22.魔法を夢見て

 動けるデブってなんだ? 殆ど悪口じゃないか。タケシさんが勇者パーティーの1人だった事も驚いたが、それ以上に異名の酷さに驚いた。

 異名なんてものはその人物のあり方で付けられる事が多い。

 勇者なんて異名は分かりやすい。サーシャは確か『酒乱』だったか? 酒の席で魔法を使って暴れてから呼ばれるようになってた。


 その前は『若き賢者』なんてカッコイイ異名だったのに。

 サーシャは気にした様子もないし、どうでもいいのだろう。


「動けるデブか、酷い異名だな」

「確かタケシが自称してたそうよ」


 なんでそんな事するかな。

 タケシさんの事がよく分からない。俺の身近にいなかったタイプの人だ。間違いない。


「魔王について調べていると出てくるのよね。4代目魔王『ロンダルギア』についてとか。

4代目の勇者ロイドについてとか。1人だけ明らかに浮いてるから変に目立つのよ」

「そうだな明らかに浮いてるな」

「変わった言動も多かったみたいよ。それは今は関係ないからいいわね。

その剣、『レゾ遺跡』に刺さってなかった?クレマトラスの王都から南東にある古びた遺跡よ」


 そんな名前だったか? クレマトラスの領内にあったのは確かだ。

 その土地を治める領主から遺跡に魔物が棲みついたからどうにかして欲しいと言われて討伐に行った筈だ。

 討伐したついでに遺跡の中を探索していたら、隠し扉を見つけたから進んでいくと突き当りが最奥だったな。

 装飾されて土台に刺さっているデュランダルが神々しかった覚えがある。


「抜いたら不味かったか?」

「多分ね」


 背中に嫌な汗が流れる。

 デュランダルが覚醒した時何か言ってなかったか? 結界の礎の為にデュランダルを使ったとかなんとか。うん。抜いたらダメなやつだ。


「確か魔族の四天王の1人を封印してた筈よ」

「四天王?」


 何故か5人いると噂されている四天王か


「『不死の女王アンデットクイーン』シルヴィ・エンパイアだったかしら?

不死のアンデットで倒せないから封印する事で対処した筈よ」

「デュランダルを抜いた所為でそいつが解放された可能性があると」

「おそらくねー」


 不味い事をしたか? いや、待てよ。確かデュランダルが言っていたな。『マスターが抜く前から既に結界は破られていました』って。

 だから気にも止めていなかった。封印されていたのが何か聞いておかなったのは失態だ。

 だが、誰が結界を破った? 抜いたのはちょうど5年前。魔王が復活したとされるのもその頃か…。となると魔王か。


「今の所、そいつの目撃情報はないよな」

「ないわね。デケー山脈の麓で四天王の1人『赤竜』のドレイクを見かけたって噂は聞いたわよ」

「酔っ払いのおっさんか?」

「あらよく知ってるわね。酒場で飲んでた酔っ払いよ」

「俺もそのおっさんに1度聞いたからな。ノエルに話したら無益な情報だって一蹴されたよ」

「ただの酔っ払いならそれでいいわよ。問題なのはそのおっさん情報屋なのよ」


 そうなると話が変わってくる。

 嫌な予感がするな。このタイミングでクロヴィカスの居場所が発見されたのも、エルフが四天王の情報を掴めていないのも何か関係あるか?


「その情報屋は信用出来るのか?」

「酒好きではあるけど、情報自体は信用できると思うわ。

嘘やデマは言わないことを信条にしているみたいだし。怪しい情報があったら自分の足で確かめに行くそうよ。

それこそドレイクの情報は自分の目でしっかり確かめたって」

「嫌な予感がするな」

「奇遇ね、あたしもよ」

「ノエルに改めて共有しておくべきだな」

「それがいいと思うわ」


 俺たちを誘導している可能性がある。考えられるのはクロヴィカスが俺たちを引き付けている間に四天王のドレイクがエルフの国を強襲する。

 ノエルの話を聞いた感じだと諜報が情報を掴めていないのなら、不意をつかれて大きな損害になるだろう。

 そうなると教会が揺れるな。面倒な事態になる。


「それで話を戻すけど、その剣は魔剣デュランダルで間違いないわよね」

「あぁ間違いないよ」

「ならその剣に能力が備わっている筈よ。魔力の蓄積と解放その2つが」

「その能力は使っているつもりだが?」

「解放の方はね。蓄積の方は使ってないんじゃない?」


 この感じだとデュランダルに魔力を食わせるのは蓄積ではないのか? 魔力の斬撃として使ってるのが解放だとは思うが。


「デュランダルには持ち主の魔力をストックする能力が備わっているそうよ。それが蓄積ね。

前の使い手のタケシもカイルと同じで魔力が少なくて魔法が使えなかったみたいだけど、

デュランダルに魔力をストックさせることで足りない魔力をそこから補って魔法を使ってたみたいよ」

「蓄積させた魔力は自分のものとして使えるのか」

「そういう事ね。今みたいに戦闘がない日に魔力を貯めておく事ね。

そしたら使えるでしょカイルの魔法が」


 考えた事もなかったな。魔法は幼少期の頃に諦めたものだ。

 魔力の限界値は生まれた時に決まっている。そこから魔力を増やす術は今の所確認されていない。

 学者たちが長年その事で研究をしているが、成果が出ていない状況だ。

 それもあって教会で使える魔法が分かった時に諦めた。使ってみたいと思いもあったが、そもそも使えるものではないので諦める事が出来た。


 デュランダルに魔力をストックする事で魔法が使える。つまり『メテオ』が使えるって事か! なんかワクワクしてきたぞ。


「嬉しそうね。目を輝かせちゃって子供みたいよ」

「そんな表情をしていたか?」

「分かりやすいくらいにね」


 サーシャに指摘されると流石に恥ずかしい。誤魔化すつもりでお酒を注いで飲むと、クスクスと笑われた。

 そんなに笑わなくてもいいだろう。


「魔法の使い方教えてあげようか?」

「いいのか?」

「その様子だと知識はあっても早い段階で諦めたんでしょ? ならしっかり練習して使い方覚えないと実戦では使えないわよ」

「それもそうだな」


 サーシャも確か『メテオ』を使えた筈だ。使用魔力が多いから連発は出来ないって言っていたな。

 彼女ですら連発出来ないくらい魔力を必要とする。俺じゃ天と地がひっくり返っても使えないだろう。

 それがデュランダルのお陰で使える可能性が出てきた。ワクワクするな!


「しばらくは魔力をストックさせておく事ね。カイルの魔力量からして10日位はかかると思うわよ」

「そんなにかかるのか?」

「普通の人よりは多いけどね、それでも足りないわ。

魔法使いでも使うのに苦労するくらい魔力消費するのよ? 前衛が使えると思う?」

「無理だな」

「そういう事。魔力のストックが出来たら教えてあげるわ。

2人っきりで練習しましょう」


 2人っきりで、の部分をやたらと強調してた。なんというかグイグイくるな。それが満更でもないのが男の悲しい性だな。

 とはいえサーシャに魔法を教えて貰った方が上達が早いのは確かだ。魔法使いの中でもサーシャの実力はトップクラス。

 それこそ彼女より上となるとサーシャの師匠である『大賢者』マクスウェルくらいじゃないか? あの人はもう高齢だ。一戦から退き、後進を育てる事に力を注いでいる。

 マクスウェル曰く酒癖さえ悪くなければワシの後を任せられるらしい。アルコール中毒なのが大減点のようだ。

 誰だって酒ばかり飲んでる奴に後は任せたくない。


「サーシャに教えて貰えるのは心強いよ。その時は頼む」

「師匠と弟子の関係になるのかしら? そういうのも悪くないわね」

「お手柔らかに頼むよ」

「どうしようかしら?」


 クスクスと笑うサーシャに連られて俺も笑う。

 クロヴィカスの事や四天王の事、正直不安材料が多い。魔族に対してはどうしても後手に回ってしまっている。

 どこかで優位に立てないとキツイ闘いが続く事になる。その為にも魔王を探すのが先決か。

 俺の前で楽しそうに笑ってるサーシャもまた魔王の可能性がある。嫌になるな…。


「まだ付き合ってくれるわよねカイル?」


 酒器にお酒を注ぎながらサーシャが微笑む。

 綺麗な笑顔だ。思わず見惚れてしまった。


「お酒の方もお手柔らかに頼むよ」

「どうしようかしら? 今はカイルを独り占めにしたい気分だし、満足するまで付き合ってよね」

「帰す気ないだろ」

「そんな事ないわよ!」


 2人で笑いあって一緒にお酒を飲む。


 ───結局宿に帰れたのは日が暮れて、辺りが暗くなった頃だった。

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