だい 10 話 - いどめ知恵比べ
・――――――――――――――
推理ゲームのルールは以下の通りとなります。
・ゲーム中の魔法、及び術は使用禁止.
・ゲーム中の暴力禁止.
・質問に対して嘘をつくことは禁止.
・思い浮かべる単語は、双方が必ず知っている単語でなくてはならない.
・質問一つにつき、回答できるのは一度まで.
・正解までに行った質問が同数の場合、そのゲームはドローとなる.
・ルールを破れば大いなる災いが降りかかる.
互いの重要な情報を賭けて始まった推理ゲームの勝敗やいかに。
・――――――――――――――
スエキチの持っていた二枚の紙片に、二人は思い浮かべた単語を書きました。
ただいまより、ゲーム開始です。
「娘。おぬしの手番からじゃ。好きに質問せい」
「悪いけど、速攻で決めさせてもらうわ。二つ質問で十分ってとこかしら」
「それができれば見上げたもの。ハッタリでないならの」
カイハは試すような上目遣いでスエキチを睨みます。抉るような眼差しは、彼の心中を全て暴こうとしているかのようです。
スエキチは何一つ動じることなく、お腹をかいたり鼻をほじったり。
唐突に、一つ目の質問は行われました。
「それはニンゲンと狸、両方の種が持っているもの? 」
「否。持っていない」
なんと。驚異的なカイハの思考回路によって、この回答で答えは三つにまで絞られました。カイハはスエキチの周りを歩きつつ考えます。
「ありがとう。かなり絞れたわ。ニンゲンしか持っていない、タヌキしか持っていない、もしくはニンゲンもタヌキも持っていない。その三パターンね。さてさて、どう攻めたものかしら」
カイハは滔々と独り言を続けます。
「概念と文化の線は捨てて、物体に絞りましょうか。
私は種全体が持っているかと聞いたから、ニンゲンが持っている物体なら、ニンゲン全員が持っていることになる。タヌキでも同様ね。
ニンゲンが独自に持ってるものって知性とか? 器官とかもあるかもしれないけど、私、知らないし。もし知らないものがが答えなら、アナタには既に災いが降りかかっているハズよね」
日傘をくるくると踊らせながら、気分よさそうに続けます。
「タヌキ全員が持っているとなれば尻尾ね。ニンゲンもタヌキも持っていないなら牙や羽なんかが想像つくかしら…………あら」
女王は日傘から顔を覗かせると、赤黒い瞳の奥の奥、最も暗い部分でスエキチを見上げました。
「アナタ汗かいてるのね。今の三つに答えがあった? 」
「御託はいい。時間がないんじゃろ? 」
カイハはクスクス笑います。
「答えは牙? 」
「違う」
「そ。三分の一だから仕方ないわね。私、昔から運は悪いほうだから」
「見れば分かる」
またカイハはクスクス笑い、二つ目の質問に移りました。現時点で、答えは二択にまで絞られています。
「それは、ニンゲンも狸も、両方の種が持っていないもの? 」
「否」
汗をかくスエキチに対してもったいぶるように、カイハは焦らし、最後はゆっくりと回答しました。
「答えは尻尾ね」
「…………正解じゃ」
「やったわ」
カイハは日傘を回転させ、目を細めて小さく跳ねました。しかし、嬉しそうな彼女とは裏腹に。
「これで吾輩は、一度の質問で単語を当てなくてはならなくなった、か」
「そうなるわね。なんにせよ、アナタの背中には二人の命が懸かってるの。頑張って? 」
カイハは皮肉っぽく、小さなガッツポーズをつくってスエキチを励まします。そんかカイハを無視して、スエキチは集中の世界にもぐりこんでいきました。
「(この推理ゲームの肝。それはルールにある。どちらも知っている単語でなくてはならないというルールに。それはつまり、タヌキとニンゲンの共通認識が必要であるということ)」
「あら、タヌキさん。黙りこくっちゃったわね。もしもし? 」
「(ただ、共通認識は種の共通でなくても構わん。吾輩とこの女王だけの共通認識を答えにすることもできる。
そうなれば、吾輩は持っているが普通のタヌキは持っていない、女王は持っているが普通のニンゲンは持っていない、そういうモノも答えになりうる。
目的のためには、吾輩は一回の質問で当てねばならん。一度の質問で一つの単語に絞ることはほぼ不可能といっていい。であれば、選択肢をいくつかに絞り、その中から運で選び取る)」
黙るスエキチにうんざりしたカイハは、霧をくぐってみたり、スエキチの頭の上に立ってみたりしました。お腹を叩いたりつまんだりもしました。
そこで、彼女はある疑問に突き当たります。
「ねぇ、これ、まさか――」
「質問じゃ。それは吾輩とおぬしが、共通して経験したことか? 」
「……えぇ。そうよ」話を遮られたカイハはむすっとします。
「タヌキの吾輩とこの世界の女王が共通して経験したこと。かなり絞られるのぉ」
スエキチはカイハに背を向け、霧へ向け歩き出します。
「吾輩は、おぬしの軍勢によって仲間と家族を皆、葬られた。その時に初めて味わった感情がある。復讐したい……全てを破壊したい……この憤りを相手にぶつけねば気が済まん……そういう尋常ではない感情を。吾輩はそれを絶望と呼ぶ」
「ふーん。それが答え? 」
「そうじゃ。答えは、絶望じゃ」
スエキチはまだ背を向けたままです。霧がどんどん濃くなり、お互いの姿が見えづらくなってきます。
カイハは叫びました。
「よくも騙してくれたわね! ここには初めから何も無かった! 」
互いの姿が霧に、完全に埋まり消えてしまいます。カイハは四方を見渡しますが、もう何も見えません。
どこからともなくスエキチの声がしました。
「素直に時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう。破壊の女王も存外素直なものよ。次に会ったときは、真剣に遊んでやる――」
声が小さくなっていくと同時に、霧も晴れました。
サクイとアカシはおろか、スエキチもいません。女王は元の場所に、ただ一人取り残されたのです。
「どこからが幻だったのかしら。まぁ、思っていたより愉しめたからいいけれど」
――――――――――
次回へ続きます。
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