21.酒の肴の過去話

 どう返すのが正解だ?

 好意について返した方がいいか? いや、彼女が聞きたいのは俺の返事じゃなくて過去の話だ。

 変に触れて拗れても困る。好きな人とかどうとかは今は触れずにいこう。


「過去の話か、色々あったからな。話すにしても何から話せばいいか」 

「カイルの小さい頃の話とかは?」

「小さい頃か。酒の肴には合わない話になると思うぞ」

「それでも聞きたいのよ。どうしてカイルが傭兵になったのか知りたいから」


 幼少期の記憶は正直話したいものはではない。

 今でもたまに悪夢で思い出す。俺が無力で何も出来なかった時の記憶だ。


「そうだな。自分の才能に天狗になってたガキだと思う」

「今のカイルを見てるとイメージが湧かないわね」

「今でも天狗になってたらダメだろ。

当時は他の奴より才能はあったんだ。同世代の子供の中でも1番身体能力は高かったし、勉強も出来た。

努力もしていたが才能に甘えてた所もあっただろう。天才天才ともてはやされて調子に乗っていた」

「その感じだと、天狗の鼻が折れる事態があったのね」

「ま、そういう所だ。1杯貰えるか?」

「はい、どうぞ」


 サーシャに注いで貰った酒を1口飲む。先程とは違う、アルコールが少しキツイか? ほのかに甘さがありスッキリした味わいだ。悪くないな。

 こういう時、酔えないのが嫌になる。昔の事を語るには少しばかり素面すぎる。


「7歳の時だな。住んでた村が山賊に襲われた。家族に庇われてどうにか生き残る事は出来だが、俺以外全員亡くなったよ。今でも思う。もっと努力してれば違ったんじゃないかって。

結局は7歳だ。何も変わらないだろうがな」


 自分でお酒を注いで一息に飲んだ。

 昔の事を話すのは好きじゃない。自分の弱さを嫌という程突きつけられる。

 サーシャは何も言わない。ただ真っ直ぐにこっちを見ている。こちらを気遣っているのか…。


「サーシャも1杯どうだ?」

「そうね、貰うわ」


 彼女が飲んでる姿を見ながら思い出す。

 リゼットさんも良くお酒を飲んでいたな。決まって闘いがあった日の夜だ。それ以外の日は飲んでる所を見た事がない。

 

「その後どうなったの? 1人で生きてきたの?」

「いや、傭兵団の人に拾われた。リゼットという叔母に当たる女性だ」


 もしあの後リゼットさんに拾われてなければどうなっただろうか?

 家族を殺された復讐心で己を鍛えか? 復讐する事だけを目標に生きていたかも知れない。

 いや、それ以前に7歳だ。庇護者もいないガキが生き抜けるほどこの世界は甘くないだろう。どこかで野垂れ死にしてたか…。


「俺が傭兵になった経緯は、育ての親が傭兵だったからだ。『翠の風』という名の傭兵団に所属していた」

「その傭兵団は確か3年前に…」

「魔族との闘いで壊滅した。20歳の時に抜けて以来会ってはなかったが、風の噂で聞いてびっくりしたし後悔もした」

「自分が抜けずにいれば助けられたって?」

「そういう考えをするのは昔も今も変わらないな。現実を見れてないんだよ俺は」

「見たくないものから人は目を背けるものよ。向き合えるならそれで十分じゃない?」

「そういうものか」


 サーシャがお酒を注いでくれた。彼女から酒瓶を受け取って彼女の酒器に注ぐ。

 二人一緒にお酒を口に含んだ。ほのかに甘い。それでも昔の記憶は酷く苦い。


「育ての親が傭兵団に所属していたからな。必然的に俺も傭兵になったよ。初めて戦場に出たのは10歳の時だ。山賊討伐が仕事だった」

「怖くはなかったの?」

「戦場に出るまで怖かったと思う。いざ闘いになると無我夢中だったからな。初めて人を殺したのもその時だ。殺した感触がなくならなくて、気持ち悪くて吐いてたよ」


 リゼットさんに背中を摩られながらずっと吐いてた。ミラベルが現れるようになったのもこの頃だな。これについては話せない。


「小さい頃の話なんてそんなものだ。それから20歳になるまで傭兵として戦場に出たり、魔物退治をしていたよ。ここら辺の話は前にしたよな?」

「そうねー。前に聞いたと思うわ。誘拐されてたエルフを助けたのは15歳くらいだったかしら?

その子がもしかしてノエル?」


 今から13年前だ。

 傭兵団が町で休息を取っている時に、路地に連れ去られる幼いエルフがいた。周囲に人はいたが気付いたの俺だけだった。

 後になって分かった事だが、少し規模の大きい人攫いのグループだった。奴隷商に売り払うのが目的でエルフを誘拐しようとしていたようだ。


 あの時は何とか助けようと必死だったな。数は思ったより多かったし、俺より強そうな奴もいた。

 今になってみると傭兵団の仲間に声をかけるべきだったと思う。1人で無理してヒーローになろうとしたから、助けようとしたエルフに庇われて彼女は背中に傷を負った。弱かったなあの頃の俺は。

 どうにかなったから良いものの、2人揃って死んでた可能性もあったな。

 あれから奮起したのか? より強さを求めるようになった。守れる強さを手に入れたかった。


「どうだろうな。俺もあの時のエルフの顔は鮮明に覚えてないからな。話してた時のノエルの反応からその可能性はあるんじゃないか?」

「今から13年前だからノエルが7歳の時ね。誘拐がきっかけで人間嫌いになったのも有り得るわよ」

「こればっかりはノエルに聞かないと分からないな」


 聞いてもなかなか話してくれないから今の所謎のままだ。ノエルがつけてる耳飾りが当時プレゼントした物に似てる気はするが、よくある物だからな。

 リゼットさんにプレゼントしようとした物をそのままあげたんだっけか? もしあの時のエルフがノエルなら怒るだろうな。


「つまらない話だろ? 酒の肴にはならない

「でも知りたかったから知れて良かったわ」


 サーシャがお酒を注いでくれた。飲めって事だろう。お酒を口に含む。


「ところで、カイルの初体験っていつくらい?」

「ぶっ!」


 お酒を吹き出さなかった自分を褒めたい。何とか我慢出来た。急にどんな質問してるんだ、こいつ。

 少し前まで暗い過去の話をしてただろ?言いたくないけど空気読め。

 いや、逆か。俺が暗くなってたからサーシャが話題を変えてくれたのか。それでもその質問はない。


「急に何を…」

「あら気になるじゃない。好きな人の事なんだし。初体験がまだならあたしとお揃いじゃない?」


 そういった情報はいらない。


「サーシャには悪いが初めてではないな。10年ほど前だ。同じ傭兵仲間だったと思う」

「あら、残念。当時の恋人とか?」

「いや、親しくはあったが恋人ではなかった。戦闘終わりで互いに昂っていたのもあると思う。下品な話ではあるがな」

「そういうものか。ちぇー、お揃いじゃないのね」


 俺の回答にサーシャは不満そうだ。こういう時好きな人の初めての相手になりたいとかそういうのか?

 そこら辺の事は前世の時から疎い。ミラベルにも注意されたな。貴方いつか刺されるから、女性関係には気を付けなさいって。


「恋人とか、奥さんとかいない?」

「いないな。21歳頃にいたが直ぐに別れた。それっきり会ってはいない」

「恋人もいたのー?」


 サーシャが口を尖らせブーブー言っている。不満らしい。残念ながら恋人いない歴=年齢ではない。

 当時の彼女に悪い事をしたな。傭兵を辞めて欲しいと強く言われたものだ。彼女も家族を早くに亡くしたのもあって、そういうリスクから離れて欲しかったらしい。

 別れた大元の理由はそこだろうな。見解の不一致だ。


「今は恋人欲しいとか考えてない?」

「それどころじゃないからな。少なくとも今の問題を解決するまではそんな余裕はないと思う」

「欲しくなったらあたしに言ってね。なんでかはあえて言わないでいてあげる」

「感謝するよ」


 正直恋人どうこう考える余裕はない。

 サーシャには言えないが仲間の中に魔王がいるのだ。恋人が魔王だったなんて事があれば女性不信になる。

 現状、1番魔王から遠いのはエクレアだ。次いでダル。後はフラット。

 魔王を討伐するまでは考える余裕はない。30までに結婚出来ればいいが…。


「もう1つ聞いてもいいかしら?」

「答えられる範囲で頼むよ」

「貴方が使ってる剣について」


 サーシャに言われて壁に預けたデュランダルを見る。椅子に座る時に邪魔だから預けたが、一瞬カタッて震えてたな。俺がサーシャと飲むのが嫌なのだろう。


「デュランダルの事か?」

「そうデュランダル。魔剣デュランダルよね。確か2代前の勇者パーティーに所属していた『動けるデブ』のタケシが使っていたわね」


 ───酷い異名だ。

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