第6話 あなたのこと、なんて呼ぼうかしら
――私には、気になっている女の子がいる。
いつも感情の読めない無表情でミステリアスな雰囲気……と思いきや、じつは表情豊かでドジな一面もある、そんな女の子。
なんでもそつなくこなす姿に、秘かに憧れていた。友達になりたいなーとも。
――綾崎さん、私の初めてのお友達ね。
夕日に照らされた、かがみの微笑んだ顔。彫刻みたいに整った、その顔。
朝の登校中。かがみを思い出してちょっとにやけてしまう。
勘違いにはビックリしたけど、同時に納得もした。そっか、恋人と思ってたからキスしてきたんだ。
「おはようございます」
聞こえてきた朝の挨拶は、知った声だった。
声のした方を見ると、
「おはよう……はい、おはようございます……」
校門に立って、登校してきた生徒たちに挨拶をしている生徒が一人。
かがみだった。……なにやってんの? なんであんな体育教師みたいな真似を?
首を傾げつつ校門に近付いていくと、かがみは私に気づいたみたいだった。
「おはよう、綾崎さん」
「う、うん。おはよ……なにやってんの?」
「いっしょに教室まで行こうと思って。待ってたの」
「え? なんでわざわざ?」
「だって、私たちお友達でしょう? それなら、こういうこともするかなって」
それは……そうかな? 待ち合わせて一緒に登校はするだろうけど、校門で待ち合わせはなくない? とはいえ……
「じゃあ、いっしょに教室に行きましょう?」
そう微笑まれては、もちろんイヤなんて言えないけれども。
綾崎さんとお友達になれた。でも……
もっともっと、綾崎さんと仲良くなりたいっ!
眠い……
睡魔と戦いつつ、私はスマホの画面とにらめっこする。
画面には、綾崎さんから送られてきた、これからよろしくねというメッセージ。緩みそうになる頬をおさえる。
でも、メッセージはそれ一つだけ。
どうして!? 女子ってもっとたくさんやり取りするものじゃないの!? 初めてのお友達だから、そういうの分からない。
昨日は綾崎さんからメッセージが来るかもってずっと待ってたら、いつの間にか夜が明けていた。だから一睡もしていない。
そういうものなのかしら? うーん……けれど、それだけを気にしていられない。
私の目下の目標は、綾崎さんを下の名前で呼ぶこと。たしか……七海、だっけ?
お友達なんだから普通よね。名前で呼ぶことくらい。
あなたのこと、なんて呼ぼうかしら。七海……七海ちゃん……七海たん……ななみん……
う~~ん、迷う。ていうか、照れる。人を名前で呼ぶなんて、したことないし。
朝のHRまえの教室。みんな思い思いの時間を過ごしている。
私の視線は、自然と綾崎さんのもとへ。彼女は、石田さんと坂井さんとなにやら談笑している。
いいなぁ。私も綾崎さんとお話ししたい。もっといっしょにいたい。……そうだ!
「なな……綾崎さん」
話しかけると、綾崎さんは会話を中断して私を見た。
「どしたの? かがみ」
「私、トイレに行こうと思うのっ!」
……………………
沈黙。綾崎さんは口をポカンとちいさく開けて私を見てくる。
「そ、そうなんだ。いってらっしゃい」
……あれ? おかしい。首をかしげる。
女子って、トイレにいっしょに行くものなんじゃないの? 実際、綾崎さんは石田さんたちといっしょに行くのを何度か見たことある。
一人で行くのか。本当は行きたくないのだけど……
「あ、そうだ。かがみ」
「なに? やっぱりトイレ行く?」
「や、行かないけど」
「本当に? 我慢は体によくないわ」
「べつに我慢してるわけじゃないって! ……やっぱいいや。今日、私たぶん授業で指されるから、訊きたいことがあっただけだから」
結局、そのあとすぐにチャイムが鳴って、綾崎さんといっしょにいることはできなかった。
「かがみ。ちょっといい?」
睡魔と戦いながら授業を乗り切った昼休み。綾崎さんが話しかけてくれた。
「なな……綾崎さん。どうしたの? トイレ行く?」
「行かないってば! さっきからなに!」
「そう……」
まだ綾崎さんといっしょにトイレに行けないのね。
「え? なんでちょっとガッカリしてるの?」
困惑した様子の綾崎さん。コホンと咳払いして続ける。
「いっしょにお昼食べようよ」
そう言って、空いていた私のまえの席に座る綾崎さん。
いっしょに……いっしょにお昼!
すごい! なんかすごい友達っぽいっ!
「食べる! 食べましょう!」
「お、おぅ……」
思わずまえのめりになって答える。そのあとで、あることに気づいた。
「でも、石田さんと坂井さんは?」
「カレシと食べるんだって。けっ」
唇を尖らせる綾崎さん。……かわいい。
「かがみってさー、いつも自分でお弁当作ってるの?」
「ええ。うちの両親共働きで、あまり家にいないから」
「ふーん。うちも共働きだけどお母さんはパートでさ。結構口うるさいんだー。勉強しろ勉強しろって」
「そうなのね。でも勉強はしなきゃダメよ」
……普通に会話できてるわよね? うん、大丈夫大丈夫。
お弁当の話題……そっか!
「はい、なな……綾崎さん。あーん」
一口サイズの卵焼きをとって、綾崎さんのほうへ。
「えっ? な、なに……っ!?」
綾崎さんは、なぜかすごく驚いた様子だった。
固まって、気のせいか顔も赤くなっているような……
「? 食べたいんじゃないの?」
いやいや、と綾崎さんは苦笑い。
「そういうんじゃないって。ていうか、しないでしょ、食べさせるとか。友達同士で」
「そうなの? ごめんなさい、私、綾崎さんが初めてのお友達だから、距離感が分からなくて……」
それどころか、人付き合い自体まともにしたことがない。みんな、なぜか私にあまり話しかけてくれないから。
私、まだまだ綾崎さんと仲良くなれてないのかも……と、
「はい。これあげる」
お弁当箱のふたに、なにかが置かれた。
「お芋を甘辛く煮たやつだよ。交換しよ? これくらいなら、普通にするでしょ」
……交換。おかず交換。
食べさせるより、こっちのほうがお友達っぽいかも! すごい! 私と綾崎さん、お友達だ!
「ありがとう、七海ちゃん」
「っ。ど、どういたしまして?」
綾崎さんは、フイと私から顔を逸らしてしまった。……怒らせちゃったのかしら?
「はぁ~~……」
放課後。帰り支度をしつつ、私の口からはため息が漏れた。
なんだか今日は妙に疲れた。ていうか、かがみの様子が変だった。謎にトイレに行きたがってたし。でも……
七海ちゃんて呼ばれた。
いきなりだったから、本当にビックリした。七海ちゃんなんて呼ばれたの、いつ以来だろう? それもかがみに呼ばれるなんて……
「綾崎……綾崎ってばっ!」
体を揺すられて、ハッと我に返る。
「なに? 石田」
「ねえ、また委員長になにかしたの?」
「は? いったいなんのはな、し……」
視線の先。
そこにはかがみがいた。すでに帰り支度を整えたらしいかがみが、いつかのように私のことをじーーーーーーーーっと見つめていた。
「ヤバいよ。委員長めっちゃ怒ってんじゃん。謝ったほうがいいよ」
「そっとしておいたほうがよくない? 触らぬ神に祟りなしっていうし~」
二人の会話をよそに、かがみは私たちのもとへやってくる。そして――
「なな……綾崎さん、いっしょに帰りましょう!?」
――じゃ、私らこれで帰るから!
危険を察知したのか、石田たちは私を置いて帰ってしまった。薄情な連中だ。
かがみは、自分からいっしょに帰ろうと言い出したくせに、ずっと無言だった。
横を見ると、かがみの横顔がある。繊細なくらいにきめ細かな白い肌。やっぱまつ毛長いなー。
「あの、綾崎さんっ! 今日はごめんなさい……」
眉をハの字にして、申し訳なさそうに言うかがみ。
「なんの話?」
「今日はいろいろ迷惑かけちゃったかなって思って」
「あー……」
そういえば昼休みに行ってたっけ。距離感がよくつかめないって。
私の沈黙をかがみは勘違いしたみたい。また「ごめんなさい」と謝った。
「気にしないでいいよ。私たちは、ほら、友達なんだし」
「お友達……」
ポツリと呟いたあとで、
「え、ええそうね! ありがとう、綾崎さん!」
うれしそうに言った。ていうか……
「呼び方、戻ってるね。昼休み、名前で呼んでたのに。また呼んでよ。友達なんだし」
「!! じゃあ、えと……七海ちゃん」
「う、うん」
やば。自分で言っといてなんだけど、めっちゃ照れる。
「七海ちゃん……七海ちゃんっ!」
「お、おう。なんすか」
前のめりになって私の名前を連呼するかがみ。
だから照れるって。
「これからもよろしくね、七海ちゃん」
「……こちらこそ」
また微笑むかがみ。その顔、やっぱズルい。私毎回見惚れてる気がする。
私たちは、友達。まだ、ただの友達だ。だけど……
なんだか、すこしだけ、距離が縮まったような気がした。
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