36.やっぱり罠だったよ!
───場所はクレマトラス領内、『タシノトウオ村』。移動に数日要したが魔族の妨害等はなく無事に到着した。道中でダイアウルフと呼ばれる狼を大きくしたような魔物と戦ったくらいだ。
村全体を木の柵で囲っているのは魔物対策だろう。2ヶ月前にゴブリンの大量発生も起こった。魔王が復活してから魔物の動きが活発になっており、小さな村でさえ防衛の為に柵で囲っている。
木の柵くらいなら魔物は簡単に破壊するが、ないよりマシだろう。大きな町なら丈夫な壁を作るだろうが。
村に近付くと入口に門番の姿が見えた。
こちらの姿を確認すると警戒する素振りを見せる。所持している槍に力が入ってるのが分かる。
「この村に御用ですか?」
「はい。中に入れますか?」
「身分証をご提示ください」
このやり取りを正直面倒くさいと思いつつ、鞄から身分証を出して門番に見せる。アルカディア王国で発行され、教会を通して全世界に知れ渡っている勇者パーティーとしての身分証だ。身分証を確認した門番が畏まるようにこちらに敬礼した。
「勇者パーティーの皆さんでしたか。これは御無礼を。どうぞ中にお入りください」
「ありがとうございます」
「皆さんがこの村に来られたという事は魔物か、魔族関連ですか?」
「詳しくは言えませんが、魔族関係ですね。何時も以上に警戒をお願いします」
「畏まりました!」
少し大袈裟なくらいにビシッと敬礼する門番に会釈をしてから村の中へ入る。
「特に変わった所はないな」
「見た感じわねー」
「まだクロヴィカスが動いていない証拠だろう」
小さな村だ。ここに住む住人もそう多くはいないだろう。とはいえ王都の直ぐ近くの村だ。何かあった時に直ぐに国に知らせれるように門番や、村を巡回する衛兵の姿が見える。
クロヴィカスが滞在する村まで来ることは出来た。さて、どうする?
「手分けをして怪しい所を探すか?」
「賛成は出来ないね。誘い出された可能性が高い以上、少人数になるのは避けた方がいい」
「その通りだな。そこまで大きな村じゃない。みんなで見て回っても十分だろう」
「うむ。必要があれば我がマッピングするぞ!」
「あぁその時は頼むよ、ダル」
我に任せろ!と胸を張るダル横目に周囲を見渡す。旅人が珍しいのかこちらを見ながら会話をする村人の姿がチラホラとある。露骨にこちらを警戒している者もいる。ピリピリしているな。クレマトラスでは立て続けに魔族や魔物の被害が起きている。余所者に対する警戒心が強いのだろう。
「サーシャ、村に着いたんだお酒を飲むのは控えてくれ」
「少しくらいいいじゃない!」
「いつ戦闘になるか分からないんだ。サーシャも警戒してくれ」
「仕方ないわねー」
この女、門番と俺が対応している時も気にせずにお酒を飲んでいた。言った所で聞かないので道中は何も言わなかったが、クロヴィカスがいる村に着いた以上は警戒して貰わないと困る。サーシャが『収納』の魔法で酒瓶を仕舞うのを確認してから、みんなに声をかけて村の探索に動く。
30分ほど村を探索した頃だった。特に変わった所がないなと、俺が口にした時にトラさんが険しい顔をした。
「どうしたトラさん?」
「血の匂いがするぞ」
ピリッとした緊張感が走った。村の探索中、鼻歌を歌っていたダルも流石に真剣な表情だ。
エクレアは村の入口の方を見つめている。何かあるのか? 聞きたい所だが、先にトラさんが嗅ぎ取った血の匂いの正体を確かめるべきか。嫌な予感がする。
「案内してくれるか、トラさん」
「あぁ、俺に着いてこい!」
血の匂いは俺たちは嗅ぎ取れなかった。獣人であるトラさんだけが分かった匂いだ。先導するトラさんに付いていく。通りから少し離れた場所に向かっている。これ村人の家か? だがあまり手入れをされた様子がない。居住用の家ではなく物置の可能性が高いか。
トラさんが向かうのは建物の裏側。どうやら建物の中ではないようだな。
そのままトラさんに付いて建物の裏に着くと、無造作に山のように積まれた薪が見えた。
トラさんが足を止める。ここまで来ると微かに血の匂いがする。積まれた薪をよく見れば下の方が赤く滲んでいる。薪の下に隠したのか…。
「サーシャ!」
「『ウインド』」
サーシャに声をかけると直ぐさま彼女が魔法を使う。風属性の魔法だな。空中に浮かんだ緑色の魔法陣から30cm程の小さな竜巻が現れ、山のように積まれた薪を吹き飛ばした。
誰が片付けるんだ、あれ。あちらこちらに散らばった薪を見て場違いな感想を浮かべる。
「エルフだな」
薪の下に隠れていたものはエルフの死体だ。両手足が切断されており、その傷を焼いて止血した後がある。殺すことが目的ではなく拷問が目的だろうな。体の至る所に傷がある。
エルフの特徴的な尖った耳をわざわざ引きちぎった後に死体の口に入れたらしい。
このやり口は1度見た。クロヴィカスだな。
「教会の手の者だね」
「監視してるのが見つかって殺されちゃった訳ねー」
監視がバレた以上、殺されるリスクはある。諜報もまた命懸けの仕事だ。彼が命を張って届けてくれた情報だ。それがクロヴィカスの誘いであっても俺たちが活かすしかない。
死体をわざわざ隠しているが、殺し方が自分がやったと言っているようなものだ。俺たちに対する挑発か? それとも他に何か狙いがあるのか?足止めか、あるいは誘導か…。
ポンポンと肩を叩かれた。顔を向ければエクレアの姿がある。
「エクレア、どうかしたか?」
何時も通り返事はない。代わりに俺たちが通ってきた道の方を指さす。指の先へと視線を移すと慌ただしく走る村人の姿が見えた。嫌な予感がする。
「何か起きたみたいだな」
「遠くの方で騒ぎになっているようだ。怒声と悲鳴が聞こえるぞ。ただ事じゃないな」
トラさんの耳がピクピク動いている。この位置からでも聞き取れるらしい。彼女の言う事が正しいなら何かしらの騒ぎが起きたようだ。このタイミングでか…。
「一先ず向かおう。死体は後で埋葬してあげよう」
エルフの死体に頭を下げてから、騒ぎのする方へと向かう。近付くとその声がよく聞こえる。助けて。死にたくない。怖いよー。と怯える声。闘える奴は闘え! と叫ぶ男の声。
通りまで出れば何が起きているか察しがついた。村の中央へと集まってるのは女性や子供。農具なんかを持って怒鳴っているのが男性たちだ。巡回していた衛兵たちは慌ただしく村の外へと走っていく。
魔物か何かの襲撃だろう。
「勇者様!」
俺たちの姿を見つけた衛兵がこっちに駆け寄ってきた。その顔は青白い。恐怖の色が見える。
「何が起きてますか?」
「ゴブリンの大軍勢がこの村を襲ってきました!我々で対応していますが、数が多く我々だけでは抑えきれません。このままだと村人に被害が出てしまいます。
勇者様!どうか御力をお貸しください!」
エクレアを見ればコクリと頷いた。ゴブリンの大軍勢か。懸念の通りになったな。
「ゴブリンはどちらから来てますか?」
この村は確か西と東に入口があった筈だ。俺たちが入って来たのは西の入口だ。兵士が走って行ったのは東の方向だ。東から来ているのか?
「西と東の両方です!数は数え切れませんが少なくとも1000はいると思います!」
西と東の両方からで、しかも1000を超えているのか。ゴブリン自体は大した事はない。数が多いのが厄介なだけだ。とはいえ、俺たち全員がどちらか片方に集中する訳にはいかない。言い方は悪いが衛兵たちだけでは抑えきれないだろう。
「二手に分かれるしかないか」
「メンバーはどう分ける?」
「俺とトラさんとノエルで東を対応しよう。エクレアとサーシャとダルの3人で西を頼む」
「うむ、我に任せるのじゃ!」
「…………」コクリ。
「その組み合わせあたしの負担が大きくない?」
「頼んだぞサーシャ」
「はいはい、あたしも頑張るからカイル達も頑張りなさいよ。クロヴィカスの事もあるんだから油断しないように」
「分かっているよ」
エクレアたちが西の入口へと走っていった。サーシャは嫌そうだったな。彼女に頑張って貰うのが1番効率がいい。
「俺達も向かおう」
「僕の護りは任せたよ」
「クハハハ!2人とも俺が守ってやるさ!」
「頼りにしてるよトラさん」
俺たちも東の入口へと向かう。状況を説明してくれた衛兵も一緒に行くようだ。顔色は先程よりはマシだ。それでも緊張か恐怖で顔が強ばっている。歳も若いし新人だろうか。
今回の組み合わせはどちらも後衛1前衛2の組み合わせだ。ダルはどちらかと言えば後衛寄りではあるがゴブリンの相手なら問題はないだろう。
回復魔法が使えるエクレアとノエルは分かれた方がいい。広範囲の魔法が使えるサーシャをエクレアとダルの2人で守れば殲滅はそう苦労しない筈だ。
俺たちの方は補助をノエルに任せて俺とトラさんが前線で暴れるだけだ。
村の入口が見えてきた。衛兵が必死に防衛しているのが見える。緑の壁と表現した方がいいか。数えるのが馬鹿らしくなる量のゴブリンの群れだ。
「行くぞ、トラさん!」
「おう!」
ノエルに村の入口を任せ、俺とトラさんでゴブリンの群れに突っ込む。
俺たちの姿を確認して襲いかかってくるゴブリンをデュランダルで斬り捨てながら進む。
横目でトラさんを見るとゴブリンより体格が大きいハイゴブリンの足を掴んでジャイアントスイングしているのが目に映る。まるで小さな竜巻のようだな。武器のように扱われているハイゴブリンは既にぐちゃぐちゃになってる。
「クハハハ!俺が相手だぁぁぁ!」
ハイゴブリンを投げ捨てた後にトラさんは高笑いをしながらゴブリンに突っ込んでいく。
あの様子だと心配する必要すらないだろう。
トラさんは大丈夫だ。
───しかしまぁ上手くやられている。
敵戦力の分散は戦術の基本か。流石は歴戦の魔族だな。クロヴィカスがどこで攻めてくるか。
「うわぁぁぁ!」
俺の横に付いてきてた衛兵がゴブリンに吹っ飛ばされた。ゴメン、守るの忘れた。
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