検証とデート 4

 次の日。

 お腹を締め付けないゆったりとしたドレスに、冬の分厚いコートを羽織って、わたしはリヒャルト様とともに馬車に揺られていた。

 一番近い町は歩いて行ける距離だが、南とはいえ本格的に冬が到来しているため外は寒い。リヒャルト様はわたしの体調を考えて、馬車を出してくれたのだ。


 ……風邪を引いても、自分で治せますけどね! でも、気遣いがとっても嬉しいので何も言いません!


 馬車に乗っていたらお菓子も食べられるし、わたしに文句はない。

 わたしがお腹を空かせたときのため、馬車にはフリッツさんお手製のフィナンシェが積んである。

 馬車に乗り込んでさっそくフィナンシェに手を伸ばしたわたしに、「昼食と取ったばかりだろうに」とリヒャルト様は苦笑したけど、お昼ご飯を食べ終わったのは四十分も前です。四十分が経てば、わたしのお腹の食べ物は半分以上消化されるのですよ!


 それにしても、本当、リヒャルト様に拾われてからわたしは幸せの連続だ(ごはん的に)。幸せでなかった日がない(ごはん的に)。もう、リヒャルト様のうちの子にしてほしいくらい、彼から離れたくなくなっていた(ごはん的に!)。


 しかし、このままリヒャルト様のおうちの子にしてくださいとお願いするには、わたしに相応の価値があることを証明せねばなるまい。

 わたしがせっせと作っている薬は、神殿を通さないと売れないからたまる一方で、リヒャルト様にはまったくと言って恩恵はないだろう。

 かといってわたしの出し汁改め「癒しの水」は、わたしが恥ずかしすぎるのであまり大々的に広めてほしくなかったりする。


 ……ほかにわたしができることってあるかな?


 リヒャルト様がわたしをこのまま手元に置いておこうと思うだけの何かを、早急に見つけねばならないだろう。


 ……もぐもぐもぐ。フィナンシェ美味しい。さてどうしよう。


 隣町には馬車ですぐについてしまうため、フィナンシェは一個しか食べる暇はないし、考える時間もない。残ったフィナンシェも、考えるのも、後回しにすることにした。

 なぜなら、チョコレートがわたしを呼んでいるから!


「リヒャルト様、チョコレートはどこですか?」

「待ちなさい。君を野放しにすると迷子になって行き倒れそうだからな。いいか、私の手を離してはいけない」


 幼い子供にするように、リヒャルト様がわたしの手をしっかりとつなぐ。


「はい!」


 神様の言うことなのでもちろんわたしは従いますよ。だから美味しいチョコレートを早ぅ!


「チョコレートの店はこっちだ」

「何があるんですか? ケーキ?」

「ケーキもあったはずだが、ホットチョコレートに、クッキー、ナッツやドライフルーツが入ってものなど、いろいろ売っていたはずだ。だが君の腹なら全種類試しても余裕だろう。好きなだけ食べなさい」

「いいんですか⁉」

「検証実験に付き合ってくれた礼だ」


 検証実験は恥ずかしかったけれど、お礼にチョコレートをいくらでも食べていいのなら、その恥ずかしさもどこかへ吹っ飛ぶというものですよ。

 わたしは口の中一杯に溜まった唾液をごくんと飲み込む。


 ……やっぱりわたし、リヒャルト様のおうちの子になりたいです!


「リヒャルト様、早く行きましょう! 売り切れたら大変ですから!」

「売り切れることはないはずだ。……いや、君が全部食べそうな気がするから、売り切れるのは売り切れるのか」


 最後にぼそりと付け加えたリヒャルト様のつぶやきはわたしの耳には入らなかった。

 うっきうっきとリヒャルト様とともにチョコレートのお店に向かう。

 お店はあんまり大きくなかったが、店に入ると、ショーケースの中に、まるで宝石のようにたくさんのチョコレートが並んでいた。


 ……食べたい食べたい! でもその前に!


「リヒャルト様、お土産も買ってもいいですか?」

「なんだ、邸に帰って食べる分か?」

「いえ、ベティーナさんたちの分です!」

「なるほど。それは失念していたな。じゃあ、あちらの詰め合わせを買っておこう。あれを、そうだな、五箱ほど買えば全員にいきわたるはずだ」


 君が土産を気にするとは思わなかったと笑って、リヒャルト様が店員さんに五箱ほど持ち帰り用によけておいてくれるように頼む。


「さて、土産分は確保した。心置きなく頼んでいいぞ」


 わたしはぱあっと顔を輝かせて、元気よく店員さんに注文した。


「ここからここまで、全種類ください‼」


 店員さんが、笑顔のまま動きを止めた。




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