第5話 私、あのぬいぐるみが欲しいなッ!

 溝口辰樹みぞぐち/たつきは放課後、クラスメイトの山崎晴香やまざき/はるかと関わることになった。

 今、学校を後に街中へと向かっている最中だった。


 先ほど妹の杏南あんなと校舎の昇降口で遭遇したのだが、すでに自宅に帰宅した為か、通学路には、その姿はなかったのだ。


 今日の夜には妹との関係性を修復しようと思っていたが、この現状では難しく思える。


 今はしょうがないとして、気分を落ち込ませたまま通学路を歩く。


「どうしたの?」


 暗い表情をしていた為か、隣にいる晴香から見つめられていた。


「さっきの件だけどさ。やっぱ、タイミングが悪かったなって」


 辰樹は妹の事について話す。


「でも、しょうがないよ。兄妹だとしても相性の良さもあるし。むしろ、私が辰樹くんの妹のように接してあげるから。今は気にしなくてもいいんじゃないかな?」


 晴香は肩と肩を合わせるように距離を詰めてくる。

 彼女の肌を制服越しに感じながらも、新しい妹の優しさを痛感していた。


「そんな事より、楽しい事を考えようよ、ねッ!」


 晴香は明るい。

 実の妹である杏南よりも、心を開いてくれているような感じがある。


 辰樹は杏南の事を心の奥にしまい、今、目の間にいる晴香の事を意識するのだった。




 春香とは実質、兄妹のような関係になっていた。

 しかも、血が繋がっていないはずなのに温かさを感じられるのだ。


 不思議な感覚だった。


 本当の兄と妹の関係というのは、人それぞれかもしれない。

 定義は異なっていても、辰樹は友達のように関わりたいのだ。


 どちらが上とか下とか関係なく、自然な感じに会話したり、日常を過ごしたりしたいのである。


 晴香は理想的に近い存在であり、もしかしたら、自分の本当の想いを理解してくれるかもしれない。

 そんな希望を抱き始めていた。


 それにしても、趣味がゲームをする事なんて珍しいと思う。

 晴香の見た目的には、社交的で陽キャ寄りなタイプかと思っていたのだが、少し違うらしい。

 そういうところも魅力的に見える。


「辰樹くんはどこかに行きたい場所ってある?」


 隣にいる晴香が、辰樹の顔を覗き込みながら問いかけてくる。


 気づけば、街中に辿り着いていたのだった。




 街中。アーケード街を通り抜けた先には商店街や本屋など。日常生活で必要な店舗が数多く見受けられる。


 久しぶりだった。

 普段は学校から自宅を行き来する生活。

 二か月に一回くらいの頻度で訪れる事はある。


 小学生の頃は、妹の杏南と遊びに訪れたり。

 親の買い物のついでに利用していたことがあった。


 そんな過去の思い出を振り返りながらも、街中を見渡す。


「一先ず、奥の方まで移動しようか」


 行き先は決まっておらず、辰樹はそう言って彼女と共に先へと進む。


 アーケード街を晴香と歩いていると、懐かしい店屋の看板が視界に入る。


 中学時代の頃、よく通っていたゲームセンターだ。

 普段からゲームをしていた事も相まって、不思議と昔の思い出が胸の内から湧き上がってくるようだった。


 ゲームを辞めてから全然足を踏み入れることがなかったこともあり、懐かしさを覚えてしまう。


 晴香もゲームセンターに立ち寄ってみたかったらしく、結果として辰樹はゲームセンターに入る事にしたのである。




 結構久しぶりだな。


 辰樹は店内に入って、BGMを耳にしながら、そう感じるようになっていた。

 雰囲気的には、二年前と殆ど変わっていない。

 けれど、以前店内に入った時と比べ、入店直後、視界に映った筐体はなくなっていた。


 晴香と店内の奥まで通路を歩いてみるものの、昔から知っている筐体はほぼほぼなかった。

 新作ゲームの筐体になったり、昔からあるシリーズが新作ゲームの筐体に変わっていたりと様々だったのだ。


 時代の移り変わりは早いと思う。


「そうだ、今からお兄ちゃん呼びにしてもいい?」

「……え?」

「だって、私のお兄ちゃんになってくれることになったでしょ。だから、いいじゃん、いいでしょ?」

「けど」


 人目が気になる。

 平日とはいえ、店内には人がいるのだ。


「学校の外だと、誰も見てないから大丈夫だよー」


 晴香はまったく気にしないらしい。

 が、辰樹からしたら、同年代の子からお兄ちゃん呼びされることに、まだ抵抗があった。




「お兄ちゃん!」


 辰樹は冷や汗をかいていた。


「お兄ちゃん、このゲームをしない?」


 辰樹はまだ晴香からお兄ちゃん呼びされることに馴染めずにいた。

 けれど、久しぶりにお兄ちゃんという言葉を連呼され、嬉しくもあり、気恥ずかしい気分に陥っていたのだ。


「やっぱ、お兄ちゃん呼びは気まずいから……」

「えー、私はお兄ちゃん呼びしたいのにー」

「もう少し後でもいいか?」


 辰樹は気まずく、目を泳がせてしまう。


「いつ頃からならいいの?」


 晴香はグッと距離を詰めてくる。


「それは俺の決心が固まってからかな」

「それじゃあ、いつになるからわからないじゃない!」


 彼女は愛らしくも、小動物のように頬を軽く膨らませていたのだ。


「まあ、しょうがないか。でも、いずれはお兄ちゃん呼びするからね」

「わ、分かった。本当に、後でな」

「うん、約束ね」


 晴香との約束を交わす。


 何事も心の準備が必要なのである。


 一度深呼吸をした後、辰樹は彼女の方へと視線を移した。


「それで、どんなゲームをしたいんだ?」

「これだよ」


 晴香が指さしているのは、クレーンゲームの筐体だった。

 その筐体の中にはデフォルメ系の小動物が引き詰められてあったのだ。


「私、ここのゲームセンターなら、あのぬいぐるみが欲しいの。辰樹くんならとれるでしょ?」

「アレか」


 クレーンゲームも久しぶりだ。

 取れるかどうか怪しいところである。


「わ、分かった、頑張ってみる」


 辰樹はお金を入れ、彼女が欲しがっているトラネコのぬいぐるみを見やる。

 その位置を確認した後、コントローラーを器用に動かす。


 ぬいぐるみとタグを繋げている紐のところへ、アームの先端を向かわせるのだった。






「ありがとね!」

「そんな大した事はしてないさ」


 辰樹は一発目でトラネコのぬいぐるみを取ることができたのだ。

 久しぶりだったが、そこまで腕は鈍っていないらしい。


 晴香の可愛らしい笑みを見れて、内心嬉しくもあった。

 取った甲斐があるというものだ。

 それに、ぬいぐるみを両手で抱えている彼女の姿が無邪気な妹みたいで愛らしく思える。


「私、こっちの道だから」

「え、そうなのか?」

「うん」


 アーケード街から離れた道を歩いている最中であり、少し進んだ先にある十字路のところで別れる。

 彼女の家は、辰樹とは真逆らしい。


「今日は本当に楽しかったよ! また、明日ね!」


 晴香はトラネコのぬいぐるみを胸に抱えたまま、大きな声で挨拶した後、駆け足で立ち去って行ったのだ。


 彼女がいなくなってからというもの、大きな太陽を失ったかのように寂しくなった。


 辰樹はトボトボと道を歩み、自宅まで向かい、到着する。


 辰樹が扉を開け、玄関先で靴を脱いでいる最中。

 階段から下って来た妹の杏南とバッタリと視線が合う。


 そこから数秒ほど、時間が止まった感覚に襲われるのだった。

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