第38話 四人衆

「神様は「いない」と思っているけど、「存在している」と思っているのは、それは「神様を本当に信じている人がいる」ことが間違いないからだよ」


 顕乗けんじょうの説明を聞いたが、由佳ゆかはまだ顕乗が言わんとしていることの意図をはかりかねた。


「つまり、その人が本当に神様を信じているなら、その人の中に神様は存在している。それは間違いないことで、それを他人が否定したり、間違っていると非難したりはできないってことさ」


「なるほど。そういうことですね」


 由佳は顕乗の意図を理解し、深く頷いた。


「逆もまた然りだけどね。神様は「いない」と思っている人に、神様の存在を認めさせることも、またとても難しいことなのさ」


 そういう顕乗の言葉には、言葉以上の含蓄が込められているように由佳は感じた。


「さあ、学校に着いたよ。荷物を搬入するから裏門側でごめんだけど」


「いえ。顕乗さん、ありがとうございます。とても助かりました」


 顕乗が裏門から駐車場に車を進めると、そこには4人の女生徒が待っていた。


「あれ? あの子たち…」


 由佳はその女生徒たちに見覚えがあった。

 いつも静子しずこを熱心に追いかけている女生徒ABCDだった。


「あ、そうだ。由佳ちゃん、今度、ワンフィールドのバイトの面接をお願いしてたよね。応募してきたのってあの子たちだよ」


 顕乗は4人の女生徒を指して言った。


「え? そうなんですか」


「うん。それでね。今日のお祭りの準備も手伝って欲しかったし、もう採用を決めちゃってね。今日から勤務してもらうことにしたんだ。初勤務がワンフィールドじゃなくてお祭りのイベントの準備になっちゃったけど」


 とても急な話だったが、決断の早い顕乗にはよくある事だった。


「紹介するよ。みんな貴船きふねさんのことは知っているよね? 学校の副生徒会長だし。

 貴船さんはもうすぐアルバイトを辞めちゃうけど、ワンフィールドのリーダークラスのひとりで、みんなに仕事内容を教えてもらうことになるから一人ずつ自己紹介をお願いします」


 由佳と女生徒ABCDは、お互いに面識はあるが、ちゃんと挨拶をしたことがなかった。

 まったくの初対面ではないが、知り合いというわけではなかったのでお互いに少しぎくしゃくとした空気になった。

 また、4人にとって由佳は、いつも生徒会長の追っかけを阻む邪魔な副生徒会長という認識もあり、由佳にとっても4人はいつも静子に追い回す迷惑なファンという認識もあったので、より一層なんとも言えない空気に拍車がかかった。


「あ、あの、相田 詠子あいだ えいこです。宜しくお願いします。(女生徒A)」


 口火を切ったのは女生徒Aだった。

 これをきっかけに残りの3人も順番に自己紹介をした。


備井 米美びい べいびーです。その、いつも、なんというかお世話になっています…(女生徒B)」


「お世話になっているのはちょっと違うわよっ。あ、すみません。私は椎名 詩衣しいな しいです(女生徒C)」


泥田でいでん・ディーン・禰栖子でぃすこデス。あの、貴船さんはどうして市原店長の車に一緒に乗っていたのでスカ?(女生徒D)」


「まさかおふたりはそういうご関係なんですか…?(相田)」


「えっ? ち、ちがいます。これは───」


「違うわよっ! 副会長は鞍馬くらま先輩の彼女なんだからっ!(備井)」


「鞍馬先輩ってバレー部のキャプテンの?(椎名)」


「鞍馬先輩かっこいいデス。女子にも人気デス。副会長、鞍馬先輩のこと、色々聞いてもいいデスか?(泥田)」


 由佳は4人の圧の強いかしましさを痛感した。

 これは静子が手こずるのも頷ける圧迫感だった。


「おーい。君たち。それより早く荷物を運ぶのを手伝ってくれよ」


 由佳に詰め寄る4人に対して顕乗が呼びかけた。

 顕乗は車のトランクから大きな箱を取り出し、それを台車に乗せようとしていた。


「そんなに重くはないけど、大切なものが入ってるし、慎重に扱ってね」


 顕乗は4人にくれぐれもといった様子で指示した。


 顕乗が車に積んでいた箱は、貴重な美術品を運搬する時のように、厚手の木枠で四方を囲われていた。

 四隅には衝撃を吸収する緩衝材もあり、さらにストレッチフィルムで厳重に梱包されていた。


 由佳とネズミの神様は、その箱が台車に乗せ換えられる様子を見守っていたが、ネズミの神様が何かに気づき、突然、騒ぎ出した。


「あ、あの、どうされたんですか?」


 由佳はネズミの神様が火が付いたように大騒ぎするので困惑した。


 ネズミの神様は盛んに由佳の袖口をひっぱり、台車に乗せられている箱を指さした。

 何事かと思い、由佳が目を凝らすと、箱が中から押されるように膨れ上がり、少し隙間が開いた。

 そこから覗いた箱の中には、今にも弾けん程に、動物の毛皮がみっちりと詰まっていた。


「あの毛皮はっ…!」


 由佳はその毛皮に見覚えがあった。

 それは苗蘇神社びょうそじんじゃの神様の毛皮にそっくりだった。


 ネズミの神様は箱に飛び乗ると、箱を運ぼうとする女生徒たちに対し、立ちはだかるように両手を広げて威嚇してみせた。しかし、神様が≪視えない≫女生徒たちはまったく意に介さず、粛々と箱を運ぶ作業を続けた。


「あ、あのっ、顕乗さん! この箱の中には何が入ってるんですかっ?」


 由佳が箱に駆け寄って触ろうとすると、顕乗はすかさず間に割って入り、由佳の前に立ちはだかった。


「おっと。ダメだよ、由佳ちゃん。これはとても大切なものなんだ。それにイベントの目玉だし、まだ中身が何かは秘密だよ」


「顕乗さん、教えて下さいっ。この箱の中には何が入っているんですかっ?」


 由佳は尚も訴えたが、顕乗は頑かたくなに箱の中が何かを教えてくれなかった。


「ふっふっふっ。由佳ちゃん。だいぶこの箱の中身が気になるみたいだね。

 でもダメだよ。これは本当の本当に秘密なんだ。

 でもヒントをあげる。

 だってこれは由佳ちゃんにとって、とても関係が深いものだからね」


「私に関係が深いもの…?」


「そうだよ。由佳ちゃんは、いつもこの箱の中の物の近くに行っているんだよ。

 でも由佳ちゃんは残念ながら、この箱の中の物は一度も見たことがないよね。

 だから僕が見せてあげようと思ったんだ。今回のイベントを思いついたきっかけは由佳ちゃんのおかげでもあるんだ。だから特別にヒントをあげるんだからね」


 顕乗はニヤリと笑った。

 由佳はその薄ら笑いの表情の裏に、歪んだ善意がうごめいている禍々まがまがしさを感じ、顕乗のニタリ顔が、率直に不気味だと思った。


「由佳ちゃん、今回のイベントは秘仏ひぶつ御開帳ごかいちょうさ。

 だからあの箱の中には由佳ちゃんもそうだけど、これまで殆どの人が見たことのない貴重なものが入ってるんだよ」


「秘仏の御開帳…」


 由佳は秘仏の御開帳がなんであるかを知っていた。

 秘仏の御開帳とは、ふだんは大事にしまわれていて、見ることができない貴重な仏像や御神体ごしんたいを、特別に拝観できるイベントだった。


「顕乗さん、まさかその秘仏って…

 苗蘇神社びょうそじんじゃ一条神社いちじょうじんじゃの御神体……ですか…?」


「おっと。これはヒントが優しすぎたかな?

 ダメだよ、由佳ちゃん。もうこれ以上は何一つ教えないからね」


 顕乗はますます笑顔を歪ませ、2つの箱をそれぞれ1台ずつ、計2台の台車に乗せて4人の女生徒たちに慎重に搬入させた。


「それじゃあ、由佳ちゃん。イベントを楽しみにしててね」


 由佳は何とかしなければと思ったが、どうすれば良いのか咄嗟に判断ができず、運ばれていく台車を見送るしかできなかった。


 由佳とネズミの神様は、途方に暮れたようにその場に佇んだ。

 そんな落胆をしているふたりの元に、静子しずこ管狐くだきつねたちがやってきた。


「「いたいた! おい! ! 探したぞ!」」


 管狐たちは由佳の左腕に左京近さきょうこんが、そして右腕に右京近うきょうこんが巻き付き、こっちに来いといった様子で由佳を引っ張った。


「えっと、左京近さんと右京近さんでしたよね。あ、あの、どうしたんですか?」


「いいから来い! 静子が探してるんだっ!(左京近)」

「静子は式神師と一緒にいるっ! お前も来るんだ!(右京近)」


 式神師とは、おそらく狗巻のことだろうと由佳は察した。

 そしてそのことで狗巻のことを思い出した由佳は、同時に狗巻に会いたいという思いもまた蘇った。


「(そうだ。私は狗巻に会いたかったんだ…)」


 ネズミの神様とふたりで途方に暮れていた由佳だが、目指すべき目的を思い出し、沼地から固い地面に一歩を踏み出したように、自信が回復していく感覚を覚えた。


「うん。わかった。静子のところにいくよ。静子と…そして狗巻のところにっ!」



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4人の名前は思いっきり遊んでみましたが、そういったネーミングセンスも含め、今回のお話はどうでしたでしょうか?

(,,•﹏•,,)ドキドキ


またタイトルの「かみみみこ」のワードも登場しました。

この言葉の意味は次話で明らかになります♪


皆さまに「面白い!」と思っていただけるよう頑張ります。


私の小説を読んでいただきまして、本当にありがとうございました。

ご意見ご感想などもいただけますと嬉しいです。

誤字脱字などもご指摘いただけますと幸いです。(⋆ᵕᴗᵕ⋆)

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