第5話 私たち、友達にならないっ!?

「先生、よろしくお願いします」


「ええ。ありがとう、各務原さん」


 放課後。教室で集めたノートを先生に渡す。



 職員室を出て教室に戻る道すがら、私の頭にはある光景が浮かんでいた。


 まさか休日に綾崎さんと過ごせるなんて。パンケーキもおいしかったなあ。


 それに……またキスしちゃった。あのときの綾崎さん、とってもかわいかった。なんだか綾崎さんのことばっかり考えちゃってる。


 また一緒にお出かけできたらいいな。この間は偶然会えたけど……



 そういえば、私綾崎さんの連絡先知らないのよね。恋人なのに。


 訊いたら教えてくれるかしら? そうしたら、また……ふふふふっ。



「いたっ」


 いきなり衝撃がきた。私はバランスを崩して、その場に膝をついてしまう。


 階段で躓いてしまったみたい。ビックリした……膝をさすっていて、ふと思い出す。


 昨日まで、ここに貼っていた絆創膏のことを。綾崎さんが貼ってくれた絆創膏。


 はがしたあとも捨てる気にはなれなくて、部屋の壁に貼った。



 綾崎さんと、もっと仲良くなれたらいいな。


 そのためにも、まずは連絡先が知りたいな……


 そう思いながら、私は躓かないよう気をつけながら、階段を上った。




「綾崎ってさ、委員長と仲いいの?」


 放課後の教室。石田と坂井とダラダラ過ごしていると、石田にそんなことを訊かれた。


「えっ。なに急に……」


 石田は素朴な疑問といった感じだけど、私は内心ドキッとする。


 思い出すのは昨日のこと。別れ際の、あのキス……


 まさか、アレを見られてたなんてことはないよね?



「やー、一昨日いっしょに歩いてるの見かけたから。そうなのかなって」


 見られたってわけじゃないっぽいかな。一安心。まあ、見られてたらこんなふうには訊いてこないか。


「べつにそう言うわけじゃないよ。たまたま会ったから、いっしょにお茶しただけ」


 ウソは言ってないもんね、うん。



「でもさ~。仲良くない人とお茶とか行かなくない? すくなくとも私は行かないな~」


「たしかに。てか委員長となに話すの? めっちゃお堅い話してそう」


「お堅い話って?」


「うーん……コクサイセイジロン……的な?」


「なにそれ~。でもたしかに会話は弾まなそうね」


 二人の会話を聞き流しつつ、私の頭に思い浮かぶのは一昨日の光景だ。


 猫を猫かわいがりするかがみ、おいしそうにパンケーキを食べるかがみ。表情豊かで、見ていて楽しかった。



 私だけが知っているかがみの本当の顔。だから私には、二人の会話が見当はずれっていうのが分かるけど……


 なんだろ……なんか、変な感じ。心の奥が、モヤモヤするみたいな。


 ひょっとして、私イライラしてる? いやいやなんでよ。べつにイラつく必要ないでしょ。



「そんなことなかったけど。普通に話せたし」


 とりあえず否定してやりたかった。けど……


「そう? どんな話したの~?」


「まあ……いろいろと?」


 どうしたわけか、私だけが知っているかがみを、石田たちに言う気にはなれなかった。



「そうなんだ。ていうかさ~、綾崎、なんか怒ってる?」


 坂井は怪訝そうに訊いてくる。


「え? そんなことないけど……」


 ないよね? うん。



「ハッ。そうか、いまの綾崎の反応……私分かっちゃった!」


 謎を解いた探偵のような顔をして言う石田。なにを言うのかと思ったら、


「ズバリ、委員長と付き合っていると見たっ!」


「や~、なんでそうなるの……」


 ジト目で、呆れたように言う坂井。



「友達じゃないってことはつまり……恋人っていうことでしょ!」


「滅茶苦茶すぎ~」


「そ、そうそうっ!」


 坂井の言葉にかぶせるようにして私は言う。


「恋人とかありえないって! かが……委員長とはべつになんでもないから!」



「え……?」


 ちいさな言葉だったにもかかわらず、それは私の耳に妙にハッキリと聞こえた。


 見ると、教室のドアのまえに、かがみの姿があった――




 その言葉を聞いたとき、意味をすぐに理解できなかった。


 ただ、おなじ言葉が頭の中でぐるぐると回転し続ける。


 自分の心臓の音が妙に大きく聞こえる。そして、綾崎さんと目が合った瞬間、



 ダッ



 私は廊下を駆け出していた。



 ど、どういうことっ!? 私たち恋人じゃなかったの!? それじゃあ私、いままで勘違いして!? それで一人で舞い上がって、キスまで……


 うわぁああああああああああああああああ!!


 叫びたいくらいに恥ずかしい!


 ていうか、なんか視界がにじんで……



「きゃっ!?」


 階段を下りているとき、急にバランスを崩した。足を踏み外したんだ。



 落ちる――



 そう思った瞬間、私の腕は強い力に引っ張られた。




 目が合った、と思った瞬間、かがみの姿は私の視界から消えた。


「あれ? どうしたんだろ委員長……って綾崎どこ行くの!?」


 石田の声を背に、私は教室を飛び出した。



 追いかけなきゃ! でも……


 追いかけてどうするの? 否定する? さっきのは誤解だって言う?


 あれ? 私、かがみとどうなりたいんだろ……



「きゃっ!?」


 私の思考は、そんな短い悲鳴にさえぎられた。


 バランスを崩したらしいかがみは、階段から落っこちそうになっていて……



「危ない!」


 とっさに手を伸ばす。なんとかかがみの腕を掴むことはできたけど……


 私の力ではかがみを支えることはできず、結局、二人して階段の踊り場に倒れこんでしまった。



「いったぁ……大丈夫? かが、み……」


 あった。かがみの顔がすぐ傍に。鼻先が、触れ合いそうなくらい近くに。


 繊細なくらいにきめ細かな白い肌。けぶるように長いまつ毛。アーモンド形の、水晶みたいにきれいな瞳に、吸い込まれそうになる。


 私はかがみに押し倒されたような格好になっていた。



「「あ…………」」



 お互いに、至近距離で見つめ合う。


 石化したみたいに固まっていた私たち。さきに動いたのはかがみ。「ご、ごめんなさい……っ!」と慌てた様子で離れる。



「ごめんなさい……その、平気? ケガはない? 綾崎さん」


「う、うん。平気」


 ちょっと背中が痛いけど。ケガはしてないと思う。


 気まずい沈黙が落ちる。それを破ったのはまたかがみだった。



「その……さっきの話なんだけど」


 言いにくそうにかがみは言う。


「私たち、恋人じゃなかったの?」


 て、いうか。どうしてかがみは恋人って思ったんだろう?


 えぇい、ここまで来たんだ! 訊いちゃえ!



「だって、好きって言ってくれたから」


 答えを聞いても、私はなんの話か分からなかった。あ、ひょっとして……


「あ、あれはクラスメイトとして好きってこと!」


「じゃあ、なりたいっていうのは?」


「友達になりたいってことだって!」


「そうだったんだ……」



 かがみはポツリと呟く。


 なんか私たち、へんてこな勘違いというか、すれ違いをしてたっぽい。でも……



「ほ、本当にごめんなさい。私、その……ごめんなさい……っ!」


「待って!」


 立ち上がったかがみは、また駆けだそうとする。私は慌ててその手を掴んだ。


 なんか、いまここで止めないと、ダメな気がしたから。


 でもなにを話そうかまったく決めてなかった。どうしよう……えぇと、えぇと……



「私たち、友達にならないっ!?」


「へ?」


 よっぽど予想外だったんだろう。かがみはキョトンとした顔をしてる。


「だ、だから、その……っ」


 うまく伝わらなかったことにモヤモヤする。でも、それ以上にドキドキした。


 ただクラスメイトと話すだけなのに。うぅん、私たちはただのクラスメイトじゃなくなる。これはその、第一歩。



「恋人とか、私まだよく分からないけど……まずは友達から始めない……?」


「ともだち……」


 かがみはゆっくりとつぶやいた。まるで、噛みしめるみたいに。


「ええ。なりましょう、友達に。綾崎さん、私の初めてのお友達ね」


 ふわりと微笑んで言う。


 夕日に照らされたその顔に、ドキンと胸が高鳴った。うぅ、美人はこういうとこズルい。



「かがみ! ライン教えて! 私のも教えるから!」


 誤魔化すように言う。


 すると、かがみは一瞬うれしそうな顔になった……気がする。


 私は、かがみに「これからよろしくね」とメッセージを送った。



 こうして、私たちは友達になった。うぅん、なれたって言うべきかも。


「私、絶対に綾崎さんを振り向かせてみせるわっ!」


 まだ、ちょっとすれ違ってるかもだけど。



 これは、私たちの話。


 ただのクラスメイトから友達になった、私たちの話。

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