第10話 妹との久しぶりのプライベート

 溝口辰樹みぞぐち/たつきは妹と同じ、遊園地内のメリーゴーランドエリアにいる。


 人が混んでくる中、人目が気になってくる。

 そんな状況であり、辰樹はメリーゴーランドにはあえて乗らなかった。

 現状、妹だけが乗っていた。


 高校生にもなって、子供っぽい乗り物で遊ぶのは抵抗がある。

 妹も恥ずかしがっている為か、あまり笑わず無表情になっていた。


 がしかし、ジェットコースターで遊んでいた時よりは、どことなく楽しそうな感じではある。

 無表情で普通の人にはわからないかもしれないが、辰樹には微妙な表情の変化で、何となく察する事が出来ていた。


 もしかしたら、違うかもしれないが、多分、楽しんでいるはずだ。


 そう思って妹の方を見やると、メリーゴーランドに乗っている杏南からは睨まれるような視線を向けられる事となった。


 やはり、恥ずかしいのかもしれない。

 大方、小学生くらいの子が利用している。

 そんな中では、少々浮いているのだ。


 妹は小柄な体系ではあるが、次第に頬を真っ赤にしていて、メリーゴーランドが止まる頃には俯きがちになっていた。


 辰樹はメモ帳を取り出す。

 そのメモに、メリーゴーランドの評価を記入する。


 進藤颯しんどう/はやてから指定されたアトラクションで遊び、それに対する評価を行う必要があったからだ。


「まあ、杏南が楽しそうだから……ここはこんな感じでいいか。評価としてはAかな」


 辰樹が一人で評価を下していると、近くから殺気のようなオーラを感じた。


 メモ帳から顔を離すように、顔を上げてみると、そこには頬を赤らめた妹が佇んでいたのだ。

 辰樹の方をジッと見ている。


「というか、さっきから私のこと見てなかった?」

「え……ま、まあ、見てたけど、嫌だった?」

「嫌って事はないけど。恥ずかしいし……というか、子供っぽいから、もう乗らないから」


 杏南あんなは頬を膨らませ、不機嫌そうな態度を見せている。


「でも、最初は楽しんでたような」

「それは人が少なかったからで……小学生が増えたら気まずいし」


 杏南はかれこれ、三回ほど乗っている。

 三周目から小学生くらいの子が増え始め、一周目の時よりも羞恥心が増してしまったのだろう。


「他に何か乗るのある?」

「他にもあるけど。えっとさ、そろそろ昼になるし、人が混む前にどこかで食事しないか?」

「そうね……遊ぶのは後でもいいし」

「なんか、楽しんでいるような気がするけど。メリーゴーランドは楽しかった?」

「そ、そんなことないから。というか、さっさと行くから! 来て」


 杏南は背を向け、感情を押し殺したまま、手にしているパンフレットを見ながら先へ進んでいく。

 辰樹は妹の後ろを追いかけるように、距離を縮めていくのだった。




「あんたはどこがいいの?」


 妹はパンフレットを見ながら聞いてきた。


「俺もここに来るの初めてだし、どこがいいか……でも、杏南が入りたい店屋があれば、どこでもいいけど」


 辰樹は隣を歩いている妹に返答する。

 杏南はパンフレットを見、遊園地内の現在地を確認しながら、食事できるところを探していた。


「ここは?」


 杏南から問われ、辰樹はパンフレットを覗き込む。


「ピザのお店か?」

「ピザを食べたい気分だから。あんたはどうする? ここでいい?」


 妹は横目で辰樹の事を見る。

 今日は杏南が楽しめればいいという思いで、ここに遊びに来ているのだ。


 辰樹は否定することなく受け入れる事にした。


 それから二人は目的となるピザのお店を見つけ、一一時半を少し過ぎた時間帯ではあったが、入店する事にしたのである。


 入店後は女性スタッフに案内され、店内の窓近くの席へと向かう。

 二人は向き合うように席に座る。


 テーブル上にはメニー表が広げられ、スタッフの女性は注文がお決まりになりましたら、およびくださいと一言告げ、立ち去って行った。


 混雑時ではなかった事もあり、店内は比較的空いていて過ごしやすい。

 店内のBGMも洒落ていて、心地よい空間が広がっていた。


「あんたは何にするの?」

「杏南は食べたいモノ決めてるのか?」


 辰樹はメニュー表を満遍なく見渡しながら言葉を切り返す。


 ピザのメニューは多様にある。

 ザッと見ただけでも、二〇種類以上あった。


「今から決めるとこだし」

「一緒のモノにする?」

「なんで?」

「何となく」

「何となくで言わないでよ。私はあんたと一緒のモノは食べたくないし」

「え、でも、朝は同じ朝食だった気が」

「それとこれは違うから……でも、あんたが私にあげたいなら別に食べてもいいけど」

「なんだよ、それ」


 杏南の謎理論が炸裂していた。

 よくわからないが、多分、最初は別々のモノを注文し、食べる際に一部分だけ交換するのはOKという事だろう。

 辰樹はそのように解釈したのだ。




 注文を終えてから大分時間が経過した。

 二〇分ほどで二人がいるテーブルに各々のピザが用意される。


 ピザといっても四切れ仕様であり、辰樹はトマト入りの通常のピザ。

 杏南に関しては、ポテト風のピザだった。


 スタッフは、二人の様子を確認した後、ごゆっくりとどうぞと言って立ち去って行く。


「写真よりもよさそうに見えるし、美味しそう……」


 杏南から素直な言葉が漏れる。


「そうだな、杏南は俺のピザを少し食べるか?」

「別にそうしたいなら食べるけど」


 さっきまでの素直なセリフをかき消すかのような態度を、妹は見せていた。


 辰樹はピザの一か所だけをちぎり、近くの小皿に置いて目の前にいる妹へ渡す。


「これ、あんたの分ね」


 杏南の方は直接的に渡してきた。


 直に持つと、焼き立てだという事も相まって本当に熱い。

 辰樹は妹から貰ったピザを、自身のピアの上に咄嗟に置く。


「熱くなかったか?」

「別に……ちょっとは熱かったけど、気にならないし」

「そ、そうか。なら、いいんだけど」

「そんなに熱いなら、おしぼりで手でも拭いたら」


 辰樹は近くにあったおしぼりを自身の手に当てた。




「美味しい?」

「う、うん」


 妹は照れ臭そうに小さく頷いていた。


「……久しぶりだよね、外で食事するの」


 杏南から言われ、確かにな、と思った。


 妹と最後に、一緒に外出したのは大分前。


 記憶が正しければ、中学一年の頃以来なはずだ。


 辰樹は懐かしさを覚えながらも、妹とのプライベート空間を楽しむ事にしたのである。


「そういや、口元についてる」

「え? な、なんで」


 そう言いながら、慌てる妹は自身の口元に手を当てていた。


「……ついてた」

「だろ。他にもついてるから」


 辰樹が手にしているティッシュを妹のほっぺに向かわせようとした時だった。

 妹は反射的に距離を取る。

 そのまま席から立ち上がった。


「そ、そこまではいいから! ひ、一人で確認してくるし!」


 杏南は頬を真っ赤に染めたまま席から立ち去って行く。

 多分、鏡のある場所まで向かって行ったのだろう。


 いきなり、口元の汚れを指摘され、恥ずかしかったのだと思われる。

 少し無神経すぎたかもしれないと、辰樹は若干後悔していた。


 そんな中、誰かの視線を感じた。


 辰樹は席近くの窓から外を見やったのだが、丁度そこには誰の姿もなかったのである。


「……気のせいか……?」


 辰樹はただ首を傾げるだけだった。

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