第37話 悪党集団

「あ、悪党集団あくとうしゅうだん…?! 悪い人たちだったんですかっ?!」


 由佳ゆかがあまりに「悪党」という言葉に素直に反応し、驚きを隠さないので、顕乗けんじょうは純粋な由佳の可愛さに対して笑い声を上げた。


「あっはっはっ。違うよ、由佳ちゃん。この場合の「悪」は昔の言葉で「強い」ってことさ。昔は強い人のことを「悪」って言ったんだよ」


「そ、そうなんですか?」


「そうだよ。ほら「悪王子あくおうじ」とか地名に残ってたりするでしょ? あれは強くて荒々しい神の素戔嗚尊すさのおのみことのことを敬意を以もって「悪王子」と崇めたんだけど、「悪」っていう言葉は、そういう使われ方もしていたのさ」


 由佳は、いつも自分がお参りしている苗蘇神社びょうそじんじゃが、「悪」と言われて驚いたが、顕乗の説明を聞いて、「悪」という言葉には、そういった意味と使われ方があるということを理解した。


「苗蘇神社のあったこの辺り一帯はね、大陸から渡ってきた渡来人とらいじんの「苗氏びょうし」と「蘇氏そし」が支配していた土地なんだよ。

 彼らは「悪党」だけど、悪い人じゃないよ。ちゃんとこの地域を治め、繁栄させていた「地方豪族」だったんだ。

 土地は豊かで人々は食べ物に困らず、周囲の豪族とも交易を盛んに行っていたのでお金もあり、武装集団を結成して強い力を誇り悪党集団───つまり強い地方豪族として一目置かれていたんだ」


 顕乗はまるで自分のことのように誇らしげに語った。


「ただ、その時代の日本の朝廷からしたら、敵対はしていなかったけど、服従もしていない豪族だったから、本当の意味で快くは思われていなかっただろうね。

 だから隙あらば支配下に治めて、この土地を自分達のものにしようとは思っていたのさ。その先鋒となって、睨みを利かせていたのが一条一族の安倍晴明さ」


「安倍晴明って一条神社の神様の…ですか?」


「そうさ。安倍晴明は朝廷の手先だったのさ」


「ええっ? 安倍晴明が朝廷の手先だったんですか?」


「そうだよ。安倍晴明は今でこそ神として崇められているけど、その実は今の一条神社のある一帯を支配していた地方豪族の首領しゅりょうだからね。つまり安倍晴明もなんということはない、悪党なのさ」


 悪党という言葉が、今でいう善悪の「悪」という意味でないのは顕乗の説明を聞いて理解できたが、それでも由佳は、やはり安倍晴明が「悪党」と呼ばれることに驚いてしまった。


「苗氏も、蘇氏も、そして安倍晴明も、同じ悪党だけど、唯一の違いは安倍晴明は日本の朝廷に服従し、言う事をきいていた悪党だったってことだね。

 だから今に伝わる言い伝えで、とても格好良い英雄として美化されているんだよ」


「そ、そうなんですか…」


「そうだよ。何せ日本の朝廷は自分達に従う豪族はもてはやし、そうでない豪族───特に自分達に敵対する豪族のことは「土蜘蛛つちぐも」なんて言って怪物扱いしていたからね」


 確かに由佳は、平安時代の書物に登場する土蜘蛛や酒呑童子しゅてんどうじ茨木童子いばらきどうじなどの怪物や鬼は、日本の朝廷が自分達に従わない豪族を、そのように「人に非あらず」として蔑視し、姿かたちを大袈裟に誇張して怪物化させたという話を聞いたことがあった。


「安倍晴明には81匹の式神がいて、それらを使役して次々と怪物を退治したっていうけど、こうした英雄物語も、実は安倍晴明にはたくさんの強い兵士がいて、怪物呼ばわりされた周囲の豪族が次々と併呑へいどんされたことを、そのような物語にしただけかもしれないね」


 由佳は、一見すると確かに昔の人々が、そのように話を創作したかもしれないと理解はできた。しかしその一方で、狗巻が使役する式神は確かに存在するので、必ずしも顕乗の説明が正しいとは言えないとも思った。

 だが、さらにその上で、自分とは違い、式神が《視え》ない昔の人々が、過去に実際にあった安倍晴明の活躍と式神のことを、自分たちの常識で理解できるように、そう解釈しようとしたとしても、それは当然のことだとも思った。


「まあ、そうした真相なんて、もはやどうでもいいんだろうけどね。

 みんなそんな真相なんて求めていないのさ。

 今ある神社の建物の古さ、そして建築様式の美をありがたがっているだけさ」


 確かに外国人観光客にも人気で、連日大勢の参拝客で賑わう有名な神社も、本当の意味で祈りを捧げに来ている参拝客は少なく、殆どの人が「見物客」だという話を由佳は聞いたことがあった。

 そしてそうした「見物客」のおかげで、昔から代々、その神社に信仰を寄せていた地元の人が、参拝を疎外されているということが近年、問題視されている話も聞き及んでいた。

 所謂いわゆる、オーバーツーリズムという問題だった。


「まあ、ありがたい話ではあるけどね。実際、それで潤っている社寺仏閣は多いし、そのおかげで貴重な仏像や社殿の維持、修復が出来たりしている側面もあるし。

 何より、そうした「見物客」でも注目して、来てくれるんなら大切な「お客様」としておもてなしさせていただきたいと思うよ」


 顕乗は、おそらく普段はあまり人の来ない苗蘇神社と、大勢の人で賑わう有名な神社を比較して言っているんだろうと由佳は思った。

 そしてそれと同時に、由佳は顕乗がこの状況を本当の意味で喜ばしく思っておらず、しぶしぶ受け入れているといった様子も感じ取ることもできた。


「あ、あの、顕乗さんは神職しんしょくの資格を取ろうと勉強されてますよね? それは神様を信仰しているからなんですか?」


 由佳は、かえでが言っていた「お兄ちゃんは神様を信じていない」という言葉と、今の顕乗の様子を見て、やはり顕乗は信仰心が薄れていると見て取れ、思い切って聞いてみた。


「うーん。そうだね。実は神様が「いる」か「いない」かでいうと、僕は「いない」と思ってる」


 やはり、と由佳は思った。

 そして由佳は、本人からはっきりとその事を言われて、とても残念な気持ちになった。

 顕乗は高校の先輩で、楓の兄でもあり、狗巻の部活の先輩でもあり、自分のバイト先の店長でもあるなど、とにかく頼れる「年上の人」だった。そして何より苗蘇神社の宮司を代々務める市原家の長男でもあるので、できれば神様を信じていて欲しいと思っていたのだ。


 顕乗は自分が「神様はいない」と言ったことで、由佳が悲しんだ様子になったことをすぐに察した。


「あ、ごめん。神様を信じて毎日お参りをしている由佳ちゃんからしたら酷い事をいう奴だったね。

 あ、でも勘違いしないで由佳ちゃん。

 神様は「いる」「いない」でいうと、「いない」と思ってるけど、「存在する」「存在しない」でいうと「存在している」と思っているから」


 それはどういうことだろうと由佳は思った。




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私の小説を読んでいただきまして、本当にありがとうございました。

(⋆ᵕᴗᵕ⋆)


今回のお話はどうでしたでしょうか?

顕乗先生の歴史のお勉強の回でした୧(˃◡˂)୨


ご意見ご感想などいただけますと幸いです。

皆さまに「面白い!」と思っていただけるよう頑張ります(๑•̀ㅂ•́)و✧

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