第2話 私のお兄ちゃんになってくれないかな…?
実際の妹というものは面倒だ。
辰樹は妹の
辰樹は今では、妹のサンドバッグみたいな存在になっていた。
だが、妹と言えども、一人の人間であり、女の子なのだ。
人の心というのはそう簡単にコントロールすることも出来ず、だからこそ、人間らしさが滲み出ているのだろう。
辰樹が望んでいる妹というのは、面倒な妹ではなく可愛らしい妹の事である。
現実的に、杏南~、お兄ちゃんの事が好きだとかは言われる事はないのだろう。
ただ、昔の妹だったら、普通に言ってくれたかもしれない。が、それは単なる仮想的な話。
でも、希望を抱いてしまうのだ。
好意的で理想的な妹の存在に――
新学期の朝。
運がいい事に、隣の席が
彼女とは去年からの友人の一人であり、話しやすい女の子だった。
名子は基本、無口で口数が多い方ではないが、親しい人に対しては普通に会話をしてくれる。
話し出すと明るい性格である事が分かるが、少々人見知りなところが見受けられる。
初対面の人からしたら、不愛想に感じるかもしれないが決して悪い人ではないのだ。
「今日から、この学校に妹も通うことになったんでしょ? どうだった?」
席に座るなり、彼女は体の正面を辰樹の方へ向け、話題を振ってきたのだ。
「どうもこうもさ、朝っぱらから大変だったよ。意味わからない事を話しだすし」
辰樹はため息をはきながらも返答する。
「それって、君と、もっと会話したいんじゃないかな?」
「そうか?」
辰樹は首を傾げてしまう。
「けど、本当に会話したいなら、普通の話題にするとか。他にも色々あると思うんだけどね」
「でも、そういうものだよ。多分ね。私もそうなってしまう時があったしね」
「え?」
辰樹は疑問口調になりながらも彼女の顔を見やる。
「アレ? そういえば、まだあのことを言ってなかったっけ?」
「どんなこと?」
まさか、友人関係なのに、秘密にされていることがあったのかと、ショックを感じていた。
「私には一応、兄がいるんだけどね」
「へえぇー、そ、そうなんだ」
去年から友人関係ではあるが、初めて知った情報に驚く。
秘密といっても、大きな隠し事ではなく一安心していた。
「でもさ、私の兄は社会人で、二年くらい前から家にいないんだよね。都会の方に就職したからで」
「仕事の都合か」
「うん。だから、兄と一緒に暮らしていた時は、もう少し会話したかったこともあるけど。なんか、気まずいっていうか。恥ずかしいというか、まあ、そんなものじゃない?」
「よくわからないけど。そういう事にしておく」
辰樹は何となく頷いておいた。
「妹も多分ね、君と話したがってると思うよ」
「でも、昔は普通だったんだけどな」
「そうなんだ、意外だね。いつも妹が大変だとか言ってるけど。昔は普通だったんだ」
名子は関心を持って話を聞いてくれていた。
「中学一年の頃までは普通に会話してて。妹が中二になった時から距離を感じるようになったというかさ」
「じゃあ、それを解決すれば何とかなるって事でしょ? 私も一応、兄がいる妹だから、ある程度分かるところもあると思うから。何かいい案があったら、その度にアドバイスしてもいい?」
名子は、辰樹の顔をまじまじと見て自信ありげに言う。
妹に関しての有識者であれば心強く感じるものだ。
「話は少し変わるんだけど。後、これ見てみる?」
名子は机の横にかけているバッグに手を入れていた。
「去年から書き始めている作品なんだけど」
名子はバッグから取り出した一冊のノート、辰樹に渡す。
辰樹は受け取ったノートのページをめくってみる。すると、そこには可愛らしい感じの女の子の絵が描かれてあったのだ。
「上手いな。でも、どうしてこれを?」
「一応、見せたいと思って」
「俺に?」
「うん……そのノートに描かれているキャラを使って、今、漫画を描いてるんだけど。このイラストとかどうかな?」
名子は、辰樹が持っているノートを覗き込むようにして、特定のイラストを指さしていた。
「いいんじゃない?」
「だ、だよね!」
「でも、どうして妹系のイラストばかり?」
「私、妹と兄が関わる漫画を描いてて、妹らしい絵の練習をしているの」
名子は照れ臭そうに言う。
彼女からしたら、かなり勇気を出して自分の秘密を明かしてくれたのだと思われる。
彼女の新しい一面を知れて嬉しかったのだ。
「えっと、実際の漫画については、恥ずかしいから後で見せるね」
名子は頬を紅潮させながら、ボソッと言う。
「まあ、それくらいで。もう終わりね」
名子はずっとイラストを見られているのが恥ずかしかったのか、辰樹が手にしているノートを回収していた。
そして、バッグの中にしまっていたのだ。
「それにしても絵が上手いね。漫画家とか目指してるの?」
「うん。昔からね。でも、恥ずかしくて応募はしてないんだけど」
「勿体ない気もするよ。実際の漫画は見たことないから何とも評価できないけどさ。一回でも応募してみればいいよ」
「……ありがと、そういう風に言ってくれて」
名子はぎこちない顔つきで、照れた感じに笑っていた。
そうこうしている間にも、教室内に今年からの担任教師である女性が入ってきたのだった。
午前の授業が終わり、昼休みになった。
この後は校舎内の購買部に行って、それから別の場所で昼食をとる。
それがいつもの日課だった。
辰樹が教室を後に廊下を歩いていると、同じクラスメイトの
「ねえ、屋上に来てくれないかな?」
「今から?」
これから購買部でパンを買う予定なんだけど。
彼女と会話していたら、パンが売り切れてしまうし……。
「それと今日、弁当を作って来たんだよね。だから、食べてほしいの!」
「俺のために作って来たってこと?」
「うん!」
晴香は笑顔で頷いていた。
辰樹はなぜと思いながらも、彼女と共に屋上へと向かう事にしたのである。
屋上に向かうと、そこには誰もいなかった。
普段はチラホラと人がいるが、今は時間が早いためか、自然体な光景がそこには広がっていた。
外の風もそこまで強くはないが、日差しはそれなりに強い。
少々眩しく感じながらも、辰樹は彼女とフェンスのところまで移動した。
晴香がフェンスに背を向け、辰樹と向き合うような態勢になると真面目な顔を見せる。それから表情を崩し、恥ずかしそうに頬を赤く染めると――
「私、辰樹くんの妹になりたいの! だから、お兄ちゃんになってくれないかな?」
その時、少しだけ時間が止まった気がした。
それほどにも彼女の口から放たれた言葉の威力が桁外れに飛び抜けていたからである。
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