検証とデート 3

 もぐもぐもぐもぐ……。

 わたしは一心不乱に口を動かしていた。


「さあさあスカーレット様、どんどんお召し上がりください!」


 ダイニングテーブルの上には、所狭しとケーキが並んでいる。

 その数三十五! 種類にして七種類!

 これらすべて、フリッツさんのお手製ケーキだ。


「フリッツ、夕食前だぞ……」


 わたしが夢中になってケーキを食べているのを、リヒャルト様は紅茶を飲みながらあきれ顔で眺めていた。


「いいんですよ! これはせめてものお礼なんですから!」


 娘さんの水疱瘡の痕が消えて、ついでに奥さんの皺やシミも消えて、家族の中でフリッツさんの株は爆上がり中らしい。

 娘と妻が優しくなったと感動したフリッツさんは、以前にも増してわたしにお菓子を与えてくれるようになった。幸せ幸せ。


「スカーレット様、そっちの緑のケーキはピスタチオを使った新作ですよ!」

「新作!」

「梨のタルトもぜひお召し上がりください。自信作です!」

「自信作!」

「スカーレット、夕食が入らなくなっても…………いや、そうだった、君に限ってそれはないんだったな」


 もちろんです。わたしに限って、ご飯が入らなくなるなんてことはあり得ません!

 もぐもぐもぐ、あぁ、おいしぃ。


「ケーキを三十五個も食べて夕食まで五人前以上平らげるんだからな。食事の量と君の体の堆積が一致しないんだが、どういうことなんだろう」


 リヒャルト様が小難しいことを言い出したけど、わからないからスルーしておく。


「『癒しの水』実験が終わったら、君の検証実験もしたくなるな」

「うぐう!」


 リヒャルト様が変なことを言い出したので、わたしはケーキを喉に詰まらせて慌てて水に手を伸ばした。

 ごくごくごくぷはーっと勢いよく水を飲んで、口を開く。


「リヒャルト様! いくらご飯の神様でも、乙女の秘密を暴いたらダメです!」

「つまり君には秘密があるのか。待て、ご飯の神様ってなんだ」

「秘密なんてありませんけど秘密を暴いたらダメなんです! ご飯の神様はわたしにご飯を恵んでくれるリヒャルト様のことです!」

「妙な呼び名をつけるな。……というか、君に恥じらいがあったのは驚きだ。馬車の中でぽっこりと膨らんだ腹を自慢したくせに、今更何を言うんだか」

「自慢はしてないです!」


 いくらわたしでもぽっこりお腹を自慢したりしない。

 それに、それとこれとは別問題だ。何故ならわたしは、食後のぽっこりお腹が恥ずかしいとは思っていなかったのだから。「はしたない」と言われて、これははしたないものなのかとはじめて理解したくらいなのである。


 ……ぽっこりお腹は恥ずかしくないけど、わたしの出し汁検証は恥ずかしいし、わたし自身が検証されるのもとっても恥ずかしいからダメなんです!


「ふむ、そうか。いいデータが取れそうなんだが……」


 リヒャルト様はいったいわたしの何をデータ化するつもりなのだろう。

 ぷるぷると首を横に振ると、リヒャルト様は諦めたように苦笑した。


「まあいい。無理強いはすまい。見ているだけでも何か発見があるかもしれないしな」


 リヒャルト様のいい方では、わたしは摩訶不思議生物になったように聞こえる。


 ……わたし、普通の人間ですけど? ちょっと燃費が悪いだけで。


「そう言えば明日からしばらく、サリー夫人の授業は休みだ。孫が熱を出したそうで、看病するから来られないと言っていた」

「熱ですか。冬ですし、季節性の風邪が流行っているのかもしれないですね」

「可能性はあるな。様子を見て、ひどいようなら連絡をするように言っている」


 それがいいだろう。何故ならわたしは聖女である。何かあれば治してあげられるのだ。


 ……多少の風邪くらいなら逆に聖女の癒しの力は使わない方がいいとも言われているのよね。自己免疫機能が低下するとかなんとか、先輩聖女が言ってたもの。


 だから、子供が自力で治せる風邪なら、治るのを待った方がいいのだ。


「ということで、明日からしばらく君は暇だろう? ここに来てからずっと邸にこもりっぱなしだったし、近くの町でも案内してやろうと思うが、どうだ?」


 リヒャルト様のお兄様ご夫妻は、一週間後に到着することになっている。だから、それまではリヒャルト様も「癒しの水」実験の続きができない。


「町……」


 ここヴァイアーライヒ公爵領に到着する前にも、いくつかの町に立ち寄ったけれど、観光はしなかった。

 そして神殿育ちのわたしは、神殿の外に出たことはほぼない。


 ……でも、わたしのこの燃費の悪さで外を歩いたら、すぐに倒れちゃいそうなんだけど。


 ご飯を食べても二時間もすればお腹がすくような体質のわたしである。町歩きはリスクが高いのではあるまいか。


 すると、リヒャルト様がニッと口端を持ち上げた。


「近くの町に、うまいチョコレートの店がある」

「行きます‼」


 前言撤回。わたしに断る理由はない!




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