第3話 相思相愛な推し

「まーた2人で来てる」


 記念撮影の名目で呼び出されたステージの上でアスナが肩がくっつきそうなくらい近づいて言った。


「不本意なことにね」

「不本意って……そう言ってなんだかんだ一緒に来てるじゃん。なんで?」

「言ったでしょ。ここに来る前に作業するので寄ってる喫茶店で席を取っておいてもらったって。行き先が同じだからどうしようもないんだよ」

「それは聞いたけど、だからって一緒に入らなくても」

「って僕も言ってるんだけどね。まるで伝わらないんだよなあ。なんでだろ?」

「伝わってないんじゃ言ってないのと同じじゃない?」

「ええ?そう?う~ん……」


 僕の予想だと伝わってるんだけど、彼女的には「それはそれとしてどうでもいいから一緒に行こう」なんだよなあ。どう言ってもその反応だから、この際アスナに言ってもらった方がいいかもしれない。


「だったらアスナが言えば?」

「言って聞くと思う?」

「思わないけど」

「「はあ……」」


 2人してマリアナ海溝より深いため息が出てしまった。


「なーんでよりによってアサカなんだろ?」

「知らないよ。それこそ本人に聞いてよ」

「それはなんかアレだからヤダ」


 アスナが「べ」と小さく舌を出した。


「でもたしかにほかにも一緒に入ってくれるご主人いると思うけどな。なんで僕なんだろ?」

「……それ、本気で言ってる?」


 なんか鳩が豆鉄砲を食ったような目で僕を見てきた。


「え?本気も本気だけど?」

「はあ」


 またため息。


「え?なんかあった?」

「や。ない。ないから気にしないで」


 そう言われると気になってしまうんだけど、アスナはなんかブツブツ言って聞く耳を持ってなさそう。


 少ししてアスナは咳払いをして僕を指した。


「とにかく!あの意味わかんない状況はどうにかして!」

「できたらもうやってるんだよなあ」


 って言ったら睨まれた。


 僕だってなんでこんな状況になってるのかわからない。わからないのにどうにかしろってどうすればいいんだよ。


 視線を彼女の方に向けると、目が合った。しかも手まで振ってきてやがる。


「ちょっと?」

「いや、僕にもよくわかってないんだって」

「そうじゃなくって――。んあ〜……ひとまずいいや。ポーズはお任せでいいよね?はい、じゃあ、こうして」

「え?ええ?」


 ひとまず?って思ったけど、言われるがままにポーズを取る。どうしてもここじゃないと話せないって話でもないし、仮に重要な話であっても話せる時間はまだある。


「ん。じゃあ、そのままね。お願いしま~っす!」


 ステージの上手側にある落書きスペースからメイドが出てきてパシャッと1枚あっという間に撮って戻っていった。


「んふ。ありがと」

「はいはい」


 メイド喫茶の記念撮影はメイドが撮ったチェキに落書きを入れてくれる。カードのランク別に落書きの内容も変わってくるんだけど、シルバーな僕は自由に描いてもらえる。どんな落書きがされてくるのかは受け取ってからのお楽しみだ。


「でも思うんだけどさ。」


 と、アスナがまた身を寄せてきた。


「アサカがアレに言ったのって、ただ待ってる場所でちょうどいいとこを教えたってだけでしょ?それだけであんな風になると思う?」


 アサカってのは僕の名前だ。ここでの名前でもあるけど、本名そのままなので、呼び捨てにされるとなんとも言えない気持ちになる。


「どうだろ?なんないと思うけど」

「でしょ?やっぱなんかおかしいよね。それにさぁ――」


 さらに一歩踏み込んできた。ほんの少し触れるくらいだったメイド服が僕の身体に食い込んで形を変える。


「このくらいだよ?距離感。近すぎだって」


 不満をアピールするみたいに頬が膨らんだ。柔らかそうに見えるし突っついてみたくなるけど、さすがにそこまでの関係じゃないので、グッと堪える。


 その代わり目を合わせて応えた。


「離れろって?」

「ん~。せめてこのくらい」


 そう言ってアスナは2歩下がった。僕の食い込んで形を変えていたふわふわなミニスカートも離れてしまった。


「そんなに?」

「このくらいの気持ち。そんくらい近いんだから」

「そうかなあ?まあ、いいけど」


 席に戻ると、彼女とメイドが2人で話していた。


「お、やほ~」


 戻ってきた僕に手をふりふり声をかけてきたのは、メイドの方。通い詰めてるってこともあって、このフロアならメイドはだいたい顔見知りで、人の名前を覚えない僕でもメイドであれば顔と名前が一致してる。


「やほ。ヒマ人?」

「そっそ!さっきまでバチクソ忙しかったけど、ひと段落したから、月乃に癒されに来た」

「ふうん」


 月乃つきのってのが彼女の名前。ちなみにメイドの方が彼女の推しのスズ。


 見た目はかわいい部類の酒クズ限界女子な彼女と、陽キャ組なスズの2人は波長が合うとかなんとかでこうしてヒマがあればしゃべるくらい結構仲がいい。


「薄っす。相変わらず反応薄っすいなあ~。もうちょっとないの?」

「そう言われても」


 僕にはアスナがいるし、そもそもスズ目的で来てるのは彼女の方だろ。


「せっかく一緒に来てるんだし、もうちょっと話してくれたっていいんじゃない?」

「そんなことしたら睨まれるでしょ」

「そんなことしないってば。ねえ?」


 スズはそう言ってるけど、割と事実だったりする。特にスズがいないときとか。まあ、オタクってのは独占欲強めだからね。しょうがない。僕はそんな人たちを反面教師にしてるからほかの人のところにいるときの表情を見たり、グッズを買い占めたり、イベントに行って独占的な行動をとったりしないようにしてる。


「スズ、言ったじゃん。コレにそういうの求めてもムダだって」

「えー?」


 サイダーを吸い上げきれなくなったストローから口を離して彼女は言った。


「陰キャだから女の子と話すのここだけなんだよ?キンチョーして話せないんだって」

「え?」


 おいこら。なんてこと言ってやがる。


 彼女に目を向けるとニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。けど、スズは「しょーもな」とでも言いたげにため息を吐いた。


「そんなのここに来てる人ほとんどそうでしょ。常連さんなんか特に」


 こいつ、言うに事欠いて常連をディスりやがった。言ってることはその通りだけど、言ってやるなよ。


「あ~それ。わかる。顔が見れないからっておっぱいに目をやるのやめて欲しいよね。視線が下にいってんのわかるってのに」

「ね!ほんとそれ!顔が先じゃないんだよね!ここからこう!」


 と、スズの指がなぞるように彼女の胸から顔、んで腰のあたりを指した。ちなみに腰のあたりに視線がいくのは、メイドの名札が腰のあたりに付いてることが多いから。別にどこに付けてもいいらしいんだけど、なんだかんだこの辺が一番見てもらいやすいらしい。


 まあ、メイドによっては胸のところに付ける人もいるからそこは人それぞれの戦略なのかもしれない。


「ちなみにアサカもこう見てるよ。ね?」

「え?」


 完全に他人事だと思ってたのに、急に僕に振ってきてマヌケな声が出てしまった。


「あ!それ!わかる!わたしもいっつもそうやって見られてる!」

「やっぱ!?ね!教えて!?なんで見てんの!?」


 この2人、僕をダシにして話を盛り上げるのが楽しいらしく、ことあるごとにこうやってくっだらない話に花を咲かせてる。ちなみにフツーに下ネタも話してる。おっぱいって単語が出てくるくらいだったらまだかわいい。そこから先のワードが出てきだしたらブレーキが壊れはじめてくるから誰かがストップをかけないと、色々なイミで大変なことになる。


「そんなこと言われても。別に胸は見てないって言ったらアレだけど、そんなに意識してないよ?強いていうなら……ん~ちょうどいい位置にあるから?」


 首を傾げつつ応えると、彼女が湿った目を向けてきた。


「いやいや、ないでしょ。わたしはともかくスズも、でしょ?スズなんてちょうどいい位置になんにもないよ?何かが見えてるとしたらそれきっと幻想だよ?」

「おいコラ。誰の胸が幻想だって?あるわちゃんと。ほれ」


 と、スズが胸を張ってみせてきたけど、残念。僕の目には平坦なメイド服しか見えない。


「ん〜?見える?」


 彼女も同じらしい。目を凝らして見てるけど、そこは間違いなくメイド服の生地が広がる平原だ。


 でも、彼女の問いに答えたら血を見るのは僕だ。というか、目の前に比較するのもおごかましいくらいのサイズがあるからなあ。


「ちょっとぉ?アスナに言うよ?」


 彼女の方に目を向けると、心底不満そうなスズの声。なにを見ていたのか察してるっぽい。


「いやだってそう言われてもね」

「幻想でしょ?」

「少なくとも夢も希望も詰まってない、かな」

「ぐぅ……」


 かろうじて出た声は完全に負け犬のそれだった。


「まあ、いま平原でも大丈夫大丈夫。わたしも大学で急にサイズ変わったし」

「いくつからいくつ?」

「え?サイズ?どうだったかな。忘れたけど3サイズ変わったのは覚えてる」


 スズの問いにそう答えた彼女。けど、その視線は思いっきり逸らされていて覚えてるのは丸わかり。たぶん今のスズより大きかったんだろうな。


「月乃ぉ?」

「や、大丈夫。大丈夫だって!ちょっと望み薄感あるけど大丈夫!」

「ちょっとぉ!?望み薄ってなに!?せめて期待くらいしてくれたっていいじゃん!」


 ホント、仲のよろしいことで。


 大貧民と大富豪の醜い争いがはじまろうとしたところで、2人の視線が僕の方に向いた。


「は〜い。呼ばれたからいってくる。あとでね」


 と思ったら僕じゃなかったらしい。


 振り返ってスズが見ていた方に目を向けるとスタッフの姿があった。


「は〜かわいい。マジ推せる」


 彼女はスズをからかって満足した表情でスタッフに呼ばれたスズを目で追いかけてる。たまに目が合うらしく、手まで振り合うサービス付き。見ようによっては恋人のようにも見えるけど、2人の関係はあくまでもここだけ。つまりお嬢様な客であり、メイドっていうバイトって間柄なだけだ。


 だから初めてくる人にオススメのメイドとして紹介するし、記念撮影とかも「どんどんやっちゃって!」って言えちゃうらしい。


 人によっては「いや、それは『推し』じゃない」とか言う人もいるけど、彼女に取っての「推し」はそういうもののようだ。


 僕?僕は「かわいくて話しやすいメイド」ってくらい?ほかの人とのなにか正直どうでもいい。だから僕にとってのアスナは「推し」というのとはちょっと違う。不思議なんだけど、これ、結構わかってもらえないんだよなあ。なんでだろ?


 しばらくしてスズがステージに移動してマイクを取った。狭い店内だけど、爆音でBGMが流れてるせいで普通の声じゃ聞こえないから、ここでは記念撮影をするときにマイクで呼び出される。


「記念撮影でお待ちの月乃お嬢さま〜!ステージにお越しください!」


 ステージの上で手を振ってるスズに彼女が振り返して応える。


「んふ。かわい。じゃ、行ってくる」

「いってら」


 スズのあの反応、ほかのご主人様はもちろん、お嬢様もないんだよなあ。


「推して推されてってよりあれはもう相思相愛だよなあ」


 僕のつぶやきはBGMに飲み込まれて消えた。

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