第9話 妹との休日

 魔の金曜日を乗り越え、ようやく休日になっていた。


 金曜日には、風邪だった山崎晴香やまざき/はるかも元気に登校していたが、今週中は用事があると言って断っていたのだ。

 そして、今日、約束通りに、妹の杏南と遊園地へと向かう事になった。


 朝起きた時から妹の方は、すでに準備を終わらせていた。

 しっかりと外に出る用の服装に身を包み、リビングで礼儀正しく食事をとっていたのである。


「なんか、早いね」


 溝口辰樹みぞぐち/たつきはリビングに入るなり、妹に話しかける。


「……あんたの方が遅いだけじゃないの」

「そうか?」


 辰樹は首を傾げる。


「というか、まだパジャマ姿なの? 早く準備でもしたら?」

「そ、そうだな」

「あと、キッチンの方に、スクランブルエッグとウインナーがフライパンにあるから」

「え? 杏南が作ったのか?」

「そうだけど、なに?」


 妹は辰樹の方を見ることなく、淡々とした口調で言ってくる。


「ありがとな」

「別に、あんたのために作ったわけじゃないし」


 杏南あんなからは、少々活舌の悪い返事が返ってくるだけだった。




 食事の後、辰樹も外出用の服へと自室で着がえる。

 五分で支度を終わらせると、辰樹は妹と同様に玄関先にいて靴を履いている最中だった。


「というか、忘れ物ない? チケット持ったんでしょうね?」


 妹から指摘され、辰樹は財布の中を確認した。


「大丈夫、入ってた」

「そう。問題ないなら、さっさと行くから」


 杏南はため息交じりの声で言い、背を向けると玄関から外へと出て行ったのである。

 辰樹も妹の後を追うように、急いで家を後にした。




「そんなに急ぐなって」

「あんたが遅いだけでしょ」

「いや、杏南の方が早いって」

「そんなことないし」

「もしかして、楽しみにしてたとか?」

「は? 違うし」

「ん⁉ い、いて!」


 隣を歩いている妹から足を軽く蹴られてしまう。


「あんたが変な事を言うから悪いんだからね!」


 妹から横目で睨みつけられ、厳しい仕返しが返って来たのだった。






 遊園地の場所までは電車で移動し、下車した駅からは徒歩で向かう。


「ここね」

「そうみたいだな」


 遊園地の外観は、写真で見るよりもデカく感じる。

 有名なテーマパークと比べると、小さい方かもしれない。

 けれど、地方にある遊園地の中では大きい方だと思う。


「あんたの友人も良いところを教えてくれるのね」

「友人っていっても、あの人だからな。昔から関わりのある颯。杏南も知ってるだろ?」

「知ってるわ。まあ、あんたよりもしっかりとしてそうよね」

「そうかもしれないけどさ。俺がいる前で、そういう事は言わないでくれ。俺の心に刺さるからさ」


 辰樹は心臓のある方の胸元を片手で抑えていた。

 杏南から放たれる言葉の一撃は心に強く響くのである。






 二人は入園の手続きを済ませ、入場していた。

 パンフレットを手に、目的となるアトラクションの場所まで向かう。


「まずは、これに乗ることになるんだけどな」


 現地に到着するなり、辰樹の方から話を切り出す。


「え?」


 杏南は少し硬直していた。


 今から乗るアトラクションはジェットコースターだ。

 絶叫マシンとしての最高峰だと思う。

 待っている間も、悲鳴のような声が響いていた。


 このアトラクションこそが、つい最近に完成した乗り物らしく、これの評価をしてほしいと友人の颯から言われていたのだ。

 他にもアトラクションはあるが、颯から一番評価してほしいと言われていた乗り物だった。


 土曜日ではあるが、そこまで待ち時間が長くなった事もあり、手始めに遊んでみる事にしたのだ。


「ん、どうした?」

「べ、別にな、なんでもないし……」


 妹は目を合わせてはくれなかった。

 それどころか、視線を逸らされる始末。


「じゃあ、乗るか?」

「の、乗るの?」

「乗るって。だから、そのために来たんだよ。それにさ、颯から乗るように言われてるからさ」

「でも」

「もしかして、嫌なのか?」

「違うから。そうじゃないけど」


 妹は不満そうに頬を膨らませるだけだった。


「では、次の方。こちらにお越しください」


 妹と会話している内に、二人の番になっていたのである。

 遊園地スタッフから案内されることになったのだ。


 妹は不安そうな顔つきになっていたが、最後の最後までジェットコースターが嫌いという発言をする事はなかった。


 二人はジェットコースターに乗り、安全バーを胸元に当て、出発する準備を終えていたのだ。


「これ」


 隣に座っている妹は右手を差し伸べてくる。


「なに?」

「別に、ただ手を繋ぐだけ」

「やっぱり、怖いのか?」

「そ、そんなわけないでしょ! あんたが怖がると思って、それで手を繋いであげようと思ってただけ」


 妹は強がっているようにしか思えなかった。

 けど、辰樹は深く追求せずに、手だけ差し伸べてあげたのだった。


 二人は手を繋ぐ。

 そして、それから数秒後にジェットコースターは上へと向かって行くのだった。






「……」


 ジェットコースターから降りた妹は、未だに目を点にしたままだった。

 本当は怖かったのだろう。

 しかし、怖いというセリフは一度も口にはしなかった。


「なに? 別に怖くなかったから!」


 杏南は辰樹の方を横目で見ているが、妹の手元が震えていることが分かった。


 まあ、一緒に遊びに来ている時くらいは、そういう事にしておくか。


「他にも乗るアトラクションがあって」

「次は何?」


 杏南はようやく冷静さを取り戻し、普段と同じく強がった顔つきに戻っていた。


「メリーゴーランドかな」

「じゃあ、最初、それから乗りたかったんだけど」

「杏南って、メリーゴーランドが好きだったっけ?」

「そうじゃないけど。好きな方ってだけ。そもそも、高校生にもなって、メリーゴーランドではしゃぐとかないし」


 そう言いながらも、杏南の頬は紅潮していた。


「一つ聞くけどさ、杏南は楽しい?」

「……別に普通」

「普通か? ジェットコースターは?」

「普通」

「それも普通なんだ」


 二人はメリーゴーランドのエリアまで横に並んで歩いて向かっていた。


「あんたはどうなの? 楽しいの?」

「俺は、楽しいと思ってるけど」

「へえ、何が?」

「久しぶりに杏南と一緒に遊べてるし。なんか、新鮮な感じがして」

「あっそ」

「なんか、あっさりな返答じゃないか?」

「別に、そもそも、私は……」

「なに?」

「別に! なんでもないし!」


 杏南は何かを言いかけ、本音を話す前に、話題を強引に切り替えるのだ。


「というか、持ってるパンフレットを見せて」


 杏南は辰樹が広げて持っていたパンフレットを強引に奪う。


「メリーゴーランドはあっちの方ね。早く行くから」

「やっぱ、楽しいんじゃないのか?」

「そんなことないし。私は色々な乗り物に乗ったり、遊園地の料理を食べたいだけ。だから、早くあんたの友人からの頼み事を片付けたいだけ。それだけだから」


 妹はパンフレットを持ったまま遊園地を走り出す。

 妹の後ろ姿だけを見ると、本当に昔の光景を見ているようだった。


 懐かしさを覚えながらも、辰樹も追いかけるように遊園地内を進むのだった。

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