第11話 その建物から異様なオーラが⁉

 溝口辰樹みぞぐち/たつきは遊園地内での食事を終える。

 テーブルには、ピザがのっていた皿と、飲み干したコップが置かれている程度だ。


 杏南あんなの方も丁度終えたらしく、テーブル脇にあったティッシュで口元を拭いていた。


「他にも行くところがあるんでしょ?」

「ちょっと待ってて」


 辰樹は食事を終えた後から、メモ帳に午前中の間に利用したアトラクションの事と、午後から遊ぶアトラクションについて振り返っていた。


 後、二種類ほど、友人の進藤颯しんどう/はやてから遊んでみるようと頼まれていたのだ。


 今から向かうエリアにあるアトラクションはリメイクされたモノらしい。


 辰樹はメモ帳を閉じ、ポケットにしまう。


「杏南は他に食べたいモノってある? ここにはデザートもあったはずだけど」

「別にいい」

「本当にいいのか?」

「いいって言ってるじゃん。それに、お客も増えてきた頃だから」

「それもそうだな」


 辰樹は辺りを見渡す。

 それから席を立ちあがる。


「あと、帰る時に、お土産売り場に行きたいんだけど。このパンフレットで紹介されてたから」


 杏南はパンフレットを片手に、その場所を指さしていた。


「いいよ。最後な」


 そう言ってあげると、妹は少し嬉しそうな顔を浮かべていた。






 店を後に、これから向かう先は遊園地の中でもある意味、怖い場所だ。

 ジェットコースターよりも、違う意味で刺激的な経験をする事になるだろう。


 少し歩いた場所に、奇妙の建物がある。

 見た目からして異質さを感じてしまうほどだ。


 遊園地といえば、お化け屋敷である。

 一度は経験しなければいけないイベントの一つだと思っていた。


「ここに入るの?」


 妹は目を白黒させていた。


「そうだよ。颯とそういう約束で、ここまで来たんだからな。チケットを利用する条件でもあるし。ちゃんと利用しないと評価しづらいだろ」

「……」


 妹は後ずさってる。


 二人が今、目にしている建物というのが、お化け屋敷だった。


 外観からして、悍ましいオーラが漂っていた。


 普段は強気な妹が、表情を硬くしている。

 驚きすぎて目を点にし、たじたじであり、右手が震えていることが分かるほどだ。


「わ、私、別のところがいいんだけど」


 杏南は、お化け屋敷の看板から目線を逸らし、小声になっていた。


「怖いから?」


 辰樹はストレートに聞いてみる。


「ち、違うし。そんなわけないじゃない。あんたの方こそ、こ、怖いんじゃないの?」

「いや、俺はある程度の耐性がある方だと思ってるけどね」

「ほ、本当に?」


 杏南は現実に感情を取り戻したようで、少々強がった余裕のある目線を辰樹に向けていた。

 それでも、未だに右手が震えている。

 隠しきれていない感情が、目に見えてわかってしまうほどだ。


「というかさ、最低よね。私に、こういう風な場所に誘うとか。こ、こんな場所に行く予定があるなら。さ、最初に言いなさいよね! せめて、行く前日くらいには! ま、まったく……」


 杏南は強気な姿勢を見せ始めるが、言葉の最後の部分が震えていた。

 やはり、怖いという感情は隠しきれない様子だ。


「お化け屋敷は遊園地の醍醐味だろうし。じゃあ、一緒に入ったら、帰る時のお土産は俺が奢ってあげるけど」


 一応、颯から妹の評価も欲しいと言われていた。

 ちゃんとした評価が欲しいだろうし、嘘を書くわけにもいかなかったのだ。


 辰樹は陰陽寺名子おんみょうじ/なこの家でバイトをし、ある程度お金を稼いでいた。

 お金には余裕があるのだ。

 ここぞというところで大盤振る舞いをした方が、妹だってお化け屋敷に入ってくれるはずだ。


 そんな辰樹の誘いに――


「本当に、奢ってくれるの?」


 妹が興味を持ち始めていた。


「ああ」

「約束……してくれる?」

「それはするさ」

「だったら、それで」

「OKってこと?」

「そ、そういう意味よ」


 妹は辰樹の事を疑いの眼差しで見つめている。


 辰樹は大丈夫だから安心してと、一言添えてから右手を差し伸べてあげたのだ。


「べ、別に手なんて繋がないし」

「そうか? 繋がなくてもいいんだな」

「……」


 杏南は不満そうな顔を見せるだけで、手を繋ぐ気配はなかったが、辰樹がお化け屋敷の近くまで移動すると、素直に妹は近づいてきたのである。






 二人は真っ暗な空間に閉じ込められる。

 そして、辰樹はスタッフから渡された懐中電灯のスイッチを入れた。


 一瞬で暗かった空間に一筋の明かりが出現し、周りの状況を見渡せるようになったのだ。


「行くか……」


 辰樹は最初、大丈夫だと高を括っていたが、実際に肌で経験してみると、より一層怖さを感じる。


 自ら進んで行動したのだが、今すぐにでも帰りたくなっていた。


「ど、どうしたの、進まないの」

「進むから」

「も、もしかして怖い?」

「そ、そんなわけ」


 互いに怖さを共有しているだけになっていた。


「というか、わ、私、別に怖くないと思ってたし」


 そう言いながら、懐中電灯を持っていない杏南が率先して歩き出す。


「あんたの方が小心者じゃない」


 妹は強気な姿勢で進んでいたのだが、何かにぶつかったようで軽く声を出していた。


「どうした?」


 辰樹は懐中電灯を、妹がいるところへと向けた。

 すると、そこには鬼のような形をした石像が存在していたのだ。


「……え、え⁉ な、何これ⁉」


 杏南はそう言って、辰樹の方へ向かってきた。

 それから、妹の手が、辰樹が持っている懐中電灯に接触する。


「お、おい、懐中電灯が」


 接触した際に、暗闇に落としてしまったのである。

 落としてしまった瞬間に、電池が外れ、懐中電灯の明かりが消えてしまったのだ。

 本当に、まったく何も見えない状況である。


「な、なんで、どこに落としたの」

「わ、わからないって」

「あんた、何してんのよ!」


 二人で慌てふためていると、別の方から悪魔のような声が小さく聞こえ、次第に大きく響き始めるのだ。


「は、早く出口を探さないと」


 そうこうしている間に、何かに背後から抱きつかれたのだ。


「だ、誰?」

「わ、私だから」


 妹だったらしい。


 こうなってしまったら、何が何でも勢いで進むしかないだろう。

 懐中電灯がなくとも、この場所から脱出する事が優先だ。


 辰樹は妹の手を繋いだまま、走って移動する。


 途中で転びそうになっていたが、すぐに態勢を立て直し、先を急ぐ。


 辺りからうめき声や、地獄のような声が聞こえてくるが、二人とも振り返る事はしなかった。


 ひたすら、光を求めたのである。






「はあぁ、はあぁ……」

「よ、ようやく出られた」


 辰樹は息を切らし、杏南の方は達成感よりも生きている事に驚いている顔をしていた。


 この遊園地のお化け屋敷は相当怖い。

 見えないところからも声が聞こえたり。

 誰もお化け役として潜んでいないのに、鬼などの石像の出来具合がリアルすぎて、本当に地獄の中にいるかと錯覚してしまうほどだ。


 今でも心臓の鼓動が高鳴っていた。


「だ、大丈夫なの」

「そ、それは俺のセリフだよ。というか、いつまで俺の手を掴んでるんだ?」

「はぁ? ち、違うから、あ、あんたが勝手に掴んでいたんでしょ」

「違うよ。杏南の方が掴んでたじゃんか」


 二人は出口から出て間もなくして、どっちが先で後なのかで口論に発展していた。


 正直どちらでもいい。


 二人はお化け屋敷近くのベンチにて、少しだけ肩を寄せ合うように隣同士で座る事にしたのである。


 怖さが限界突破し、互いに呆れた顔をになり、深呼吸をしながらも一旦休憩するに至ったのだ。

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