6
家に入って靴を脱ぐなり鞄も置かずに後ろから美玲を抱きすくめた。美玲はやはりガチガチでなんなら微かに震えている。ギリギリ働く理性で踏み留まり、どうしたもんかと思案する。…今更だがハジメテじゃないよな?
「あ、の。」
咄嗟に腕を解いた俺の方を振り返ると、俯いたまま美玲は続けた。
「その、こういうの初めてで…。あ、えっと、処女とかじゃないんですけど。」
と慌てながら必死に言う。「うん」と続きを促すと美玲はさらに俯いてしまった。
「お付き合いしてない人と、シたことなくて…。」
「っ…。」
お付き合いって何? 言い方から可愛い。そして処女じゃないのは残念ではあるが、それでこんなに余裕がないのか。仕事はあんなに余裕があるのに? ギャップが激しい。
「とりあえず中入りますか…。」
美玲を促してリビングに進むと、美玲はまた急に呑気になる。
「社会人になってから男の人の部屋、初めて入りました…。」
「元彼とかは…?」
「皆実家だったので…。大学生ぶりです。」
「そう…。」
こちらが振り回され過ぎて感情ジェットコースターで死にそうです。本当に俺今日死ぬのでは。あと部屋綺麗にしておいてよかった。
そんな俺を他所に鞄を隅に置いた美玲はこちらを振り返って、やっと俺を見上げた。相変わらず顔は赤いし、おまけに強く結ばれた唇が震えている。かと思えば耐えられなくなったのかすぐに目は伏せられてしまった。代わりにすごく小さな声が聞こえてきた。
「ぎゅー、してください…。」
「ふっ。」
思わず吹き出しながら抱き締めてその背中を軽く叩いた。
「緊張しすぎじゃないですか。」
「だ、って…。」
「張り切りすぎると空回っちゃうから、程々でいきましょ。」
先週言われたばかりの言葉をそのまま言うと、やっと美玲も笑った。
「私が言った台詞。」
「仕事もプライベートもそこは一緒でしょ。」
「そうですね。」
穏やかな空気の後、そっと美玲の顔に手を添えて上を向かせてキスをする。やっと美玲の方も力が抜けたようだ。
そこからは
たっぷり7、8時間眠って、起きた時には昼過ぎだった。それでもまだ美玲は起きていなくて、俺は数時間前の情事を思い出しながらその寝顔をしばらく眺めていた。
「美玲。」
ポツリと名前を呼んで頬を撫でた。その瞬間に美玲がピクリと反応して目を薄っすら開けた。
「ん、あ、れ…。」
「お、はよう。」
「おはようございます…。」
やばい。名前呼んだの聞こえたかな。一晩寝ただけで勝手に下の名前で呼ぶとか嫌われるかもしれん。
そんな俺の心配をよそに美玲は上半身を起こしてキョロキョロと辺りを見回した。途中で時計を見つけたらしく、時間を認識した瞬間に目を丸くした。
「お昼!? 嘘…。私寝てました!?」
「うん。」
もうそりゃグッスリと。しっかり寝顔も見ました。何か予定でもあったらマズいなと俺も上半身を起こすも、どうやらそういうわけではないらしく険しい顔で首を傾げていた。
「玉寄さん? どうかした?」
「……なんでもないです。」
なんでもなくはなさそうだったが、まぁ今はいい。順番が逆になってしまったが、昨晩は酒も入っていたしそれどころではなかった。身体を繋げた後で彼女になってくれなんて虫が良すぎる気もするが、
「あの」
「黒田さん。」
「……はい。」
また出鼻を挫かれた。何となく分かってきた。俺はこの人には敵わない。それは惚れた弱みだろう。諦めて笑った俺に、美玲は躊躇いがちに爆弾を落とす。
「私の、セフレになってください…。」
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