35.パーティーの方針

 ───教会の一室に俺たちのパーティーは揃っていた。全員が合流した時にノエルが意味深にこちら一瞥したが、一先ず情報を共有する事を優先するようだ。

 ノエルの婚約者である事を思い出したのも、もう2日前だ。昨日は1日体を休める事を優先した。肉体的な疲労というより精神的な疲労が強かった気がする。1日ゆっくり出来たのでコンディションとしてはバッチリだろう。


 軽く辺りを見渡せばパーティーのみんなも俺と同じように部屋を見渡していた。

 この部屋は会議か何かに使う部屋だろうか?壁際に置かれた棚には本がビッシリ詰まっている。大きな丸いテーブルが部屋の中央にあり、今置かれている椅子はちょうど人数分だ。必要のない椅子は部屋の隅に重ねて置かれていた。


 特に座る椅子は決まってないので無造作に座れば、ダルがすかさず俺の右隣に座った。左隣を見ればエクレアが既に座っていた。トラさんは笑いながらエクレアの隣へ、サーシャはダルの隣へと座る。俺の正面にノエルが座ったので必然と目が合う。ジト目だ。申し訳ない気分になる。

 だが言い訳させて欲しい。俺の隣へと座ったのはダルとエクレアだ。俺が後から座った訳ではないのを考慮して欲しい。

 そういう思いでノエルを見つめているとプイッと顔を晒された。微かに見える尖った耳が赤い。


「あらあら、何かあったの?」


 ノエルの反応にニヤニヤしながらサーシャがこちらを見る。なんて返すべきだろうか?

 右隣にいるダルからも視線を感じる。


「何もないよ。ジッと見つめてたから照れたんじゃないか?」

「カイルにジッと見つめられたら我も照れるぞ!ノエルの気持ちも分かるのじゃ!」


 ダルが俺の言葉に乗ってくれた。正直助かる。サーシャはふーんっと納得してない様子だが、追求はしないようだ。

 勘のいいサーシャの事だ、俺とノエルの間で何があったか察したのだろう。サーシャはまだニヤニヤしてる。


「ノエル、すまないが話を進めてもいいか?」


 このままだとサーシャに揶揄われる未来が見えたのでノエルに話を振って話題を逸らす事にする。俺の声にフンッと何時ものように鼻を鳴らしてからパーティーのみんなを一瞥したと思ったら、視線がサーシャで止まった。


 俺も視線を向ければ収納の魔法で取り出したであろう酒瓶と酒器がサーシャの机の上にあった。こいつ、酒を飲む気だ。

 どこまでも平常運転なサーシャに呆れつつ、ノエルを見ればため息をついていた。言っても聞かないからなサーシャは。


「カイルから聞いていると思うけど、教会の手の者から情報が届いてるからそれを共有するよ」

「クロヴィカスの事ねー」

「そうさ。知ってると思うけどクロヴィカスの居場所が分かった。昨日改めて報告を受けたけど滞在場所は変わっていなかったよ。何か目的があってそこにいるんだろうね」

「場所はどこになる?」


 俺が尋ねればノエルが机の上に地図を開いた。細長い棒をどこからか取り出すと、地図に描かれた大陸の南東部分を指す。


「『クレマトラス』か。位置的に王都だな」

「厳密に言えば王都ではないよ。王都から南に下った所にある小さな村さ」

「王都には向かう様子は?」

「今の所確認されてないよ。目的は分からないけど20日ほどその村に滞在しているようだね」


 王都の直ぐ近くの村で20日滞在か。狙いはクレマトラスの王都だと思うが、何を狙っている?

 あの付近に何かあったか? シルヴィがいるとされるレグ遺跡までは距離がある。クレマトラスで最近起きた大きな騒ぎは王妃の暗殺と、ゴブリンの大量発生だったか?

 前者は魔族が、後者はドラゴンから逃げてきたゴブリンが集まったのが原因だった筈だ。

 俺たちも討伐に参加したが、全ては倒しきれず半分ほど逃してしまった。そいつらは今どこにいる?

 考えうる限りで予想出来る最悪のパターンはゴブリンの大量発生に手間取っている間に、クロヴィカスに暴れられる事だ。

 それに合わせてシルヴィまできたらどうなる? クレマトラスが壊滅する可能性がある。


「ゴブリンを使った陽動は考えられないか?」

「ないとは言えないね。大量発生からまだ2ヶ月も経っていないから、まだ近くにゴブリンがいる可能性が高いよ」


 可能性としては十分あるか。皆の意見はどうだろうかと視線を向ける。トラさんはうんうんと頷いているだけだ。この人は考える事を放棄してるな。サーシャに視線を向ければそうねぇと、少し考える素振りをした後にお酒を飲んだ。なんで今飲んだ?


「あたし達をおびき出そうとしてるんじゃないかしら?」

「俺たちをか?」

「今まであたし達がどれだけ探しても姿どころか足取りすら見つけられなかった魔族よ。

急に居場所が分かって、同じ場所にずっと滞在してるなんて誘いにしか見えないわ」

「誘い出すという事は、罠にはめる準備が出来ているという訳だよな」

「罠なら我が解除出来るぞ!」

「そういう物理的なものではないと思うわよ」


 ダルとサーシャのやり取りに思わず笑ってしまった。同じようにトラさんもクハハハと笑っている。ふと気になって隣に座るエクレアは見るがいつも通り無言だ。ボーと俺たちの様子を眺めている。


「エクレアも罠だと思うか?」


 問かければエクレアが頷いた。直感の優れる彼女が頷くのだから、そういう事だろう。

 ここにいる全員が罠だと思っている。それでも俺たちが取れる行動は決まっている。

 罠と分かった上でクロヴィカスを討伐しに行く。放置は出来ない。


「一応方針を決めておこうか?クロヴィカスに関しては俺たちを誘い出そうとしてるのは間違いない。罠と分かった上で討伐しに行こう」

「問題なのは四天王の方ねー」


 机に頬杖をついたサーシャが酒器にお酒を注ぎながら、俺に目配せをする。俺が喋れって事か。


「クレマトラス領内のレグ遺跡で『不死の女王アンデットクイーン』シルヴィが目撃されている。

同じ頃にテルマの国境沿いのデケー山脈でも『赤竜』のドレイクを見かけたという情報もある。クロヴィカスと同じタイミングだから何かしらの意図があると思っている」

「同時に3つの対応は無理なのじゃ!」

「ドレイクの方は僕が教会に連絡を入れているからテルマのエルフが対応するさ」


 やっぱり俺とサーシャの話を聞いていたんだろうな、対応が早い。盗聴だから褒められたものではないが、今回は役立っているから良しとしよう。ドレイクはエルフに任せるとして問題はシルヴィの方だ。


「シルヴィはどうする?不死のアンデットを倒す術がないぞ」

「封印という手段しかないと思うわよー」

「それが出来れば苦労はしないさ」


 まぁ、難しいだろうな。1度封印されている以上シルヴィも警戒しているだろう。どうにか相手が動けないようにして、無理やり封印するしかない。リスクは高いだろうな。


「『ホッカ山』のマグマに突き落とすのはどうじゃ? 不死といっても煮えたぎるマグマは辛いと思うのじゃ!」

「どうやって連れていくかだな。ホッカ山はアルカディア王国の北部だ。大分遠いぞ」

「俺が運ぶのはどうだ?」

「トラさんが運ぶとしても捕縛しないとどうしようもないだろ? 無抵抗でいてくれる訳ではないから」

「捕縛出来るならそのまま封印した方が早いわよー。わざわざ運ぶ必要ないと思うけどー」

「それもそうだな」


 こうしてシルヴィの問題に直面すると四天王の面倒くささが分かる。

 今までの歴史においても勇者たちは四天王との闘いに苦労している。強さもそうだが、厄介な奴らが多い。


「どっちにしろクロヴィカスとシルヴィを同時に対応は出来ない。シルヴィの方はクレマトラスに要請して騎士団に対応して貰おう。

その間に俺たちでクロヴィカスを討とう」

「あたしもそれでいいと思うわ。ある程度方針が決まったならクレマトラスに着いてから臨機応変に対応よ」

「我もそれで良いのじゃ」

「とりあえずクロヴィカスを殴れば良いのだろう?」

「先が思いやられるね」


 ノエルに同意するようにエクレアがコクコクと頷く。細かい計画を立てたところでその通りに進む事はまずない。その場その場で対応を迫られる。行動方針は単純でいい。それに基づいて臨機応変に対応すればいい。

 

「明日に備えて早めに休もうか」

「さんせーい。お酒が飲みたいもん」

「既に飲んでるじゃないか?」

「足りないわよ!」


 方針は決まったし後は各自、明日に備えて休もう。その言葉と共にサーシャが飲むぞー!と部屋から真っ先に出ていく。それに続くようにトラさんとエクレアが。

 ダルも出ていくかと思ったら近寄ってきた。


「外で待っておるから一緒にお昼を食べに行かぬか?」

「わざわざ待たなくても一緒に行けばいいと思うが…?」

「ノエルが話があるようじゃぞ。外で待っておるから終わったら声をかけて欲しいのじゃ!」


 言い終わるとダルはサッと走って出ていった。ノエルが話がある? いや、聞いてないが。疑問に思いながら恐る恐ると振り返るとジト目のノエルと目が合った。


「ごめんなさい」


 思わず謝っていた。

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