だい 7 話 - たとえ小さなてのひらであっても

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 逃走するアカシとサクイの前に現れた巨大なカエルと大小様々な動物たち。

 アカシは、その状況の意味を理解しているようです。


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「で、だれ。この大きいカエル。っていうかしゃべってた? 」

 キョトンとするサクイに、アカシは答えます。

「このジャングルのヌシだよ。蛇も鷹も猪も鹿も、全員があのヌシを慕ってる。一番昔からここに住んでるんだって」

「如何にも」火事の空気を吸って喉が焼けてしまったのか、枯れた声で言います。

 ヌシたちは燃え盛る木々を背に、ゆっくりと二人に歩み寄りました。

「貴殿は長く、この地を魔の手から護ってくれていた。今度は、我々が助けたい」

「それって、どういうこと」

「文字通りだ。我々で、彼奴きゃつらを足止めする」

「そんなのゼッタイ駄目。全員死んじゃう」

「どのみち滅ぼされる運命よ。面妖な植物が根を張り、毒の実を落として動物たちを苦しめている。土も水も、空も風も、随分と悲しい顔をするようになった」

「だとしても、今は逃げて、命を繋いで――」

 声は爆音でかき消されます。女王たちはアカシを避け、わざと迷い苦しむ時間を与え、嘲笑しているかのようです。

「女王がその猫を使ったのは、貴殿の大切にしている命をいつでも奪えるのだと知らしめるためだ。異世界の生物であっても、この世界に生きる何億という生物であっても、関係なく、それも容易に命を奪えるのだと。そうして貴殿を表舞台に引きずり出そうとしている」

 アカシは言葉を失い、口をわなわなと震わせます。

「我らの命と引き換えに頼む。どうか、あの女王を、を止めてくれ。いつか、遠いどこかで再会した時に、土産話として我々に聞かせてくれ。貴殿がこの世界にもたらした結末を」

 肩を落とすアカシ。背中のサクイも、どうにか話を理解して、理解したがゆえに耳と尻尾をガクンと垂らしました。

「おまえら、いなくなるのか……いま、会ったばっかりなのに? 」

「子猫よ。お前にも守るべき者がいるだろう。生きている限りは、その者のために頑張らねばならない時がある。それが命を賭した戦いであっても、挑まねばならない時がある」

「そんなの、そんなのって、オレには、ムリだよ」

「いかに小さなまなこであっても真実を見通すことができるように、いかに小さな掌であっても、愛する者と繋ぐことができよう。子猫よ、無力を嘆くなかれ。それは無力に、本当にそうとは限らないのだ」

 サクイはワヘイを思い浮かべます。彼もまたワヘイをかばい穴の中に落ちたのですから、ヌシたちと同じように、既に命は賭けた経験があるのです。

「子猫。同じじゃ。我々も」

 たくましい角を勇ましくかざす鹿や猪、家族連れのウリ坊にカラス、蛇、鷹、ワシ、巨大な昆虫に至るまで、あらゆる生き物が、覚悟を決めているように見えました。その覚悟を押しのける時間も、もう残されていません。

 アカシは彼らに背を向けます。

「またね。皆」

 生き物たちが口々に「また」と返すのを、二人は背中で受けました。アカシが速度を上げると、彼らの姿は小さくなり、すぐにジャングルの茂みに埋もれていきました。


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     その後

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 彼ら森の生き物たちは、アカシのために時間を稼ぎました。

 それは、時間にして

 鳥類は一丸となって巨人の眼球をついばもうと特攻し、サルやゴリラは空中の敵に石を投擲。降りてきたフォヴロや黒いローブの敵にも、鹿やイノシシは果敢に突撃していきました。

 ですが。

 燃え盛るジャングルにあって、魔法も持たない彼らにできることは、その程度でした。巨人が手を払えば鳥類は叩き落とされ、黒い魔法の雨が降れば、ジャングルの水は沸騰しました。戦いにすらならなかったのです。

「もう終わりかしら」

「その様です。女王陛下」

 水辺のオタマジャクシたちを守るために火球を受け、虫の息になっているヌシを前に。フォヴロと女王カイハは、淡々と言葉を交わします。

「ぁ  き  さま    ら」

「私、汚いのって苦手なの。先に行ってるわ。ここは全部焼いていいから」

「承知いたしました」

 女王が去り、瀕死のヌシにフォヴロが歩み寄ります。

「災難でしたね。貴方がたも」

 フォヴロは鳩を指にとめ、その指を顔の前に持ち上げて話します。

「ぅ  ぁ」

「女王陛下は天災のようなお方。気まぐれ一つで世界を業火に包むことができる力を持っておられる。上手く機嫌をとっていれば、ここまで完膚なきまでに滅ぼされることもなかったでしょう」

「しゃ らくさ  いぞ こ   わっぱ」

 フォヴロはステッキに刀を収めると、横たわるヌシの体に触れます。

「どうか静かにお眠りなさい。長きに渡りこの地の主としての役目を果たしたこと、我が主に代わって労いましょう」

 ヌシは声をあげなくなり、昼の日向にあたって眠るように、静かに目を閉じていきました。

 仕事を終えてヌシの背後の水辺に目を移すと、フォヴロは小さく咳払いします。

「――私、実は蛙が嫌いではなかったのですよ」





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 次回へ続きます。

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