第3話 相談してみた
「初めまして、担当させて頂く
テーブルの向こうに座っている女性が頭を下げた。こちらも頭を下げながら、紗奈子はちょっぴりほっとしていた。一体どんなところなのか不安に思っていたからだ。ホームページで確認はしていたが、実際来てみると写真とは似ても似つかないとんでもないところだということだってある。もしそうだったら、全力で逃げようと思っていた。
少し古めのビルの前に立ったときは正直不安だった。だが、勇気を出してドアを開けてみると、その中は改装されているのか少し手狭だが明るくて清潔感のある空間が広がっていた。そして、今紗奈子が座っているテーブルと椅子の置かれたカウンセリングルームへと通されたのだった。
向かい合っている西原が若くて綺麗な女性ではないことにも、紗奈子は安堵していた。美人でないとは言えないが、紗奈子よりもだいぶ年上に見える。三十後半か、それとも四十を過ぎているか。
こういうときは何故だか年上の女性に相談に乗ってもらう方が安心する、気がする。こちらを品定めするような目でもなく、少し業務がかった表情で微笑み掛けてくれているのもありがたい。
「では、本田様のご希望をお伺いしていきますね」
「お願いします」
とはいえ、やはり緊張はする。
「まだあまり現実感がないのですが。こちらは契約結婚の相談所、ということで大丈夫、なんですよね?」
「間違いありません」
西原は頷く。
そう、ここはあの契約結婚相談所だ。まずは無料カウンセリングを申し込んでみたのだ。
あのホームページを見付けてから、しばらくは悩んでいた。胡散臭いと思ってしまった。そんなものが本当にあるのか、と。もう一つ思い悩んでいたのは、本当に結婚なんかしていいのか、ということだ。
それに関して吹っ切れたのは母からの電話が原因だ。実家に帰っていたときに話していたことは結構本気だったらしい。あれからすぐに電話が掛かってきて、今付き合っている人と何も進展が無いのなら、帰ってきてもお見合いでもしたらいいんじゃないかと言われたのだ。
げんなりした。結婚をしない限り、このままずっと同じことを言い続けられるのだと。それで、半ばヤケになってここに来てしまったのだった。それでも、『契約』が付かない結婚相談所を選ばなかったのが自分らしいと紗奈子は思う。
「あの、契約結婚をする人って本当にいるんですか?」
「ええ、いらっしゃいますよ。ですので、きちんとお相手の方をご紹介できます。本田様の条件に合えばいいのですが」
疑っている訳ではなく本当に会員がいるのか聞いたと思われたようだ。
「ドラマとかで流行ってましたよね。そういうのを見て問い合わせとかあったんですか?」
「そうですね。お問い合わせは増えましたね。面白半分の方が多いですが」
それも無理はないと思う。紗奈子も最初は流行に便乗したサイトかと勘違いした。けれど、書かれたことを読んでいくうちに、そんなことはないと思い直したのだ。でなければ、こんなところまで来ない。きちんと身分も確認するようなのでネット上でよくある出会い系と違って安心は出来るはずだ。
「すみません。変なことを聞いてしまって。色々気になってしまっていて」
「構いませんよ。気になることがあればなんでも聞いてください」
「そう言ってもらえると助かります」
本当に心の底から思った。こういう時に、さらっと安心させるようなことを言ってもらえるのはありがたい。
それから、色々と契約結婚の条件やどんな男性が好ましいと思うのかなどを聞かれた。西原は聞き上手だった。
恋愛感情は無い方がいい。恋愛に発展するのは面倒。肉体関係はもちろん無しで、子どもも望まない。もしも好きな人が出来たとしてもお互いの恋愛に関しては干渉しない。同じ家に住むにしても部屋は絶対に個人で別々。お互いの生活には口を出さない。親族に会うときには普通の夫婦を演じたい。両親との同居はしない。
ここに来る前に色々考えてきたことを紗奈子は話した。もしも、この条件を受け入れてもらえることが出来ないような様子だったら普通に結婚することと変わりがない。
「他にはありますか?」
これくらいだろうか、と話を区切った紗奈子に一呼吸置いてから西原が尋ねる。
ここからは言っていいのかわからなかった。この先はこれまでの条件に比べればわがままみたいなものだと思っていた。
「……出来れば、一緒にいて不快にならないような人がいいんですが」
おずおずと紗奈子は言った。普通の結婚なら大切なことだが、契約結婚ではあまり意味の無いことかもしれない。契約だと割り切っているのに、性格まで求めるのは欲張りだ。
「出来れば、ですが」
「いえ」
今までになく強い語気に、一瞬否定されたかと思った。
「そういうことは大事ですから。いくら契約とはいえ、性格が合わない方とは生活出来ないですよ! それに色々話し合うこともありますからね。話が通じないような方とは絶対に結婚しない方がいいです。妥協なんて後から考えればいいんです。最初から適当でいいなんて思ったら駄目ですよ」
今まで穏やかに話していた西原が急にまくし立てるような口調になる。
「あ、はあ」
思わず聞いた紗奈子の方が気圧されてしまった。
「申し訳ありません。感情的になってしまって。でも、本当に大切なことですので。出来れば不快な方などとおっしゃられず、好ましい方を選んだ方がいい結果になると思います」
西原が申し訳なさそうな表情を浮かべながら、それでもハッキリと言った。さっきまでの業務的な顔とは違っていた。
この人は本気で相談に乗ってくれているのだ。客を客としてではなく、一人の人間として見てくれている。そう思える顔だった。
そして、西原は言った。
「その為のお手伝いをさせて頂ければ幸いです。ここでしか出来ないことがきっとありますから」
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