23.ダルの告白

 漸く宿屋に着いた。

 正直飲みすぎて少し気持ち悪い。それでも前回ほどでは無い。酒の肴に摘めるものを注文したお陰だろうか。

 結局サーシャが満足するまで付き合わされ随分と遅くなってしまった。

 中に入ると宿屋の受付の所に主人の姿がない。今の時間だとお客さんに料理を提供している所か。声をかければ出てくるだろうが、俺はもうお腹いっぱいだ。

 殆どは酒だが…。


 自室に戻ろうと階段を登って部屋に向かっていると、俺の部屋の前でウロウロしてる人影が視界に入る。誰だ? 俺に用事がある人物の筈だ。

 月明かりで僅かに赤い髪が見えた。


「ダルか?」


 声をかければウロウロしてた人物の体がビクッと跳ねた。


「カイル?」


 恐る恐るといった感じで人影が尋ねてきた。声でハッキリと分かった。ダルだ。

 彼女の顔が分かる距離まで近付く。逃げる様子はなかった。だが彼女がどこか緊張しているのが伝わってきた。

 どれくらい前からここにいたのだろうか? 待たせてしまったのなら申し訳ない。


「俺を待っていたのか?」

「うむ」


 ダルが頷く。なんというかいつもの調子ではない。元気がないとまではいかないが、どこか不安そうだ。一先ず話を聞いた方がいいな。


「とりあえず中に入るか? 用があって来たんだろ?」

「うむ」


 彼女らしくないな。何かあったか? 何にしてもまずは話を聞かないと分からないな。

 部屋の扉を開けて中に入る。廊下と同じように月明かりが僅かに部屋を照らしていた。

 前世のようにスイッチ1つで灯りが着く照明のようなものは残念ながらこの世界にはない。もう慣れた事ではあるが、不便に感じる時がある。


 一応この世界にも照明器具のようなものはある。ドワーフの技術者が作った魔道具と呼ばれるものだ。

 この世界にのみ存在する特殊な鉱石、魔石を用いたもので、魔力を与える事で様々な効果を発揮する言ってしまえば家電のようなものだ。

 戦闘にも使える魔武器と呼ばれるものもあるが、広く使われているのは魔道具の方だ。


 この宿屋でも魔道具を利用しており、部屋の机の上に照明用の魔道具があった。

 視線を向けるとYの字で両手を上にあげるマッチョの人形のようなものがある。大きさはおよそ15cm程か。

 触りたくない気持ちもあるがそれに手をやり魔力を与えると、カチッとスイッチが入るような音と共に部屋全体が明るくなった。

 マッチョの人形のようなものが光っていた。この魔道具が部屋を明るくしている。


「いつ見ても気味が悪いのじゃ」

「それには同意するな」


 ゴミでも見るような目だ。しかしながらその感性を否定出来ない。俺も気味が悪いと思ってしまう。

 誤解がないように言っておくが照明用の魔道具が全てこの形をしている訳ではない。大多数は前世におけるランプのような形をしている。

 オシャレなスタンドが付いたタイプもある。

 ドワーフの職人は同じものを作るのを嫌う傾向にある。正確に言うと人が作ったものと同じものを作りたがらない。

 広い意味で照明用の魔道具は作るが、同じ形状のものは頑なに作ろうとしない。作った物に個性を持たせたいらしい。

 その結果が、この気味が悪いマッチョの魔道具だ。作ったドワーフもセンスが悪いが選んだ宿屋の主人もセンスが悪い。

 照明用の魔道具なんて多くの人が利用しているので色んなデザインのものが出回っている。何故これを選んだかを問いたい。

 確かダルの部屋にあったのはサイドチェストをしているマッチョだったと思う。気味が悪い。

 いや、これについて考えても無駄だ。ダルと話をする方が大事だ。


 椅子を引いてダルに座るように促すと素直に座った。彼女らしくない!

 椅子で縮こまっているのもそうだ。いつものダルではないので、俺が反応に困ってしまっている。

 デュランダルを壁に預け、ダルに向かい合うように座ると彼女の体がビクッとした。なんというか面接してる気分になる。なんだこの空気は…。

 

「それで用事があったんだろ?」

「うむ」


 話すことを躊躇してる? 不安なのか?それとも怯えているのか?

 ここは待つのが大事だな。ダルが話し出すのを待とう。彼女の気持ちの準備が出来てから話して貰った方がいい。

 30秒…いや1分くらい経過したか? 目の前に座るダルが覚悟を決めたように小さく1度頷いてから口を開いた。


「カイルに言いたい事があったのじゃ!」

「俺に言いたいこと? 」

「うむ。その前にごめんなさいなのじゃ!」

「どうして謝るんだ?」

「カイルは我に声をかけてくれたのに我は恥ずかしくて逃げてしまったのじゃ」

「そうか。俺は気にしていないよ」


 恥ずかしくて逃げたという事は嫌われている訳ではないようだ。

 面と向かってダルに嫌いなんて言われたらショックだったな。その場合はトラさんと何かあったかバレた可能性が高いが、今回はそうではないようだ。


「うむ。カイルが気にしてないなら良い!」

「そうだな」


 話せて安心したのかいつもの調子に戻ってきたな。

 

「それで、カイルに言いたいことがあっての…その」


 と思ったら急にモジモジし始めた。

 どうやら言い難い事らしい。流石にここまでくると予想はつくが、あえて言うのは野暮だろう。意を決したようにダルがこちらを見た


「知ってるかも知れんが我はカイルを好いておる」


 ダルの顔が赤い。もしかしたら俺も連られて赤くなってるかもしれない。


「我の生涯の伴侶になって欲しい」


 真っ直ぐな告白。というよりプロポーズだった。

 正直に言おう。予想と違った。付き合って欲しいとかだろうと思ったら、数段階飛ばしたプロポーズをされた。

 トラさんといいダルといい交際とかそういうのは挟まないタイプなのだろうか?


 さて、なんて返すべきだ。真っ直ぐにこちらを見るダルの眉が心配そうに下がっている。

 待たせるのは良くないだろう。

 ダルの事は嫌いでは無い。むしろ好意を持っていると言っていい。

 けど、俺が恋人を持つつもりは今の所ない。ダルの場合は恋人ではなく伴侶だが…。


 今の状況は色恋にうつつを抜かしている場合ではないと俺は思っている。魔族の脅威が増しているのと仲間に混じった魔王の存在が大きい。

 自分の将来の事を考えるにしても魔族との闘いが終わってからだと。が、仲間は割とそうではないらしい。トラさんにダルにサーシャと、知る限りでは3人に好意を寄せられているようだ。見目麗しい彼女たちに好意を寄せられるのは嬉しく思う。

 けど流石に怖くなってきた。モテ期がきたと素直に喜べない。修羅場が俺を待ってる気がしてならない。

 ダルには悪いが断ろう。今の所俺の考えは変わらない。


「ダル、いやダルフィア」

「うむ」


 ダルフィアと彼女の本名を呼んだ時に嬉しそうにしていた。

 そんな彼女に伝えるのは正直、気が重い。


「ダルフィアの好意を嬉しく思う。けど、今の俺は自分の将来を考えるほど余裕がなくてな。

今は魔族との闘いに専念したいんだ。すまないがダルフィアの思いに応える事は出来ない」


 俺の素直な思いを言ったはいいが、ダルが何も言わない。この沈黙が怖い。

 断った腹いせにお腹を刺されたりしないだろうか?

 大丈夫だよな? いや、大丈夫だ。ダルはそんな事をしない!

 そう信じたい。

 

「我の事を嫌いではないのだな?」

「むしろ好意を持っていると思う」

「そうか、それなら良い!」


 ダルがいつもの調子で笑った。

 そんな姿に呆気にとられた。


「魔族の問題が解決すれば我の事も考えてくれるのだろう? ならばさっさと片付けてしまおう」

「そうだな」

「その時はしっかり考えて欲しいのじゃ。我はカイルと生涯を共にしたい」


 ハッキリと口にするダルの顔は赤く染まっている。普段とは違うその姿がなんというか抱きしめたくなるほど可愛かった。

 それは理性で抑える。そんなことはしてはいけない。


「面と向かって言われると恥ずかしいが、ダルフィアに言われると嬉しく思うよ。

待たせるようですまない」

「うむ、構わん。夫の為なら我は待てるぞ」


 なんで既に夫扱いなんだ?

 ツッコムべきか? 言うのは流石に野暮か?

 ここは我慢しよう。言うべきではない。ダルのプロポーズを断った後だ、激昂されたら困る。しないと思うが怒らせたくない。

 俺はまだ刺されたくない。


「カイルと我が相思相愛で良かったのじゃ!」


 止めないと不味い気がするのに、彼女の満面の笑顔に言葉が出ない。

 ここで俺は確信した。



 ───俺は将来、痴情のもつれで仲間に刺されると思う。それまでに魔王が見つかっている事を祈る。

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