37. VSクロヴィカス1

 ───吹っ飛ばされた衛兵に追い打ちをかけようとするゴブリンの首をはねる。周りにまだ何体かいるな。


「起き上がれるか?」

「うぅ………」


 衛兵の近くにいるゴブリンを斬り捨てながら声をかけると、痛みに声を漏らしながら立ち上がろうとしている。命に別状はないだろうが骨の1本か2本は折れているだろうな。ゴブリンに思いっきり棍棒で殴られていたし。立ち上がったがお腹を抑えている。このまま戦うのは無理だな。


「前線は俺とトラさんが担当する。他の衛兵達と一緒にゴブリンが村に入らないよう戦線を維持して欲しい」

「はい…」

「入口の所で俺の仲間がいる。ノエルから回復して貰うといい」

「分かりました」


 とはいえこの状態ではまともに戦えないだろう。付いてきてくれと声をかけてから襲いかかってくるゴブリンを蹴散らしながら進む。

 幸い遠くはない。それでもゴブリンの数が多すぎてなかなか進めない。

 数が多いのもそうだが、このゴブリンたちの様子が可笑しい。眼は血走っているし、口からダラダラと涎を垂らしている。何かに操られている感じだな。村に向かう者も数体いるが、俺たちを狙って襲ってきている。


 少し離れた所でゴブリンが30体ほど宙に舞っているのが確認出来た。胴体が2つに分かれて飛散しているものや、頭が吹き飛んだものもいる。トラさんが派手に暴れているようだ。

 斬り捨てても次から次へと襲ってくるゴブリンに嫌気がさす。


「鬱陶しい!」


 ゴブリンの死体で転ばないように気を付けないとな。斬り捨てたゴブリンの体を蹴り飛ばし、纏まっている方へと『飛燕』を飛ばす。50体位は死んだか?

 これだけゴブリンが密集しているなら適当に『飛燕』を飛ばすだけでも効果がありそうだな。

 衛兵は、付いてきているな。痛みに耐えながら槍を振り回してゴブリンを倒している。

 視線を正面に戻せば俺から少し離れた所で白い魔法陣が浮かび上がる。


「ノエルか」


 誰の魔法か瞬時に判断する。魔法陣の大きさからして『ジャッジメント』か。なら気にせず進めばいい。

 この魔法は悪しき魂を持つ者にしか効かない。味方が密集している所でも気にせず使える『聖』属性の魔法だ。


「あの魔法は俺達には無害だ、そのまま進むぞ」

「はい…」


 魔法に巻き込まれるのを恐れたのか衛兵の顔が強ばっていた。声をかけてから魔法陣の方へとまっすぐに進む。魔法の詠唱が完了したのか、魔法陣が眩い光を放ち空から神の裁きを連想されるような極太の光線が飛来する。

 害がないのが分かっているので気にせず進む俺と、過剰なほどに回避行動を取る衛兵。その姿を見て直ぐさま衛兵に『飛燕』を飛ばす。


「何をするんですか!?」


 転がって『飛燕』を躱した衛兵が非難の声を上げるが、気にせず斬り掛かろうとする俺と衛兵との間にゴブリンが割って入って邪魔をする。

 ゴブリンの首を切り落とした俺の背後で極太の光線ジャッジメントが堕ち、周囲にいたゴブリンが断末魔を上げながら塵のように消えていく。

 これで今は背後を気にしなくていい。


「もう演技はやめたのか?」


 ゴブリンに守られるように俺と対峙する衛兵はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。

 

「どうやら騙されてはくれないみたいだからな。俺が魔族じゃなかったらどうする気だ?」

「魔族じゃないなら気にせず進め。あの魔法は俺達には効かない」

「それでも堕ちてくる光線は怖いさ。お前たちのように皆が皆、肝が据わってる訳ではないぞ」

「なら立ち止まればいい。当たる事はないんだ、わざわざ躱す必要はない」

「立ち止まれば軌道を変えて当てるつもりだっただろう?腹が立つ人間だ」


 ───最初からあの衛兵を信用なんかしていない。通りにいた俺達に話しかけてきたその時から怪しかった。勇者パーティーといっても、名は広がっていても俺たちの顔を知っていると言う者はそれほど多くない。前世のようにテレビやSNSなんてものはない。せいぜい似顔絵くらいだ。

 ドワーフがどうにか映像化出来ないか試行錯誤しているらしいが、まだ時間はかかるだろう。それもあって俺たちの顔を知っている者は限られる。


 最初に俺たちの対応をした門番ですら、身分証を見せなければ分からなった。1度でも訪れた町や村なら知っている者もいるだろう。

 残念ながらこの村に来たのは今回が初めてだ。あの衛兵にも会った事がない。それなのにあの衛兵は真っ直ぐにエクレアを見て勇者様と言った。

 そして視線は常に彼女が持つ聖剣へと向かっていた。エクレアの行動1つ1つを注視しているようだった。


 二手に分かれた時もエクレアではなく俺たちの方へと付いてきた。安全なのは勇者であるエクレアがいる方だ。顔が青白くなるまで恐怖を浮かべる者がこっちに付いてくるとは思えない。

 俺とトラさんが前線に向かった時も、同僚の衛兵に呼び止められても気にせず付いてきた。

 怯えている衛兵がする行動じゃない。

 だからこそ警戒していた。ノエルに目配せをして彼女の魔法に判断を任せた。魔族じゃないならそれでいい。魔族なら倒すだけだ。



「動きが止まった…」



 俺の周囲のゴブリンの動きがない。まるで指示を待つように固まっている。トラさんの方はどうだと視線を向ければ、俺の方に来ていたゴブリンが全てトラさんの方へと向かっている。

 トラさんの足止めが目的か。

 衛兵がその手に持っていた槍を捨ててこちらに腕を伸ばしてきた。その目はこちらを射抜くように鋭い。


「まぁいい、その剣を渡せ人間。そうすればお前だけは助けてやる。それはお前が持っていていい剣ではない」

「敵に言われてはいどうぞ、って渡すと思うか?」

「その剣の価値を知らない人間の分際で俺に歯向かう気か? 死ぬぞ」

「お前を倒すつもりで来てるんだ。死ぬ気はない」


 デュランダルを構えれば、それを合図にしたように今まで固まっていたゴブリンが襲いかかってきた。

 厄介なのは魔族のだけだ。注意は衛兵に向けながら、寄ってくるゴブリン一体一体斬り捨てていく。


「素直にその剣を渡しておけば楽にすんだものを」


 ゴブリンの相手をしながら衛兵を確認すれば変化が1つ起きている。衛兵の体を黒い闇が覆い隠していた。人に擬態するのをやめたようだ。その身を覆う闇が晴れた時にその場にいたのは先程の姿とは違う1人の男。


 乱雑に切り揃えた黒い髪から羊のような曲がった角が見える。こちらを睨む瞳は血のように赤い。貴族が着るような燕尾服に身を包んでいる。紳士とでも語るつもりか? 随分邪悪な紳士がいるものだ。

 腰の部分から赤黒い尻尾が見える。先端は鋭く尖っている上、棘のような物が生えている。尻尾もまた武器の1つだろう。

 『片翼』のクロヴィカスの異名で呼ばれるように、背中に生えた赤黒い蝙蝠のような翼は右翼しかない。

 クロヴィカスの片翼は初代勇者によって切り落とされた。それでも勇者と闘い生き残っている。何百年何千年と人間やエルフと闘い、そして生き残った歴戦の魔族。

 四天王の1人に上げられていないが、魔族の中でも上から数えた方が早い実力者だろう。


「嬲り殺しだ!」


 片方しかない翼を大きく広げ、俺に向かってクロヴィカスが跳躍する。たった1歩で距離を詰められた。振り下ろされる腕を躱し、カウンター気味にデュランダルを振るうが腕によって受け止められる。

 硬い。岩でも斬りつけたような感触だ。魔力で腕を強化しているのか?


「その剣の本来の力を発揮出来ないようでは俺の敵にならんぞ!」

「次は切るさ」





 ───VS 『片翼』のクロヴィカス。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る