まさか、かがみの?


 思い出すのは、牛乳を飲み干したあとのこと。夢のことで動揺していた私は、荷物を落としてしまった。


 私だけじゃなくて、なぜかかがみも。ちょっと焦っていたように見えたけど……


 二人していそいそと片付けたから、紛れ込んじゃったのかも……ハッ!?



 もしかして、これがかがみの言ってたお返しってこと!?


 下着をお返しにくれるなんてなに考えてんのかがみ!!


 ……なんてね。そんなわけないよね、うん。


 あとでラインで確認して、明日返そう。なるべくこっそり……



「七海ちゃーーーーーーーーんっ!」


 夜の住宅街。その声は、たぶん本人が予想しているよりも大きく私まで届いた。


「下着! 下着返すわっ! 私のほうに入っちゃってたみたい!」


 そう、夜の住宅街に、反響して……



「ちょ……声! 声抑えて! ていうか下着を持ったまま手をブンブン振らないで~~~~っ!」


 下着を取り違えていたらしい私たち。



 最後の最後まで、ドキドキさせられるお風呂タイムだった。……いろいろな意味で。

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