検証とデート 5

 お店の奥の飲食スペースのテーブルには、たくさんのチョコレートが並んでいる。

 わたしとリヒャルト様は二人で入店したのに、六人掛けの大きなテーブルが用意されたのは、二人掛けテーブルではチョコレートがテーブルの上に乗りきらないからだ。


 チョコレートは一つ一つは小さいが、全部で四十種類もあった。

 それを全部ほしいと言ったわたしに、店員さんはしばし固まって、それから「本当にいいのか?」とでも言いたそうな顔でリヒャルト様を見た。リヒャルト様が頷けば、ようやくほっとした顔をして席に案内してくれたのだ。


 ……一つ一つがそれほど大きくないんだから、わたしじゃなくても、全部食べようと思えば食べられると思うけど。


 そんな風に思ったわたしだったが、あとから、店員さんが驚いていたのは量ではなく金額だったと言うことに驚かされた。

 ここのチョコレートは、一つがとっても高いらしい。

 それをお土産に五箱も買ったあとで、さらに全種類の注文を受けて、店員さんは金額に目を回したのだそうだ。

 まあ、そのあとで、わたしが何度もチョコレートをお代わりして、お店のチョコレートをすっからかんにしてしまったから、改めてその量にも驚くことになったみたいだけど。


 もぐもぐもぐ、チョコレート、美味しい。

 わたしが夢中になってチョコレートを味わっている目の前で、リヒャルト様はお砂糖の入っていないコーヒーを飲んでいた。


「リヒャルト様もいかがですか?」

「いや、私は大丈夫だ。君が美味しそうに食べているのを見ているだけで満足だからな。うまいか?」

「美味しいです!」


 神殿で暮らしていたときは、チョコレートなんて高級品は滅多に口にできなかった。

 お金持ちの貴族だ富豪だかが、差し入れてくれたこともあったけれど、年に一度か二度くらいことで、それも一人一粒いきわたればいいくらいの量だったから、こんなにたくさんのチョコレートを食べたことはない。

 フリッツさんがチョコレートのお菓子を作ってくれて、それもとってもおいしいけれど、フリッツさんはが作るチョコレートはケーキやクッキーなどばかりだ。チョコレートの塊ではない。


「チョコレートは食べすぎると鼻血が出るらしいんだが、君の場合は自分で何とかできるだろうからな」

「むぐむぐむぐ、そうなんですか?」

「私もあまり詳しくないが、興奮作用のようなものが含まれているのかもしれない。遠い異国では、チョコレートを媚薬として扱っているようだからな」

「びやく?」

「……しまった。今のは忘れてくれ。サリー夫人にもベティーナにも訊いてはいけない」

「はい!」


 どうやら「びやく」とは「しょーかん」と同じく口にしてはいけない単語らしい。

 リヒャルト様はこほんと一つ咳ばらいをする。


「とにかく、君にはその手のものはきかないだろう。自分で自分を癒せるだろうからな。そうだろう?」

「はい!」


「びやく」が何なのかは知らないが、例えばそれが毒物の一種だったとしても、わたしには効かない。自分で治癒してしまえるからだ。


「それならいい。好きなだけ食べなさい」

「はい!」


 リヒャルト様によると食べすぎると鼻血が出るそうだが、その程度なら簡単に治癒できるのでひるむようなわたしではなかった。

 テーブルの上のチョコレートをあっという間に平らげて、店員さんに全種類お代わりを頼む。

 店員さんがまた固まったが、しばらくすると引きつった笑顔を浮かべてお代わりを持ってきてくれた。


 それを何度か繰り返していると、ショーケースの中のチョコレートがからっぽになってしまったので、わたしはしょんぼりしながらお土産のチョコレートを受け取ってリヒャルト様とともに店を後にする。


 わたしが注文するたびに引きつった顔をしていた店員さんだが、帰るころにはどういうわけかきらっきらの笑顔で「ありがとうございました!」と見送ってくれた。あとで知ったが、リヒャルト様がショーケースの商品をすべて食べてしまった詫びに、少し多めにお金を渡したそうだ。


「さて、腹の具合はどうだ」

「まだ二割くらいです」

「二割か……」


 ふむ、とリヒャルト様が顎に手を当てて考える。


「町を案内してやろうと思ったが、まだ二割しか腹が膨れていないのなら何か食べながら歩くか? 多少行儀は悪いが、たまにはよかろう」

「いいんですか⁉」


 ぱあっとわたしが瞳を輝かせると、リヒャルト様が苦笑してサンドイッチを売っているお店に連れて言ってくれた。

 サンドイッチを十個ほど買い込んで、そのうちの一つを渡してくれる。

 わたしは片手にサンドイッチを握り、もう片手をリヒャルト様とつないで、もぐもぐと口を動かしながら石畳の道を歩く。

 サンドイッチを食べ終わればまた新しいサンドイッチをリヒャルト様が手渡してくれる。


 ……チョコレートも美味しかったけどサンドイッチも美味しい!


 お土産のチョコレートの箱の入った袋もサンドイッチの袋もリヒャルト様に持たせてしまって申し訳ないが、リヒャルト様は気にしていないようだった。


「ここをまっすぐ行くと公園がある。それから、この先の大通りを右手に折れると、小さな劇場が、左手に折れると噴水と時計塔がある。王都ほど娯楽があるわけではないが、店も多いし、それなりに楽しめると思うぞ」


 公園まで歩いてみるかと言って、リヒャルト様が道をまっすぐ進みだした。

 リヒャルト様が買ってくれたサンドイッチが残り三つになったころに公園に到着する。

 少し奥まで歩いて行くとベンチがあったので、わたしたちはベンチに座って休憩することにした。

 リヒャルト様が公園内でドリンクを売っている店を発見して、わたしをベンチに残して立ち上がる。


「少し待っていなさい。喉が渇いただろう? 何か買って来よう」


 リヒャルト様はベンチから見える距離にあるお店にドリンクを買いに行った。

 サンドイッチをもしゃもしゃしながらそれを見守っていると、わたしの足元にたくさんの鳩が寄ってくる。


 ……狙いはこのサンドイッチかしら?


 真っ白な鳩たちはお腹を空かせているのかもしれない。

 わたしはサンドイッチのソースがついていないところのパンを慎重にちぎって細かく砕くと、ぱらぱらと地面に撒いてやった。

 鳩たちが夢中でパンくずを食べはじめる。

 首がせわしなく動くのが何とも可愛らしかった。


 ぱらぱらと続けてパンくずを地面に撒いていたわたしは、そこで、鳩たちの中に怪我をしている子を発見した。

 猫か鴉にやられたのかもしれない。

 わたしはベンチの上に食べかけのサンドイッチを置くと、そーっとその鳩に近づいていた。


 鳩は警戒したように動きを止めて、けれどもわたしがないもしないとわかったのか、またご飯を食べはじめる。

 翼のところが赤くなっていて何とも痛々しい。

 鳩が逃げないように慎重に手をかざして、わたしは癒しの力を使う。

 三秒もしないうちに鳩の翼の怪我は癒え、痛みがなくなったことに気が付いたのか、鳩が不思議そうに自分の翼をくちばしでつついていた。


「ふふ、よかったね。……って、あー‼ わたしのサンドイッチ‼」


 ベンチに戻ろうとしたわたしは、ベンチの上に置いていた食べかけのサンドイッチに鳩たちが群がっていることに気が付いた。

 大声を上げると、鳩たちがびっくりしたように一様に飛び立っていく。

 鳩に啄まれたサンドイッチは見るも無残な姿になっていた。

 かくっとうなだれたわたしの目の前で、今度は野良猫が素早くそのサンドイッチを咥えて逃げて行ってしまう。


 ……うぅ、踏んだり蹴ったりだわ。


 しょんぼりしながらベンチに座りなおすと、くすくすという笑い声が聞こえてきた。

 顔を上げると、暖かい紅茶を二つ買ったリヒャルト様が笑っていた。


「本当に君は見ていて飽きないな。ほら、サンドイッチは後二つ残っているから、機嫌を直しなさい」


 それは誉め言葉だろうか。

 だが、わたしの隣に腰を下ろしたリヒャルト様がサンドイッチと紅茶を手渡してくれたので、わたしの気分は一気に浮上する。

 わたしが再びサンドイッチを食べはじめると、逃げていた鳩たちがまた近寄って来た。


 ……もう、仕方がないなあ。


 わたしはまたパンくずを地面にばらまく。


 鳩におすそ分けしながらサンドイッチを食べるわたしを、リヒャルト様が優しい目をしてみていたけれど、鳩ばかりを気にしていたわたしがそれに気づくことはなかった。




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