第8話 こういうのも、友達同士じゃ普通なの?

「くっそ~……私のバイト代が……」


 顔をしかめた石田が、くやしそ~に呟く。


「ごちそうさま~」


 それとは対照的に、ニコニコと笑う坂井。



「ボーリングで一番点数低かったやつがおごるって約束だし。しょうがないでしょ」


 そもそも言い出したのは石田だし。私の言葉に、石田はまた顔をしかめた。



 平日の夕方。私たちは連れ立って歩いていた。


 そう、平日。私たちは平日に、学校のある日にボーリングをしに行って、そのあとカフェでお茶してきた。制服だと目立つだろうから、私服に着替えて。


 通称、サボり。



「はぁ……今月バック買ったから、ただでさえ厳しいのにぃ~」


「まあまあ。つぎは私がおごったげるから」


「マジで!? 綾崎のそういうとこ好きだぜ」


「石田はゲンキンね~」


 そんな話をしていたときだった。



「……七海ちゃん?」


 不穏な空気が流れ始めたのは。



 視線のさき。そこにいる人物を着た瞬間、石田と坂井はげっとなった雰囲気が伝わってきた。


 私たちとは違い、制服姿のかがみが、怪訝そうに私たちを見ていた。



「なにしてるの? 今日はお休みって聞いたけど」


 まさか、サボり? という一言が付け加えられたように私には思えた。


 学校を休んでるのに、私服で街を出歩いて談笑してるんだもんね。そうとしか思えないよね。



「あ、そうだ。私ちょっと用事を思い出した!」


「私も~! じゃあね綾崎」


「はっ? ちょっと……」


 待って、と止めるよりも早く、二人はすたこらと行ってしまった。


 ……ウソでしょ。



「七海ちゃん……」


 や、ヤバい。まさかこんなところでかがみに会うなんて。


 かがみって真面目だし、サボりとかすごいキライそうだもんなぁ。


 これは怒られる、と身構えていると、



「よかったぁ……」


 ホッとしたように、胸をなでおろされた。


「へっ?」


 予想とかけ離れた反応に、気の抜けた声が出てしまう。



「風邪ひいたって聞いてたから、心配してたの。よかった、元気そうで」


 そういえば、学校にはそう連絡してたっけ。ていうか……


 なんかすごい罪悪感が。まさか心配してくれてたなんて。



「ああ、うん、おかげさまで、はい……」


 ちいさくなってしどろもどろと答える。うぅ、かがみと目が合わせられん。


「でも、元気ならどうして学校に来ないの? ウソをついてお友達と遊んでいたってこと?」


「うっ」


 やっぱりそこツッコみますか。



「や、それはその、昨日話の流れで、遊びに行くことになったっていうかですね、はい……」


「学校をずる休みしてまで? そんなのダメよ」


「うぅっ」


 それはそうなんだけれども! な、なんとか誤魔化さなくっちゃ。



「あ、あのね、これは普通だから!」


「? 普通?」


「そう! 友達同士ならこういうのも普通なの! 学校を休んでいっしょに遊びに行く! それも普通のことだから!!」


 ちょっとまえのめりになって、矢継ぎ早にまくしたてる。


 要するに勢いで誤魔化そうという作戦なんだけど……



「七海ちゃん……」


 くっ。やっぱダメか。さすがに……


「そうだったのねっ!」


 今度はかがみがまえのめりになった。私の手をぎゅっと掴んでくる。



「私、なんにも知らなかったわ! お友達同士だとそういうこともするのねっ」


「あ、うん。ソウナンダヨー」


 あまりの勢いに、なぜか私が引き気味に。


 まあいっか。作戦どおり誤魔化せたし。けれどこのあと、話は予想外の方向に進むのだった――




 翌日の朝。


 私は繁華街の一角……待ち合わせ場所へ向かっていた。見えてくると、待ち人はすでに来ていた。



「ごめん、お待たせかがみ」


「うぅん、平気よ。私もいま来たところだから」


 ……なんかテンプレなやり取りをしちゃった。いやデートかよ。



「てか、かがみ。なんで制服なの?」


「え? 制服じゃダメかしら」


「ダメだって! 平日に遊びに行くのに制服じゃ目立つじゃん!」


 そう。私とかがみは、平日に遊びに行くことになった。昨日、あのあと――



「そうだ! 明日さ、私といっしょに遊びに行かない?」


 勢いに押されて、ちょっと混乱していたのかもしれない。そう言っちゃったんだ。


 ていうか、私は冗談のつもりだった。真面目なかがみが「行く」って言うわけないと思ってた。けど……



「本当っ? 私、七海ちゃんといっしょにお出かけしたいわ!」


 またまた予想外な反応が返ってきたのだった――



 てっきり怒られると思ってたんだけどなぁ。


 てか私、二日連続で学校サボっちゃった。初めてだ。さすがにマズいかも……



「七海ちゃん? どうかしたの?」


「うぅん、なんでもない。それより服買いに行こうよ。それじゃ目立つから」


「え? でも、私あんまりお金持ってないんだけど……」


「平気! 私プチプラのお店知ってるし!」


 まあ、いまさら言っても仕方ない。ここまで来たら、目一杯遊んでやる!


 私はかがみの手を掴んで走り出そうとする。が、



「ま、待って……っ」


 すぐに止まった。かがみが困惑したような表情で私を見てくる。


 その視線は私ではなく、繋がれたてに注がれている。



「こういうのも、友達同士じゃ普通なの?」


 かがみの頬には、ちょっと朱が差していた。


 そういうふうに聞かれると……私はちょっと言葉に詰まってしまう。


「……普通、だと思うよ、たぶん」


 うん、だよね。友達同士なら、たまにふざけて繋ぐことくらいあるし。あと混んでるとこ行ったときはぐれないようにとかで。



「そうなの? じゃあ……繋ぎましょうか」


 ぎゅっ。


 今度は、かがみが私の手を掴んでくれた。……なんか謎に照れるんですけど。


 かがみ、指ほっそいなー。それに白くてキレイ。



「七海ちゃん?」


 不思議そうに顔を覗きこまれてハッとなった。


「ご、ごめん。行こっか!」


 誤魔化すように言って、私は今度こそ走り出した。かがみの手を引いて。




「どーお? そろそろ着れた?」


「ちょ、ちょっと待って……」


 試着室の中から、なにやらまごついた雰囲気が漏れてきた。


 すぐにカーテンが開いて、かがみが出てきた。



 その恰好は、白のブラウスに黒のフレアスカート。


 かがみの落ち着いた雰囲気に合ってる。まえに見た白のワンピースも清楚系で似合ってたけど、美人はなに着ても似合うな。



「これ、私にはかわいすぎないかしら?」


「そんなことないって!」


 私はちょっとまえのめり気味に言う。


「かがみかわいいんだし、もっと自信持った方がいいと思うな」


「そ、そうかしら……」


 あれ? なんかうつむいちゃった。私変なこと言ったかな?



「せっかくだからさ、ほかにもいろいろ着てみてよ。はい、これ」


 似合いそうな服を何着か渡す。


 渋るかがみの背中を押して、また試着室の中へ。



 その背中が見えなくなってから、自然とため息が漏れた。


 さっきのかがみ、めっちゃ大人っぽくて、ドキッとしちゃった。なんか、かがみといるとドキドキしてばっかりな気が……


 そのときだった。視界の端に、ある人物が映る。その人の腕には「補導員」と書かれた腕章がついていて。反射的に体が動いていた。



 私は試着室の中に飛び込んでいた。かがみがいる、試着室の中に。


 私の判断も悪かったけど、タイミングも悪かった。


 かがみはちょうど服を脱いだところだったらしく、下着姿だった。いかにもかがみらしい、純白の下着。


 キレイ……やっぱりかがみはキレイだ。


 思わず見入ってしまう。そんな私の耳を打つのは、か細いかがみの声だった。



「こういうのも、友達同士なら普通なの?」


 そ、れは……


 ないよね、うん。二人でいっしょに試着室なんて、恋人同士でもしないんじゃ?


「ごめん。ちょっとかくまって。補導員の人いて、見つかったらアレだから」


 いや、平気かな? いまは私服だし、別にバレないかも?


「そう。じゃあ、ここでしばらく待つしかないわね」


 ……思ってたけど、この子素直過ぎない? 悪い人に騙されたりしないかって心配になってきた。



 でも、そうなると私の視線はあっちへ行ったりそっちへ行ったり。


 結局、ある一点に注がれる。ほかでもない、かがみに。


 繊細な、きめ細かな白い肌。触れれば壊れそうなほどに線の細い華奢な体。


 出るところは出ていて、腰には奇麗なくびれ……



「あの、あんまりジロジロ見ないで」


 私の視線に気づいたのか、両手で体を隠すような仕草で体をよじる。


「ご、ごめんっ」


 慌てて視線を逸らす。でも……


 私たちは距離が近すぎた。匂いも体温も、全部伝わってきて……



「お客様、サイズはいかがでしょうか?」


 沈黙を破ったのは、カーテンの外からの声。店員さんの声だって気づくのにちょっとかかった。


「す、すみません! まで着ている最中で……」


 テンパりすぎた私。なぜかかがみの代わりに答えてしまう。


 あ、危なかった……


 去って行く店員さんの足音を聞き、ふぅとため息が出てしまった。



「あの、そろそろ補導員さんもいなくなったんじゃないかしら」


「う、うん。そうだね! じゃあ、そろそろ行こう!」


「っ!? 待って待って! 私まだ服着てないから!」


 自分で思っている以上に、私は動揺しているっぽかった。




「こんな感じかしら……?」


「そうじゃなくて、こうやって……」


「あっ。ごめんなさい、私、こういうの初めてで……」


「気にしないで。二人でやろ?」


「ええ……あ、待って……いっちゃダメぇ……っ!」


 かがみの叫びも空しく、彼女が抱っこしていたウサギは行ってしまった。



 動物園に来た私たち。


 ふれあいコーナーでウサギと戯れていた。けど……



「あー、残念だったね」


 ショボンと肩を落とすかがみ。ちょっとかわいそうだな、これ。


 まえに猫に逃げられたときといい、本人は好きっぽいけど、あんまり動物からは好かれないタイプなのかも?


「かがみさ、力入り過ぎなんじゃない? 強張ってるから逃げちゃうんだよ、きっと」


 そんなわけで、もう一度チャレンジしてみた結果、



「ほぉおおおおおおおおおおお~~~~~~~~…………っっ!!」


 抱っこしたウサギを撫でるかがみ。


 最初はおっかなびっくりだった顔つきも、ほくほく顔に変わっていく。


 ……なんか、かなり緩んだ顔になってる。クラスのみんなに見られたらかがみのイメージが危ないなぁ。



「な、七海ちゃん! 写真撮って写真っ!」


「はいはい」


 カメラを起動してスマホを構える。撮ろうとして……その手が止まった。



 かがみ、パンツ見えてる。


 スカートでしゃがみ込んでるから、バッチリ見えちゃってる。なんならフレームに収まってる。


 思わず見入る。や、さっきも見ちゃったんだけど。こうやって見ると、また違うなみたいな。


 変に思うって、やっぱ変だよね。女の子同士だし、感じることなんてなにもないはず……



「七海ちゃん?」


 不思議そうに小首を傾げて私を見るかがみ。


「ご、ごめんっ。いま撮るから」


 結局、私はかがみのパンツが映らないようにして写真を撮ったのだった。




 ……幸せな時間だった。


 なんだかちょっと若返った感じ。あんなにウサギを撫でたなんて初めて。


 七海ちゃんが私のスマートフォンに送ってくれた写真。それをずっと見ている。


 えへへへへへへへへへ~~~~~~……っ!



「かがみ、大丈夫?」


 声をかけられて我に返る。


 お土産屋さんの中、七海ちゃんが心配そうな顔で私を見ていた。



「ええ、平気よ。ありがとう七海ちゃん」


「お、おう」


 ? なんだか顔が引きつっているような……? 気のせいかしら。


 と思っていると、今度は急に真面目な顔になった。



「なんかさ、今日はごめんね。無理やり付き合ってもらっちゃって。迷惑だったかな……?」


 予想外の言葉に面食らってしまった。


「迷惑だなんて思ってないわ。学校をずる休みするなんて初めてでいまもドキドキしてるけど……楽しかったのも事実だから。ありがとう、七海ちゃん」


「おう……っ」


 あら? 今度は顔を伏せてしまったわ。どうしたのかしら……



「あ、あのさ! これいっしょに買わないっ!?」


 伏せていた顔をズイッと寄せて、手のひらに持ったものを差し出してくる。


 それは動物のキーホルダーだった。


「せっかく来たんだし、お揃いで買おうよ」


 そんなこと急に言われたって。それに……それに……



「つけていいキーホルダーは一つまでって、校則で決まってるわよ?」


「いや、みんなたくさんつけてるし!」


 なぜか怒られてしまった……



「私もつけるからかがみもつけてよ! 今日付き合ってくれたお礼に、プレゼントするからさ!」


「え? でも……」


「いいからいいから!」


 私が止めるのも聞かず、七海ちゃんはキーホルダーを二つ持ってレジに向かった。



 プレゼント……これってすっごく友達っぽい! たぶん!


 私、プレゼント貰うなんて初めてだわ。


 なんて、上機嫌で帰路についたんだけど、




「あなたたち、今日風邪で学校を休んでるハズよね? こんなところでなにをしているの?」


 学校の先生に見つかって、私たちは怒られてしまった。


 とはいえ、



 今日は楽しかったな。

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