第3話 私、辰樹くんの事なら、なんでも知ってるよ!

 溝口辰樹みぞぐち/たつきの前には、セミロングヘアを外の風で靡かせた山崎春香やまざき/はるかがいる。

 先ほど、兄になってほしいと言ってきた子なのだ。

 しかも、同じクラスメイトであり、同年代。

 そんな子の兄になるなんて考えられなかった。


 辰樹は理想の妹が欲しいとは願ったことがあるのだが、同世代の子の兄になりたいとは考えたことがないのだ。


「え……どういうこと?」


 辰樹は衝撃的すぎて、聞き返してしまう。

 幻聴でも耳にしていたのではと思ってしまうほどに、意味不明だった。

 頭での処理が追い付いていなかったのだ。


「それはさっき言った通りの事だけど?」


 晴香は頬を紅潮させながら言う。


「そ、それ、本気で言ったの?」

「うん、そうだよ!」


 辰樹は、彼女から何か問題あるのといった顔を見せられていた。


「でも、私ね、妹に憧れがあるの」


 彼女は自分語りを始めている。


「な、なんで?」


 辰樹は怖かったが、その話に首を突っ込んでみる事にしたのである。




「私、一人っ子なの。だから、漫画とかに登場する兄に憧れがあって」

「でも、なんで俺? そもそも、同世代だよね? わかってる?」

「わかってるよ。だから、さっきから言ってるでしょ!」


 やはり、本気らしい。現実で生じている事を現実だと認識できず、辰樹は目を点にしていた。

 やっぱり、意味が分からない。


 二次元作品で、同年代の子が両親の再婚などで兄妹になることもある。

 だが、それは極めて珍しい一例であって、現実でそういう状況に遭遇する事自体、ほぼほぼないのだ。


 辰樹は今、その希少な一例を体感している状況だった。


「それに俺、兄らしい奴でもないけど……」

「でも、私の理想なの!」

「理想? 俺が?」


 妹はいるが、兄らしいかと言われればそうではないと思う。


 それに他の人と比べても、そこまで秀でているところがあるというわけでもなく、至って平凡だからだ。


「私ね、辰樹くんのことは中学の時から知ってたんだよ」

「そうなのか? どこで知っていたんだ?」

「辰樹くんって、ゲームの大会に出ていたでしょ?」


 確かに、中学生の頃、そんな事をしていた時期があった。


「その時の辰樹くんの事が好きで」

「でも、俺は昔のようにゲームを殆どやってないけど」

「どうして?」


 春香は首を傾げる。


「両親から止められたって事と、最終的には全然勝てなくなってたしな」


 辰樹はゲームの大きな大会で、最後の最後で大幅に差をつけられ、負けてしまっていたのだ。

 色々な状況が積み重なり、自身の意志で辞める事にしたのである。


 最初、辞める事には抵抗があったものの、一か月ほど考えたのち、しっかりと諦めがついたのだ。

 それに、よくよく考えてみれば、全力で挑んだ試合だった事もあり、不思議と後悔はなくなっていた。




 そのゲームとは、中学の秋頃に縁を切った。

 辰樹は平凡に生きる事を選んだ。


 競技的なゲームから距離を置き、日々生活を続ける中で、ゲームという競争環境で生活するよりも精神的に気楽だという事に気づいた。


 あの時はあの時で楽しいことも多々あった。

 学べることもあったし、その環境でしか繋がることができない人との関係もあった。


 大切な思い出ではあるが、昔に戻ろうとは思わない。


「でも、私は続けてほしかったなって。私もゲーム好きだから。一緒に遊べるお兄ちゃんが欲しかったの。ゲームの強いお兄ちゃんと一緒に遊ぶことが理想なの!」


 晴香の熱意は本物だった。

 目を輝かせている。


 今、辰樹は彼女に圧倒されていたのだ。


「そ、そうか。でも、まあ、簡単なゲームをするくらいなら、別にゲームをしてもいいけど」

「そうなの? じゃあ……じゃあさ、私のお兄ちゃんになってくれるのは?」

「それは……ちょっと違うかな」


 晴香は美少女である。

 彼女の兄になるのも悪くはないのだが、すぐに受け入れられる内容ではなかったのだ。




「私ね、辰樹くんがゲームプレイヤーだった時から、同じゲームばかり練習してたんだけどね。それと、辰樹くんって、昔は配信活動もしていたでしょ?」

「よく知ってるな」

「私は君の事なら、なんでも知ってるからね!」


 晴香は、どや顔で言う。


 本当に、昔から注目してくれていたのだと、直接的に知れた瞬間だった。


 今思えば、ゲームの大会が忙しすぎて、普段の学校もあった事から本格的にファンの子と関わったのは、今日が初めてかもしれない。


 嬉しいような気もするが、なんとも言えない心境だった。


 けれど、こんなにも素直に、すべてを理解してくれる子が妹だったらと思うと、彼女を妹として受け入れたくなる。


 だが、現に、妹がいる。


 それに、同世代の子を妹として見る事は難しい。


 そんな葛藤に襲われていたのだ。


「どうしたの? 顔色悪いよ」


 目の前にいる彼女は辰樹に近づいて来て、上目遣いで顔を覗き込んでくる。

 そんな彼女の言動に、正直ドキッとしてしまう。


 殆ど女性慣れしていないこともあり、反応に困る。


「えっと……急に色々な事を言われてもさ。どうすればいいのかわからなくて……」


 その彼女の好意に辰樹は驚き、後ずさりながらも返答する。


「そ、そうだよね。私も唐突すぎるよね。段取りを踏んでからの方が良かったよね?」

「そういうわけでもないんだけど……」


 辰樹は苦笑いを浮かべていた。


 晴香と一緒にいるとヒヤヒヤもするのだが、同時に彼女と会話している事に楽しさを覚え始めていた。


 いつもの妹――杏南あんなとは違う魅力がある。

 それに理想的な妹のような可愛らしさもある。

 そんな感覚を辰樹は今、肌と心で感じられていたのだ。




「そうだ、気分転換に、私が作って来たお弁当を食べてくれないかな? 私のお兄ちゃんになるかどうかはその後でもいいから、ね!」


 晴香は両手に持っている弁当箱を、辰樹に見せつけてきた。

 弁当内容はわからないが、雰囲気的に美味しそうな感じがする。


 その時――屋上の扉が開かれる。


 屋上の風の流れが変わった瞬間だった。


 兄になるかどうかの話に一旦決着がついてから、その数秒後から屋上内が騒がしくなる。


 購買部で購入してきた者、弁当を持って友人と会話している者、食べる準備を整えた人らなどが屋上に集まりつつあったのだ。


「私たちはあっちのベンチに座って食べよ。おちおちしていたら座れる席がなくなっちゃうよ」


 彼女は強引にも辰樹の左手首を引っ張り、そのベンチへと導いてくれるのだった。

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