第6話 あんたが決めなさいよ!

 今日から辰樹の妹になった、クラスメイトの山崎晴香やまざき/はるかと道の十字路で別れ、学校から帰宅した溝口辰樹みぞぐち/たつきは自宅玄関にいる。

 今は靴を脱ぎ、家に上がった瞬間だった。


 目の前には妹の杏南あんなが佇んでいる。

 先ほどまで沈黙が続いていたのだが、辰樹の方から沈黙を打ち砕くように口を開いた。


「あ、あのさ」


 辰樹は積極的に話しかける。

 何事も先手で行動した方がいいに決まっているのだ。

 しかし、妹の方は特に表情を変えることなく。その上、何も返答することもなく、辰樹の方を見ているだけだった。


「……帰って来たんだ」

「そうだけど」

「それで何? 何か言いたい事でもあんの?」

「少し話したいことがあって」


 一瞬、杏南の鉄壁のバリアが外れたと思った。

 がしかし、辰樹の方から再び言葉を切り返そうとした時には、妹はリビングの方へ向かって行ったのである。


 な、なんだよ。

 話を聞いてくれる感じじゃないのかよ……。


 意味不明な言動をするのも妹らしいと思う。

 辰樹はため息をはきながらも、妹を追いかけるようにリビングへと向かうのだった。






 辰樹がリビングに入った時には、妹はソファに座っていた。

 辰樹は近づき、妹の隣に佇んだまま話しかける。


「さっきの事なんだけどさ」

「さっきの事って、いつのさっき? 玄関先での話?」

「そうでもあるんだけど。学校の件も含まれててさ。俺、別に、あの子と付き合ってるわけじゃないから」

「……あっそ」


 辰樹からしたら勇気を持っての発言だったのだが、杏南からしたら、何それという感じの反応しかなかった。


「……別にさ、付き合ってないとか、私には関係ないし。というか、別に……そんなこと気にしてないし」


 妹は声を震わせていた。

 表情には出していないが、結構気にしてみてるみたいだ。


 彼女はソファに座り直し、偉そうな態度で辰樹の方を見つめてきたのである。


「まあ、一先ずさ。あんたは、あの人と付き合っていないって事ね」

「そういうこと」

「なんか、親し気に見えたんだけど……」

「え?」

「別に。なんでもないし……それより、休日空いてんの?」

「休日? いつの?」

「それは今週中に決まってるじゃない、普通に考えて」


 杏南から睨まれてしまった。


「そ、そうだよな。今のところは予定ないかな」

「予定はないって」


 妹から笑われてしまう。


「俺でも、たまには予定がある時もあるんだよ。今週中はたまたまなくて」

「へえ、そう」


 妹は嫌味な感じに、ニヤニヤと口角を動かしていた。


「まあ、いいや、特に用事がないならさ。どっかに連れて行ってよ」

「なんで?」

「だって、用事がないんでしょ?」

「そうだけど。俺と遊びたいとか?」

「は? そ、そんなわけないでしょ。あんたが暇そうにしてるからで、別に私の方が遊びたいとか、そんなわけないし!」


 妹は頬を真っ赤にして、辰樹のことを睨んでいた。


「わかったから、俺の方が悪かったよ」

「まあ、分かればいいわ」


 ソファに座っている杏南は足を組んで、辰樹の事を上目遣いで見つめてくる。

 その場に佇んでいた辰樹は、そんな妹の仕草にドキッとしてしまう。


「ねえ、いつまでそこに座ってんの。座れば」

「じゃあ、隣に」


 辰樹が妹の隣に座ろうとした時だった。


「じゃなくて、その場に」

「え?」

「あんたと一緒にソファに座りたくないし」


 妹は本当に何を考えているのかわからない。


 急に優しくなったと思ったら、辛辣なセリフを吐いたりする。


 辰樹は妹に従うように、リビングのフローリングの上に正座して座る事になった。


「それでさ。どういう場所に連れて行ってくれるの?」

「杏南が行きたいところがあれば、俺はどこにでもついて行くけど」

「ど、どこでも?」

「え?」

「い、いや、そうじゃなくて、そもそもね、あんたの方が企画しなさいよ」

「俺が? でも、行きたいところがあれば合わせるけど」

「そういうのじゃなくて。んー」

「俺が決めればいいってこと?」

「そういう事。普通わかるでしょ! まったく」


 いや、わかりづらいんだよと思ったのだが、辰樹は場の空気を読み、それ以上ツッコまない事にしたのである。




「それで、どこ?」

「え、急に言われてもな。すぐに決められる事でもないしな」

「あっそ、じゃあ、後で決めておきなさい。土曜日までまだ時間あるし」

「わかった。それで、土曜日に行くのか?」

「それは別にどっちでもいいわ。日曜日でもいいし。あんたはどっちがいいの?」

「じゃあ、土曜日でいいかな」

「土曜日ね。まあ、日程はそれで決まりって事で」


 彼女は軽くため息をはいていた。


「ねえ」

「何?」

「これ」


 妹から空のコップを差し出される。


「これは何?」

「ココアでも入れてきて」

「なんで俺が」

「んッ、あ、あんたの方がキッチンの方に近いでしょ!」

「そうだけど」


 しょうがないか……。


 ようやく妹との距離を詰められそうなチャンスなのである。


 辰樹は妹の意見に従い、コップを受け取った後、キッチンへと向かうのだった。






「こんな感じでいいか?」

「まあ、問題ないかもね。あんたにしてはいい感じね」


 杏南の態度はデカい。

 だが、昔の妹の事を知っている為か、そこまでイラっとはしなかった。


「それと、後の事はちゃんと考えておいて。約束だからね!」


 と、女社長みたいな感じに、妹から言われた。


 辰樹はリビングを後に階段を上り、自室へと向かう事にしたのである。






「不思議なんだよな。でも、なんで急に……」


 辰樹は自室に入り、扉を閉める。

 首を傾げながらも、部屋の押し入れへと向かう。


 辰樹はそこから黒色の重いアルバムを取り出す。


 妹の方から心を開いてくれたのなら色々と手っ取り早いと思う。


 そんな事を想いながら、アルバムのページをめくる。


 そこには妹と一緒に撮られた写真の数々があるのだ。

 昔、妹と色々な場所に行った時の思い出として撮影し、それを保存していた。


 久しぶりに見ると、懐かしさを覚えてしまう。

 そんな事を感じながら、辰樹はアルバムのページをめくっていく。


 遊園地に遊びに行ったり、山へピクニックに行ったり、隣街の映画館近くの公園で撮影したものまである。


 今思い返せば、昔の妹は笑顔が多かった気がする。

 写真を見ているだけで、どうして、こうなってしまったんだろうかと疑問を抱き始めていた。


「でも、すぐには決められないな……」


 昔、訪れた場所に行くのが正解なのか。

 それとも、新しい場所を選んだ方が正解なのか、今のところ判断に困っていた。


 辰樹は深く考え込んだ後、アルバムを閉じる。

 明日、学校に行ってから、もう一度決めようと思うのだった。

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