第7話 私、七海ちゃんのことはなんでも知りたいの!
――七海ちゃん。
まだ慣れない呼び名を、ちいさく口にしてみる。
妙に気恥しい。でもやっぱりうれしい。初めてのお友達を、名前で呼べるなんて。
朝。学校へ行く準備をしながらも、私の頬はどうしてもゆるんでしまう。
昨日は七海ちゃんとたくさんお話しできた! 今日はもっとできるといいけれど。
どんな会話をしようかしら。お友達なんだから、いろいろできるわよね。例えば……お風呂に入ったときどこから洗うのとか!
そうしたらいっしょにお風呂入ろうってことになっちゃうかも!? そうなったらどうしよ……
ガン!
「きゃっ!?」
スキップしながら着替えていたら、バランスを崩して転びそうになってしまった。
危ない危ない、気をつけなくちゃ。七海ちゃんのまえでは、気を抜かないようにしないと。
七海ちゃん……
そういえば、私七海ちゃんのことまだまだ全然知らないのよね。
もっと知りたい。七海ちゃんのこと。
お友達のこと。もっともっと、たくさん。
どうしようかしら? 本人に教えてっていうのも、ちょっと恥ずかしい……
「そうだっ!」
名案を思いつく。が、
「いったぁ~~……」
足をつってしまったのだった――
「失礼しましたー」
職員室から出てくる七海ちゃん。を物陰からこっそり見る私。
七海ちゃんのことをもっと知りたい。けれど本人に訊くのは恥ずかしい……
それならこっそりあとをつけて調べるしかないっ!
休み時間。職員室を後にした七海ちゃんは、自動販売機に行った。なに買ってるのかしら? ここからじゃよく見えない……
あ、ゴミ拾ってる。落ちていた缶をゴミ箱に捨てていた。
そういえば、まえに私が散らかしちゃったゴミをいっしょに片してくれたっけ。やっぱりいい人ね、七海ちゃん。
あ……七海ちゃん、パンツ見えそう。
階段を上がっているとき、スカートがかなり際どいことになっていた。短いものね、そうなっちゃうか。
う~~ん……首をちょっと捻ってみたり、姿勢を低くしてみたり。
あとちょっとで見えそうなんだけれど……あっ。
階段も中盤に差し掛かったあたりで、スカートの裾をおさえられた。意外と隙がないわよね、七海ちゃんて。
どんなパンツ穿いてるのかしら?
考えつつ、私もこっそり階段を上がる。すると、七海ちゃんは廊下に落ちたものを拾ったところだった。
ま、まさか拾い食い!? だ、ダメよそんなの! お行儀悪いし衛生的にもよくないわ!
慌てて声をかけようとしたけれど、七海ちゃんは近くを歩いていた生徒に声をかけてそれを渡していた。
ビックリした。ハンカチを拾っただけだったのね。それにしても……
やっぱりいい人ね、七海ちゃんて。
裏表のない、純粋な善意。それは、たぶんとても素晴らしいもので、私にはないもの。
彼女のそういうところに、私は惹かれているのかも……
そう思うと、私は余計に目が離せなくなってしまう。その視線のさきで、彼女はお手洗いに入ろうとしていた。
――なんか視線を感じる。その理由はすぐに分かった。
かがみが、私のあとからついてきてる。めっちゃ見てくる。本人は隠れてるつもりなのかもだけど、バレバレだった。
えっ? なになに何事っ!?
なんでついてくるの? 私、かがみになにかしたっけ?
自販機でジュース買って、ゴミ落ちてたから捨てて、階段を上る。
視線が気になって、なんとなくスカートの裾をおさえる。……いや、平気だと思うけど。ていうか女の子同士だし、見えても平気? う~~ん……
ていうか、
「どこまでついてくる気っ!?」
トイレに入るまえ、我慢できずにツッコム。
はじかれたように体が動き、さっと隠れるかがみ。……いやいや。
「あの、かがみ。見えてるよ……」
本人は隠れてるつもりなんだろうけど、やっぱり隠れられてない。正確には、下半身が。
頭隠して尻隠さずっていうか、廊下にうずくまった格好だから、尻が……ていうか下着が見えてる。
こんな格好、だれかに見られたらマズい。普段のかがみのイメージに関わる。
「あ、あら七海ちゃん。奇遇ね」
物陰から出てきたかがみは、さもいま気づきましたみたいに言う。
……そういう感じでいくのか。まあいいけど。
「どうしたの? なにか用?」
「用っていうか、えぇと、その……」
もごもごと言うかがみ。珍しく歯切れが悪いな、と思っていると、なにか決意した顔つきに。
いきなり両手を握られる。動きが大きかったから、長くキレイな髪がふわりと広がった。なんかいい匂いする……
ちょっとドキッとした私だけど、
「私、七海ちゃんのことはなんでも知りたいの!」
その言葉で、さらにドキッとした。てか変な声出た。
かがみはその大きな瞳で、ジッと私を見つめてくる。
キレイな目。肌白い。やっぱまつ毛長いなー。こんなやつが、私を好きって言ってくれたんだよね。いやそれより、顔近……
「う、うん。私も、かがみのこと……」
なんだか頭がふわふわする。自分が自分じゃないみたいだ。
なにかに操られるみたいにして喋っている感じ。と、
また視線を感じる。でもかがみはここにいるし。今度はいったい……
ハッと気づく。周りの生徒たちが遠巻きに私たちを見て、何事かヒソヒソを話していることに。
いかん、悪目立ちしちゃってる! えぇと、えぇと……
「ちょ、ちょっとこっち来て!」
私はかがみの手を引いて、慌ててその場から離れたのだった。
あら?
昼休み。七海ちゃんとお昼を食べようと思ったんだけど……
「綾崎? さっき保健室行ったよ」
彼女のお友達の石田さんに訊くと、菓子パンをかじりつつ教えてくれた。
どうしたのかしら? ちょっとまえまでは元気そうだったけれど。
とりあえずお見舞いに行かなくちゃ!
保健室の先生はいなかったけど、七海ちゃんはいた。白いベッドの上で、うつぶせになって寝ている。
「かがみ? どしたの? 具合悪いの?」
私に気づいた七海ちゃんが、ちょっと苦しそうに言う。自分が辛いのに私を心配してくれるなんて……いい子。
「いいえ、私は平気。七海ちゃんが保健室行ったって聞いたから、お見舞い」
「あー、うん。ありがと……」
なぜか苦笑い。やっぱり具合悪いのかしら。
「大丈夫? 早退したほうがいいんじゃない?」
「うぅん、薬飲んだし、すぐよくなると思うから」
「でも……」
「へーきだってば。ちょっと……急にお腹痛くなっただけだから」
なぜか言いにくそうな七海ちゃん。どうしてそんな……ハッ!?
そっか、そうなんだわ。私、気づいてしまった。
七海ちゃん、病気なんだ!!
それで私に心配かけまいとして、取り繕っているのね!?
辛いはずなのに、そんなふうに頑張ってしまうなんて……
「七海ちゃん!」
私は思わず身を乗り出し、その手をぎゅっと掴む。
「な、なに……?」
七海ちゃんは驚いた顔で私を見た。その目をまっすぐに見て、私は続ける。
「そんなに頑張らないで。辛かったら辛いって言っていいのよ」
「うん……うん?」
キョトン顔の七海ちゃん。あら?
「だって病気なんだもの。してほしいことがあったら言って。私、なんでもするから!」
「え? 私べつに病気じゃないけど」
「え? でも、こんなに辛そうにして……」
「あー……これはその、急にお腹が痛くなっただけでして……」
今度は私がキョトンとなる番だった。
「だ、だからその……ちょっと耳かして……ゴニョゴニョ……」
「えぇっ!? 七海ちゃんせ……」
「わー! わー! 口に出さないで!!」
顔をまっかにした七海ちゃんが、両手をブンブン振る。が、すぐにその動きは収まった。
「もぉ……大きな声出させないで……」
「ご、ごめんなさい……」
両手で口を押える。そうよね、恥ずかしいわよね。
けど、お友達が辛そうにしてるんだし、私になにかできること……
「七海ちゃん、お腹見せて」
「うぇっ!? な、なぜスか……」
「お腹温めるといいみたいだから、私が温めてあげる」
「いや、イイよ。はずいし」
「じゃあ、ストレッチする?」
「いや、お構いなく」
「じゃあ……」
「もう、心配しすぎ。大丈夫だってば」
ウソではないみたい。だって七海ちゃんの声は、さっきよりも楽そうだから。
安心した、と同時に冷静になる。
「ごめんなさい。なんだか私、一人でから回ってばっかりね」
「そんなことないって。心配してくれてありがと」
沈黙。壁にかけられた時計の音が、せわしなく静寂を破っている。
「あのさ、さっきの話なんだけど……」
それを破ったのは七海ちゃんだった。さっきの話って、七海ちゃんのアレのことかしら。
「私もね、かがみのこともっと知りたいって思ってるよ」
ハッとして七海ちゃんを見た。でも、彼女は私を見てはいなかった。枕に顔を押しつけそうなくらい近づけてうつむいている。
白い枕と比べて、七海ちゃんの顔は真っ赤に染まって見えた。
私の顔も、どんどん赤くなっていく気がする。だって、いきなり言われると恥ずかしい……
友達って、そういうことも教え合うものなの?
「あ、あのね、七海ちゃん。私のはもう過ぎてて、でも周期に乱れはないから……」
「待って待ってなんか勘違いしてない!? そういう意味じゃないから!」
「え、だって……」
「そうじゃなくって、友達として知り合っていければいいなって話! てかこんなハッキリ言わせないでよ恥ずかしい!」
「ご、ごめんなさい……」
ちいさくなる私のまえで、七海ちゃんはちょっと疲れたようにため息をついた。
「ま、もういいよ。かがみの性格、ちょっと分かってきたし」
「そ、そう?」
よく分からないけれど、それっていいことよね。だって、よりお友達になれたってことだし!
「なんかお腹すいてきたし、食堂行こうかな。かがみは? もうお昼食べたの?」
「いいえ。七海ちゃんが心配だったから」
「じゃ、いっしょに食べようよ」
いっしょにご飯……七海ちゃんから誘ってくれるなんて!
「ええ、食べましょう!」
あ、でも……
「七海ちゃん。さすがに食堂にお赤飯はないと思うの」
「それはもういいよ!」
なぜか怒られてしまった。
私、七海ちゃんのことまだまだ全然知らないんだ。けれど……
これから、もっと知り合っていければいいな。
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