学園のアイドル



 俺は浅倉千紗に憧れている。彼女は天使のような笑顔に誰にでも隔てなく接する姿。

 美人だし学もあってスポーツもできるし、オマケにモデルなんかもやってるそうだ。天は彼女に一体いくつ与えたのだろう。

 遠目から彼女の姿を見てそう思う。俺は彼女を見つけるといつも見ていた。こういってしまうとストーカーかよと思われるかもしれないが、人を惹きつける魅力が彼女にはあった。

 



 そしてある日、なんでもない放課後に偶然目の前を彼女が歩いていた。そして信号で立ち止まり青になったところで横断歩道を渡ろうとしていた。その時、1台の車が全速力で走ってきた。明らかにスピード違反しているとわかるほど速さだった。


 まずい、このままじゃ浅倉さんが!


 そう思った俺はなりふり構わず慌てて走って彼女をむこう側へ突き飛ばした。


 ドギュオン!!!!




 俺は次に意識がはっきりしたときには病院の白く無機質な天井が見えていた。

 ただこうして浅倉さんが元気に登校しているのを見ると、俺がやったことは決して間違っていなかったと思った。

 元気に登校してきた彼女に取り巻きっぽい女子たちが挨拶を交わして楽しそうに話していた。

 クラスは彼女と一緒になったがこの感じだと浅倉さんと会話なんて夢も夢だろうな。


「おい天哉!」


 そんな感じでモノローグに入った俺の目の前に知った顔が割って入ってくる。


「なんだよ銀仁朗?」


「お前部活はどうすんの?」


 どうするも何も膝自体はリハビリと筋トレである程度まで回復したが、もう部活なんてできるわけが無い。


「辞めるよ。もうボロボロだよ」


「そ、そうか…」


 悲しそうな顔をする銀仁朗。俺と銀仁朗は同じバドミントン部だった。ダブルスのペアだったし、去年の秋季大会の個人戦では県大会のベスト8までいった。

 そんな俺たちだったが、俺が大怪我を負ってもう膝も元には戻らないことから部活を辞めるしかないのだ。


「そんな顔すんなよ。俺の分まで頑張れよ」


 俺は強がって銀仁朗の肩をバシバシ叩く。しかしあいつは暗い顔のままだった。こればかりはどうにもならない。前を向くしかないんだ。


「わかった…。お前の分も頑張るよ」


 銀仁朗は俺の目を見て覚悟を決めたかようにそういった。俺も頑張らないといけないと思った。

 もう少しリハビリと筋トレを頑張ってもっと動けるようになれば、もしかしたら1パーセントの可能性でもまた出来るかもしれない。

 失ったものはあるが、俺はそれと引き換えに心が強くなった気がした。


「でもたっくんこれからどうするの?」


 俺たちの会話に席に荷物を置いてきた真由理こちらにやってきてそう言う。


「そうだなー。帰宅部?」


「それならうちの部活入りなよ〜」


 真由理は料理部に所属している。旅館の娘ということもあり彼女は料理が得意である。ただ本人いわく食べる方が好きらしいが。


「いやー、料理部って女子ばっかじゃん?俺そんなところ肩身狭くてきちいよ」


 うちの学校の料理部は女子しかいない。そんなところに1人男子が入るのはきつすぎる。それに今更感もある。せっかくの誘いであるが断ることした。


「えー、たっくん入ったら面白いのに〜」


 真由理は膨れっ面でいじけた。その顔は可愛らしかった。それにしてもどうしようか。今までは部活に打ち込んでいたが、やることがなくなってしまった。家に帰ったところで暇だし困ったものだ。



「……」



 3人で会話をしている天哉を浅倉千紗は見ていた。取り巻きの女子たちの声は聞こえてないかのように、彼を離れた席から見る。

 その表情は何処か哀しそうで儚く感じた。


「ちょっと千紗?聞いてるの?」


「え?、あぁっ何だっけ?」


 取り巻きのひとりの女子が心ここに在らずな千紗に尋ねてきた。全く話を聞いていなかった彼女は慌ててそちらへと戻る。

 会話を聞きつつも横目で天哉のことを千紗は見ていた。



「みんな席に着けー」


 先生がやってきて生徒たちはみんな各々の席に着き始める。見た目は女子大生ぽい若々しいポニーテールの髪にパンツスーツを着た女性の担任。

 先生の名前は蒲生満子がもうみちこ

 美人で若々しいもののもう30代。つまりアラサー。そして彼氏無しの酒癖の悪い。


「ん?…おぉ!!正木!?久しぶりだな!!生きてたか!!!」



 おいおい。生きてたかってもう少し言い方があるだろ。SNSなんかに晒さられたら炎上するぞ。

 蒲生先生は俺の1年の時担任の先生である。だからこそよく知っている間柄であるがもう少し気を使って欲しい。


「あー先生。ご無沙汰です。生きてましたよ」


「まぁ、よく病院にはいってたけどな。とりあえず元気で何よりだ」


「………」


 ちらっと浅倉さんの方を見ると黙って下を向いていた。それはそうだよな。俺が勝手にやったとはいえ自分の代わりに事故にあった男子生徒の話題などどんな反応したらいいか分からないはず。


「その節は世話になりました。今年もよろしくお願いします」


 蒲生先生は俺が事故にあった際にすぐに駆けつけてくれたらしい。意識が戻るまでの間ずっと病院に通ってくれてお見舞いの品やうちの家族特に母親を励ましてくれていたとのこと。

 残業代も出る訳でもないのに、本当に素晴らしい先生としか言いようがない。

 これで彼氏がいないのが本当に不思議である。



「うんうん。じゃHRはじめるか?」



 こうして2年生最初のHRが始まった。


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