だい 5 話 - バンっ!

――――――――


 女王。そう呼ばれた少女が姿を消すと同時。

 彼らが標的とするは、救出したサクイを抱きかかえ、遂に姿を現したのでした。


――――――――


 朱色のロングコート。フードで深く顔をおおった、体格からして中高生の少女。

 彼女は、サクイに見えるように口角を上げて告げます。

「遅くなってごめんね。サクイ君」

 サクイを抱える手が翡翠色エメラルドに光ると、傷ついた彼の手はみるみる止血され、彼の痛みもまた引いていきました。

「どう? 」

「ありがと、だいぶ、マシだ」

 それでもまだ息は荒く、目元が深く落ちくぼんでいます。

「ごめんね。本当に。こんなことに巻き込んで」

「貴方が元凶なのですよ。アカシ様。貴方が私たちの手を煩わせるから、わざわざ別世界からサクイ様をお呼びせねばならなかった。来客ではなく餌として、ですが」

「黙ってなよ、伝書バト。アンタに話してないんだ」

 語気を強めるアカシは、おもむろにフードを取ります。大きな赤い瞳がフォヴロを睨みつけていました。こめかみに血管が走る剣幕です。

「アタシ今ブチぎれてんのよ」

「たいへん結構です」

 アカシをとりまく空間に輝く金色の魔法陣が出現。各陣から光の弾が射出されました。フォヴロは上空に跳躍しますが、その背中をさらに散弾が追撃し、その弾幕が途切れることはありません。捌ききれなかったフォヴロの右脚に一発が着弾すると、脚は金箔で覆ったように輝き、微動だにしなくなりました。

「命中した対象の魔法だよ。アンタの右脚はもう動かない」

「奇怪な魔法ですね」

 フォヴロは右脚を切り離すと、大木の幹に、重力を無視して垂直に立ちます。

「生憎ですがあれは義足です」

「誇らしそうね。カイハの造りモノのくせに」

「その造りモノに消されるのですよ。貴方も、も」

「言ってろ――」

 ――アカシを中心とした半径数百メートルのジャングルが、コンクリートより硬い巨人の掌に叩き潰されます。巨人にとってたかが群生する大木など、プラスチックでできたスプーンより容易く折れるものです。

「デクノボウっ! 」

 アカシは巨人の腕に降り立つと、瞬く間に駆け上がっていきます。

「悪いけど、迎撃させてもらうよ」

 アカシの正面から迫り来るのは、もう一人、上空に控えていた配下。全身に漆黒のローブをまとい、二つの銃口をアカシに向けています。

 二度の銃声が響き、銃口からは二頭の竜頭が射出。

「たかが犬っころ! 」

 アカシはサクイを背中に背負いなおして左手で支えると、空いた右手の掌底を突きだし詠唱します。

「――穢土彼岸えどひがん

 巨人の腕を割って咲き誇った巨大な彼岸花。その花弁は竜を包むやいなや閉じ込め、また腕の中に消えていきます。

「すげぇ! やったれ! 」背中のサクイもわずかに元気を取り戻し、戦うアカシを応援しています。

「えぇ! やったるわよ! 掴まってて! 」

 サクイが首に手を回して力むと同時、アカシが両手で印を結びました。

「力を貸して! 水琴みずごとのフェンリル! 」

 ロングコートの裾が舞い、のぞく彼女の細い両足を、蒼い炎が這い上がりました。巨人の岩肌に脚が埋まるほどの脚力。瞬時、その肌を蹴り上げます。

 戦闘機のマッハを彷彿とさせる轟音で、アカシは敵の脇を突き抜けました。

「……逃げられた。あぁ、フォヴロに怒られる」

 ローブの敵は重力に身を任せ、ジャングルへと滑空していきます。アカシはさらに上を目指し、巨人の眼前に躍り出ました。

「やっほ! デクノボウ! 」

 巨人は噴火口のような口を開けると、彼女を飲み込もうと近づきます。対するアカシは、再び両手で印を結び、高らかに詠唱します。

「――壱弐じゅうに回廊の以津真天いつまで雲程万里うんていばんりの翼を以て遊弋ゆうよくせよ」

 原理を無視して無数の竜巻、それは巨人の体に真っ向から衝突し押し込んでいきます。巨人は悲痛な声をあげながら体勢を崩され、遥か彼方までジャングルをおし潰して倒れました。

「ごめん……ジャングルの皆……」


 ・

 ・

 ・


 ―― 一方。

 苦虫を噛み潰したようなアカシに狙いを定める女王の存在を、誰も知る由はありません。

 畳んだ日傘をスナイパーライフルのように構え、目をすがめています。彼女は小さな唇で、遊ぶように、悪戯するように唱えました。


「バンっ! 」





――――――――――

 次回へ続きます。

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