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暦は進み、クリスマスがやってきた。今年はクリスマスイヴもクリスマスも平日で、金曜日でちょうど仕事納めとなる。金曜日は部署で忘年会だ。そんな金曜日を控えたクリスマスイヴは飢えた人間の餌食だった。



「美玲さん、今日のこと考えてくれました〜?」



朝から賑やかなことである。入社2年目のむつみは始業に向けて支度をする美玲の所にやって来て、大きな声でそう尋ねた。



「どうしようかな。」

「えぇ〜。俺夜景が見える所探します。美味しい所っ。」

「考えておきますね。」



適当に躱す美玲は承諾こそしないがそれを断ることもしない。その理由には心当たりがある。それは今日、俺たちが会う約束をしていないからだ。こんなことを思うのは思い上がりかもしれないが、美玲と目が合って微笑まれるたびに思う。私を誘わなくていいの? そう言われているかのようだ。



「黒田さん。」

「何?」

「いいんですか? 玉寄さん。」



そう声をかけてきたのは新入社員の岡本おかもとだ。こちらはこちらで正直しつこい。



「いいも何も、俺が口出しすることじゃないでしょ。」



平然を装ってそう言うと、岡本はニンマリと笑う。



「じゃあ今日は私と仕事終わりに映画でも行きません!?」

「明日も仕事だし帰るけど…。」

「じゃあ一杯だけ! 寂しい女に付き合ってください〜。」

「俺は1人でも寂しくないから。」

「つれないなぁ。」



それでも岡本は笑みを絶やさず、俺の耳元に唇を寄せて囁く。



「玉寄さんは行っちゃうかもしれないのに?」



ジロリと睨んでも岡本は気にする素振りを見せない。それどころか今度は可愛らしくニッコリと笑って続けた。



「いつでも慰めますからね。」



言葉尻にハートがついているかのような言い方だ。俺には岡本、美玲には睦が付き纏うようになったのは先日の飲み以来だ。どうやらこの2人は応援し隊ではないらしい。応援し隊は応援し隊で煩わしかったが、これは実害があってもはや迷惑である。

だがそんな岡本を無碍にできないのは、きっと本当に美玲が行ってしまうのではないかという不安に起因する、好かれている安心感ゆえなのだろう。



「準備するからあっち行って。」

「はーい。」



俺は、弱虫だ。



神様……今日の場合はキリストだろうか。もし実在するとしたら、ソイツは意地が悪い。もしくは俺のことが嫌いに違いない。退勤後に美玲と乗り合わせたエレベーターの中でそんなことを思う。



「黒田さん、一杯だけ! 気になってるバーがあるんです!」

「美玲さん、考えてくれました? 今からでも行けそうなレストランピックアップ済みですよ〜。」



うるさいオマケ付きである。美玲は笑顔で「忘れてたなぁ」と受け流していた。俺はといえばもはや無視である。我ながら冷たい男だ。

一階に着いてエレベーターを降りる時、美玲と目が合った。あ、あの赤いリップ塗ってる。就業中は塗っていなかった。ということは、退勤後にわざわざ塗ったのか。何のために。そんなことに気が付いてしまう俺はまだまだ美玲の虜だ。



「玉よ」

「黒田さん、ケーキ食べに行きません?」



俺の言葉を遮って赤い唇で微笑んでそう言う美玲に、何も考えずただ無言で頷いた。



「え。」



頷いたくせに美玲の言葉に後から戸惑う。狡い。



「そういうわけだからごめんなさい、睦さん。」



ニッコリ笑った美玲は俺に腕を絡ませてくる。睦は一瞬固まっていたし、流れ弾を喰らう形になった岡本は悔しそうに唇を噛み締めて美玲を睨みつけていた。



「玉寄さん…。」

「ケーキ、どこのにします?」

「…行きたい所、どこでも行く。」

「ふふ、ありがとう。」



気持ちが良いくらいに一瞬で引き戻される。申し訳なさも不安も弱虫も、この笑顔の前にはないも同然だ。



「美玲。」

「ん?」

「…この後、俺んちでいいですか。」

「変な健くん。そのつもりでした。」



少し涙が出そうになる。ああ、馬鹿馬鹿しい。腕に絡んだ美玲の手をしっかりと握る。結局堂々巡りなのだ。もうなんだっていいやと思ってしまうし、喜んで絆されようとも思ってしまう。もう俺の方はベタ惚れなんだ。


--一緒にいるこの時間が愛しい。

どうしたってそこに辿り着いてしまうんだ。

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