第12話 これは、私からの一方的な想いの証よ

 朝の通学路。約束の場所についた。腕時計で時間を確認すると、まだ約束のまえだった。


 ずいぶんはやく来てしまった。まだ約束まで一時間ある。



 昨日の夜――


 明日、いっしょに学校に行きませんか?


 七海ちゃんにラインでそうメッセージを送ってみた。まえからずっと思ってたけど、勇気が出ずに言えずにいた。


 返事が返ってくるまで心臓がバクバクいってた。既読がついたときは飛び跳ねてしまった。



 あっさり了承してくれたのはよかったけど……私は緊張で眠れない夜を過ごしたのだった。


 結局五時にはベッドを出て準備して……うーん、時間までどうしようかしら。


 手鏡を取り出して、前髪を整える。それから……ニコッ。笑顔の練習。どうかしら? ぎこちなくない?



 あとは……会話の練習でもしておこうかしら。


「お待たせ、かがみ」


「七海ちゃん。いいえ、私もいま来たところよ」


「そうなの? でも、手、冷たくなってるよ。待っててくれたんだね」


「うん……楽しみにしてたから。いっしょに学校に行くの」


「私も。すっごく楽しみだったよ」


「七海ちゃん……」


「かがみ……」


 見つめ合う私たちは、ゆっくりと唇を近づけて。それでそれでそれでそれでぇえええええええええええええええええっ!


 きゃーー! きゃーー! きゃーー! きゃーーーーーーーー!



「……なにしてんのかがみ?」


 一人で身もだえていた私を現実に引き戻したのは、すこし上擦った七海ちゃんの声だった。


 見ると、困惑した顔で私を見ていた。いけないいけない。



「なんでもないわ。おはよう、七海ちゃん」


 キリッと表情を引き締めて向き直る。七海ちゃんはまだ困惑しているみたいだったけど「おはよう」と返してくれた。


「てかごめんね。待たせちゃった?」


「!!」


 こ、これって……さっき想像してたのとおなじ展開だわ! じゃあ、このあとは……



「ふふ、ふふっ、ふふふふふふふふふふふ……っ!」


「……かがみ?」


「な、なんでもないわっ」


「ならいいけど……それじゃ、行こっか」


「えっ? えぇ……」


 あら? 私の想像だと、このあと……するところなのに。拍子抜けね……



 私は、七海ちゃんのことが好き。


 もともと好きだったけれど、お母さんとのことがあってもっと好きになった。


 そのことをアピールしたくて、もっといっしょにいたくて、誘ってみたけれど……


 いざとなると緊張してしまうわね。



 隣を歩く七海ちゃんを横目で見て、内心でため息をつく。


 でも、もっともっとがんばらなくちゃ!



「七海ちゃん、手、繋がない?」


「? うん、いいけど……」


 ぎゅっ。


 不思議そうにしながらも、七海ちゃんは私と手を重ね合わせてくれた。


 私たちはすこし離れていたから、繋ぐにはすこしだけ手を伸ばす必要があった。


 恋人同士がするような、指を絡ませる繋ぎかたじゃない。ただ、手を軽く重ね合わせるような繋ぎかた。それでも……



「ふふっ」


 私は思わず笑ってしまうくらいに幸せだった。




 なんだか、かがみの様子がおかしい。


 学校に行くときも妙にテンションが高かったし。それに……



「はぁ~~……」


 昼休み。かがみは自分の席に座ってため息をついていた。


 その様子を、自分の席から眺める私。



「やー、絵になるねぇ。委員長のああいう姿」


「ホントね~。まるで絵画みたい」


 私とおなじように見ていた石田と坂井が、どこか感心したふうに言った。


 ……たしかに。かがみは黒髪ロングの美人だからなぁ。ああいうアンニュイな姿は似合うっていうか……うん、絵になる。



「なに考えてんのかな?」


「難しいこと考えてそうね~。国体論とか国際政治論みたいな~」


「あはは。宗教学とか? 委員長だもんね」


 かがみが垂れていた髪を耳にかけた。


 その仕草に、私は思わずドキッとした。なんか、妙に色っぽいな。


 あ、目が合った……



 と、突然かがみは立ち上がった。


 彼女は真っ直ぐに私のほうへ歩いてきて――



「七海ちゃん、ちょっと屋上に来てくれるかしら」


「えぇっ!?」


 思わず声を上げてしまう。


 な、なんでなんで!? まさか、目が合ったから!? ケンカ売ってると思われたっ!?



「ね、いっしょに来てくれる?」


「ま、待って待ってかがみ! わ、私そのっ、ケンカ売ってた訳じゃないからぁ~~~~っ!」


 手を引っ張られ、内心ドキドキの私だったけど……



「はい、七海ちゃん。あーんして」


「や、だから一人で食べられるってば」


 屋上まで連れてこられた私は、かがみといっしょにお弁当を食べていた。いや、もっと正確に言えば……



「こういうのキライ?」


「そうじゃないけど、恥ずいじゃん。子供じゃないんだし」


 かがみは小首を傾げて訊いてくる。不思議そうな顔をしているし、他意はないっぽい。


「ならいいじゃない。せっかくお弁当作ってきたから、七海ちゃんに食べてほしいの……ダメかしら?」


「うっ」


 そういうこと言われると弱い。


 まあ、いっか。いまは他にだれもいないし、それくらい。



「んっ……、おいしい、この卵焼き」


 ふんわり焼きあがった卵焼きは、ほのかに甘くて私好みの味付けだった。


「本当? 七海ちゃんの好みが分からなかったから不安だったの」


 安心したように微笑むかがみに、私は思わず見惚れた。


 ……こいつ、本当にキレイだよな。



「でも、なんで急にお弁当作ってきてくれたの?」


 誤魔化しもかねて訊いてみる。


 答えはすぐに返ってこなかった。てっきり気まぐれかなーと思っていたけど……


 かがみは真面目な顔で黙り込んで、何事か考えているみたいだった。


 やがて、バッと身を乗り出してくると、ギュッと私の手を掴んで、



「私、七海ちゃんのことが大好きなのっ!」


「うん……うぇええっ!?」


 私が狼狽するのも無理はないと思う。だって、いきなりすぎるんだもの。


「好き! 七海ちゃん好きっ!」


「ちょっ!? 待って待って! 好きって連呼しないで! 照れる!」


 ビックリしたやら恥ずかしいやら、もう訳が分からない私なのだった。



「好き……」


 ポツリと、独り言みたいにつぶやくかがみ。さっきまでとは違う様子に、私は首をかしげる。


「好きだから、七海ちゃんに振り向いてもらえるよう、私、これからがんばるわ」


 私の手を掴んだまま、真っ直ぐに言うかがみに、私はなにもいうことができなかった。


 こんなにキレイなやつが、私のことを好き。


 私を惚れさせるためにわざわざお弁当を作ってきてくれて、それで朝も様子がおかしかったのか……



「えっと、その……うん」


 どうしよう? こんなとき、なんて言えばいいの?


 全然分からない。考えたら告白なんてされたことないし。


「お、お弁当! お弁当……もっと食べていい? せっかく作ってきてくれたんだし」


「ええ。もちろん。なに食べる?」


 相変わらず食べさせてくれるらしい。……これも、〝振り向いてもらえるように〟ってことなのかな?



 どれにしようか、と考えていると、突然名前を呼ばれた。


 なに、と答えた瞬間、かがみの顔が視界から消えた。そして――



 ちゅっ



 頬に、やわらかな感触が。ほのかに温かくて、瑞々しい。


 これって――っ!?


 慌てて頬をおさえて離れる。かがみは満足そうに微笑んでいた。



「か、かがみ……」


「好きよ、七海ちゃん」


 私の言葉を遮るように言ったかがみは、そのまま続ける。


「これは、私からの一方的な想いの証よ。いつかあなたの心が決まったら、今度はここにさせてね」


 そう言って、自分の唇のまえで人差し指を立てた。



「さあ、七海ちゃん、つぎはなに食べる?」


 何事もなかったように言うかがみ。


 ……いや、もう、お腹いっぱいです……



 私は深く息を吐いて、青空を見上げたのだった。

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