第8話 休日の予定は決まったのだが…

 溝口辰樹みぞぐち/たつきは色々と考え事をしていた。

 友人の進藤颯しんどう/はやてから丁度チケットを貰い、妹の杏南あんなと遊ぶ手段を確保できつつあったのだが、解決すべき事が後一つだけあったのだ。


 遊園地のチケットがあれば、入園は可能である。

 しかし、そこまで行くためのお金の準備が出来ていなかった事に、先ほどスマホで公式のHPを見て気づいてしまったのだ。


 朝。教室にいる辰樹は別の問題に直面し、教室の席に座ったまま悩む事となった。


「そんなに難しい顔をしてどうしたの?」


 隣の席に座っている名子から話しかけられる。


「それが、金銭的な問題を抱えてて。今週中に少し遠出する事になったんだけど。その場所に行くまでのお金が無くて」

「まったくない感じ?」

「まったくではないけど。少し足りない感じかな」

「それで、どこまで行く予定なの?」

「それが電車で一時間ほど先の場所で」

「そんなに遠くなんだ」


 陰陽寺名子おんみょうじ/なこはちゃんと相談に乗ってくれるらしい。


「どれくらい必要なの?」

「多ければ多いほどいいけど。大体、一万程度あれば足りるんだけどね」

「じゃあ、バイトでもしてみる?」


 名子からとある提案をされた。


「バイトって。名子の知り合いにバイト先でもあるの?」

「バイト先は、私の家だよ」

「名子の?」

「うん。私の家は神社関係の事をしてて。丁度ね、少し手伝ってほしいって、お父さんが言ってたの。つい最近、辞めちゃった人がいたからなの」


 神社関係という一風変わった魅力的なバイトに、辰樹は興味を抱き始めていた。


「少しの間だけでもいいし。新しい人が入るまででもいいから。バイトしたいなら紹介するよ」


 バイトするなら、知っている人がいる方が始めやすいと思う。

 辰樹は積極的に挑戦してみる事にした。


「その神社ってのはどこにあるんだ?」

「結構遠くて、電車かバスを使うんだけど。でも、来るなら、私がお金を払うよ。それでいいなら」


 辰樹は決心を固めた後、目の色を変え、承諾するように頷くのだった。






 放課後になった現在、辰樹は席から立ち上がって帰宅準備をする。


 名子の家が神社関係だとは思っても見なかった。

 彼女とは一年ほどの関わりがあるものの、互いの家に遊びに行く事はなかったのだ。


 大体、休みの日に会うとなったら街中が基本だった。


 彼女の家に行ける事になり、多少は緊張しているし、楽しみでもあった。


 クラスメイトが帰宅していく中、辰樹は帰宅準備を終えていた。

 がしかし、名子の方は今日中に提出しなければいけない課題があったようで、席に座ったまま、その課題と睨めっこしていた。


 辰樹は彼女の課題が終わるまで待っている事にした。


 名子の事とは違い、もう一つ気にかかることがあった。

 それは、山崎晴香やまざき/はるかが今日休みだった事である。


 今日の朝のHRでも担任教師が言っていたのだが彼女は風邪らしい。


 昨日までは物凄く元気があったのに、急に体調を崩すなんてあるのだろうか。


 午前中にも晴香にメールを送ったのだが、その返答はない。


 そんな中、スマホのバイブ音が聞こえ、画面を見やると、今になって晴香からのメールが返って来た事に気づく。

 彼女は本当に風邪のようで、ベッドで寝込んでいる写真を添付されてあったのだ。


 辰樹はお大事にと一言添えて、メールを返すことにしたのだった。






 帰宅準備を終えた辰樹は名子と共に学校を後に駅まで向かう。

 そこから二つ先の駅まで電車で移動する。


「ここが私の地元なんだけど。ここから十分ほど歩くことになるんだけど。それでもいい?」


 名子の自宅近くの駅で降り、彼女と共に会話しながら歩くことになった。


 名子が普段から住んでいる場所は木が多い。

 空気が良く、住みやすい感じがする。


 道の通りに進んだ場所に、大きな建物が見えた。

 それこそが彼女の実家であり、神社であったのだ。


「ここ昔、来た気がする……」

「じゃあ、昔からどこかで出会っていたかもね」

「そうかもな。でも、本当に昔だからな、殆ど記憶はないけどね」


 辰樹は神社全体を見渡しながら、うる覚えの口調で呟く。

 二人は神社の鳥居をくぐりぬけ、敷地内に入るのだった。






「ごめんね、ちょっと待った」


 名子は神社の建物内に消えて行ったのだが、ようやく戻って来たようだ。

 辰樹が建物の入り口前で待っていた時、彼女から話しかけられた。


「いいよ……って、その恰好は?」

「これは普段バイトをしている時の衣装なんだけど」


 名子は、赤と白色の巫女衣装を身に纏っていたのだ。

 イベントがないと着る事のない特別間のある衣装であった。


「どう、似合ってる?」

「う、うん」


 いつも陰キャ寄りの名子しか知らなかった事もあり、初めて見る彼女の新しい一面を目撃出来て、言葉にはしなかったが内心嬉しく感じていた。


「そう言えば、他の人は?」


 辰樹は辺りを見渡す。


「他の人は別の仕事で忙しいらしいから。お父さんの方からね、私が辰樹の指導をしてって言われた感じ」

「わかった、じゃ、よろしくな」

「うん。まあ、初日だし、そんなに難しく考えなくてもいいし。気軽にやろうね」


 名子から神社周辺を案内され、目的の場所へ向かう事となるのだ。


「今日は、神社周りの掃き掃除だけでいいよ。あと、これね」


 名子から箒を受け渡されたのだった。




「普段から手伝ってる感じなのか?」

「私は暇な時ね」


 二人で神社周辺の掃除をしていた。

 掃除といっても周りに落ちている葉っぱを掃いたり、雑草を取ったりの単純作業である。


「へえぇ……それで、いつもその恰好とか?」

「いつもっていうか。まあ、そうかもね」


 名子は小声であっさりと受け流していた。


「辰樹は、ここでバイトし続けたい?」

「どうだろうね……でも、時間があればやっていきたいけど。今は保留かな」

「だったら、来たい時にくればいいよ。さっき、お父さんと話してて、来週くらいには新しい人が入るみたいだから。バイトは足りてるんだって」

「意外と早く次の人が決まったんだな」

「うん、ここで働きたいって人が意外と多いみたいらしいの」


 名子は淡々と話してくれていた。


「多分、ここの衣装とかが好きな人かもね」

「だよな。服のデザインとかもいいよな」


 と、辰樹は掃き掃除を続けながら、彼女の衣装をまじまじと見ていた。


「そんなに見なくても」

「いや、そういうつもりじゃなくて」

「でも、別にいいんだけど……」


 名子はボソッと言葉を漏らすだけだった。

 彼女の表情はほんのりと赤く染まっていたのだった。






 神社でのバイトを終えると、辰樹は名子と神社の鳥居のところで別れ、今の時間帯的に電車よりもバスの方が時刻的に早かった為、バスに乗車していた。


 バ先ほどのバイトでは一万円ほど貰うことができたのである。

 これで、十分ではあった。

 普通は一万円ももらえないと思うのだが、これは好都合だ。


 バイト代が入った封筒の中身を確認していると、自宅近くのバス停に到着しており、辰樹はバスから降りると妹がいる自宅へ向かって急ぐ。


 家に到着すると、リビングには妹の姿があった。


「なに? そんなに息を切らして」

「早めに話したいことがあって」

「なに?」


 リビングのソファに座っている妹の杏南は冷めた口調で言う。


「だからさ。昨日、どこかに行こうかって話してたんじゃんか」


 辰樹は妹の近くに佇んで話を進める。


「そうだね」

「その場所が決まったから、早く教えようと思って」

「そんな事で急いできたの。別に、あんたの事だし、大した場所じゃないんでしょ」


 妹から辛辣なセリフが返ってくる。

 が、辰樹が遊園地のチケットの話をすると、妹の顔つきが変わってきたのだ。


 次第に興味を持ち始めた妹に対し、辰樹はさらに説明を推し進めるのだった。

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