第2話 契約結婚お手伝いします

 一人暮らしのアパートに戻ると、なんだか生き返ったような気分になった。あの状態の実家にいるのは息が詰まった。けれど、今日の朝まで家族とずっと一緒にいたせいか、いつも居心地のいい部屋ががらんとして見えるのも確かだ。


「あーあ、結婚ってそんなにいいものかな」


 誰も聞いていない部屋でぼそりと呟いてみる。

 弟夫婦も楓の妊娠が発覚して、見ていてとても幸せそうだというのは思った。だが、それを紗奈子自身に置き換えてみて、幸せだと思えるかはわからない。そもそも、この人の子どもが欲しいとか思える程好きな人に出会ったことがない。そういう人に出会えばまた別だろうが、そういうことをすっ飛ばして誰の子どもでもいいから欲しいとまでは思えない。

 この部屋に自分以外の誰かがいてくれたら、と思わないではない。普段ならなんとも思っていなくても、賑やかな場所から帰ってくるとほんの少しだけ考えてしまう。このまま死ぬまで一人なのかと。

 それは少しだけさみしい、かもしれない。


「わがまま、なのかな」


 実家に帰って両親と話していると、自分が悪いような気がしてくるからたちが悪い。紗奈子の感覚の方がおかしいのだろうか。

 ベッドに寝転がってなんとなくスマホを手に取る。スマホを見ていると勝手に時間が溶けていく。時計を見て何をしていたんだろうと自己嫌悪に陥ることもあるけれど止められない。今日はそれでいい気もする。

 最近よく開いてしまうのは漫画アプリだ。ちょっとした隙間時間や、通勤の電車の中でちょこちょこ読んだりしている。

 その中でもいつもは目に入らないような漫画が今日は気になってしまう。


「こんなにあったっけ?」


 トップページには結婚に関する漫画の表紙が並んでいる。いつもはあまり気にしていなくてスルーしているのかもしれない。それだけ、今の紗奈子が結婚という単語に敏感になっているということだ。

 並んでいるタイトルの中で流行っていると感じるのは契約結婚だ。結婚のことで色々言われすぎて目に止まるだけかもしれないが。

 何年か前にドラマで流行ってから、よくその単語を見掛けるようになった。あれから派生の物がすごく沢山出ている気がする。

 最初は恋愛感情など無くて、何かの事情があって愛の無い結婚をした二人が段々と心を通わせていって最後にはハッピーエンドになる。大体、そんな感じだ。お話としては楽しめると思う。最初が恋愛で始まらないだけに、途中できゅんきゅんするようなことが起こって乙女心をくすぐられる、というのもわかる。楽しめない、と言えば嘘になる。

 だけど、紗奈子は最初の契約だけで結婚するというドライな部分が実は好きだったりする。合理的なのはいいことだ。途中で恋愛に発展しそうになると急に冷めてしまう、という人も結構いるのではないだろうか。夢が無いとか言われそうなので、人に言ったことは無いけれど。

 世の中、恋愛だけで出来ている訳ではないと思う。紗奈子だって恋愛をしたことがないわけではない。こっぴどく振られてトラウマになったとかそういう話でもない。ただ、面倒だと思ってしまうだけだ。恋愛は面倒くさい。そもそも紗奈子はそういう感情が薄い、と自分で感じている。

 それなのに、漫画の世界もドラマの世界も恋愛で溢れている。さも、それが当たり前だと言わんばかりに。

 お話の中ならいい。お話だと割り切って楽しめる。むしろ、読んだり見たりするのは好きだ。だけど、自分のこととなると別だ。


「……契約結婚か」


 恋愛に発展しなければ、すごくいい考えなのではないだろうか。だけど、現実では聞いたことがない。作り物のお話の中でさえ、最初はよくても結局最後は恋愛に発展してしまう。

 アプリを開いてみたものの、結局読む気がしなくて閉じてしまった。恋愛のことを考えていると、今は胸焼けを起こしそうだった。

 それでも、スイスイと指は勝手に動いてしまう。


『結婚相談所』


 検索するとすぐにヒットする。

 親に勝手に決められるよりは、自分で条件のいい人を探した方がまだマシなのかもしれない。エッセイ漫画でこういうところを使った人の体験談を読んだこともある。そういう人の漫画は、大体後で続きの子育て漫画が出たりする。なんとなくそこでがっかりしてしまう。

 紗奈子のような考えの女は、登録なんかしていてもきっと男の方から即候補から外されてしまうんだろう。

 少し考えてから、紗奈子はさっきとは別の単語を打ち込んだ。


『契約結婚 相談所』


 悪戯みたいな気持ちだった。そんなものあるわけがない。

 あったとしても、番宣のサイトか誰かが面白半分に作っているか、紗奈子と似たような考え方の人間がいたとして、願望で書き込んでいるか。

 検索結果が表示される。さっきと同じ普通の結婚相談所のサイトが並ぶ。

 だが、その中にそれはあった。

 紗奈子は動かしていた指を止める。見間違いかと思った。タップしてみる。普通の結婚相談所のような明るい雰囲気の、しかし、しっかりとした作りのホームページだ。面白半分に作られたにしては手が込みすぎている。

 そこにはわかりやすく読みやすい字でこう書かれていた。


『契約結婚お手伝いします』

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