第2話 たぶん犬猿の仲?

「階段にする?」


 さっきまでの二日酔いの崩壊具合はどこへやら。メイド喫茶が入ってるビルのエレベーターから伸びる列を見てすぐ彼女が階段を指した。


「階段ねえ」


 メイド喫茶が入ってるビルのエレベーターは結構小さくて、乗れてもせいぜい5人くらい。3階から7階までメイド喫茶だから平日以外はエレベーターを待ってるよりも階段を上がっていった方が早い。


 けど、さっきまで二日酔いで死んでた人が階段で行くって言われたら、ねえ?ちょっと正気を疑うよね。


「本気で言ってる?」

「本気も何もいつもこっちじゃん。どうしたの?急に」

「いや、別にいいんだけどさ」

「……へんなの。じゃ、階段ね」


 僕の心配を気にも留めず、レンガ色のタイルが貼られたやや急な階段を上っていく。どのくらい急かっていうと、2段上にいる彼女のお尻がちょうど目の前にあるくらい。エスカレーターよりも少し急ってとこかな。


 踏み外しても大丈夫なように、途中で間に入ってこれないように、ほぼぴったりくっつくようにして僕は左右に揺れるお尻についていく。土日ってだけあって、ギリギリすれ違えるくらいの幅しかない階段の左側には各フロアのお客さんがスマホを見ながら待ち時間を潰してる。僕らは右側を通って階段を上がっていくんだけど、途中で降りてくる人たちもいるからなかなか大変。


 ま、僕がやることは踏み外して落っこちそうになったら受け止めるって大義名分を盾に、僕は目の前にある形のいいお尻についていくだけ。左右に揺れるお尻を眺めてるうちにあっという間に6階の待機列の最後尾にたどり着いてしまった。


「よっ!と――ふぅ~……」


 最後尾は5階と6階の踊り場の手前。土日のこの時間の待機列の長さとしてはやや短い。すぐ下の5階で朝からイベントをやってるってのも列が伸びてない原因かもしれない。


「3回くらい行けそうじゃない?」


 腰が回るのを察知した僕は自然に目線をお尻から彼女の顔へと移す。

 

「かな?この時間でこれなら行けるかも」

 

 土日含めて休日は10時から開店で、最短だから4時間。そこから30分ずれての今の状態でこれだから2回は確実。3回目を狙うならタイミングを見計らってないといけないかも。


「そういえば、そっちも最短?」

「ん。そう。たしか最短だったはず」


 スマホを出して確認して、頷いた。


「ん。やっぱそうだ。ほら」


 自慢気な顔で僕にスマホの画面を見せてきた。画面には彼女の推しのメイドさんのお給仕日程、もといシフト表。ご丁寧に今日の日付のところを拡大していてくれて、最短の文字がでかでかと表示されていた。


「んふ。ってことで今日も一日よろしくね?」


 彼女は心底嬉しそうに笑った。 


 メイド喫茶と一言で表しても、運営形態はさまざまで、メイド喫茶単体でやってるお店もあれば、昼間は喫茶店形式、夜はバー形式と2つの顔を持ってるお店もある。滞在時間も時間制で決まってたり、決まってなかったりで、一口にメイド喫茶って言っても楽しみ方はお店ごとに違うし、過ごし方も変わる。


 僕らが通ってるメイド喫茶は、滞在時間は60分、記念撮影やゲームができるエンターテインメント系のタイプだ。最近できたってわけじゃなくて、それこそメイド喫茶の先駆けみたいな立ち位置らしく、かれこれ10数年近くの歴史があるらしい。


「認定証をお預かりします~」


 階段の隙間から下のフロアの列を眺めていると、スタッフの人に声をかけられた。


 認定証ってのは、平たく言えばこのお店のメンバーズカードで、「ご主人様認定証」と呼ばれている。入店回数によるランク分けがされていて、ファンタジーのギルドよろしくブロンズからはじまって、アイロン、ミスリル、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤと続いていく。ランクが上がるごとに入場料が100円ずつ安くなる仕組みで、ブロンズが700円で5回、6回目のアイロンが600円で、ミスリルは50回で500円ってな具合になる。


 ちなみに僕はさらに先のゴールドで、彼女はダイヤ。はっきり言って歴も格も違いすぎてなんで僕と一緒にいるのかさっぱりわからない。


「2人で」


 彼女が自分のカードと一緒に僕のカードをスタッフの人に渡す。


「はいはい~。もう少々お待ちください~」


 ちょっと前までは男ばっかりだったのに、最近は女のスタッフも増えてきたらしい。女のスタッフさんはのんびえいした声で言い残して来た道を戻って6階の中に入っていった。


「ん?」


 と、彼女が首を傾げた。


「どうかした?」

「や。な~んかどっかで見た気がするなぁって思っただけ」


 それだけ言って彼女はスマホに目を落とした。


『ありがとうございましたー!』


 しばらくして下のフロアの朝のイベントが終わったらしい。マイクを通したメイドの声が壁やドアを貫通して僕の耳まで届いてきた。


「声デカ過ぎでしょ」

「ね。壁貫通してるし」


 イベントの音がほかのフロアに貫通してくるってのはよくあるけど、ここまではっきりうるさいと思えるくらい聞こえるのは珍しい。


「今日って誰だっけ?」

「6階しかわからない僕に聞く?」

「この前5階に行ったじゃん」

「行かされた、でしょ。僕の意思で入ったんじゃない」


 友達の様子を見たいからって6階しか知らない世間知らずを陽キャの巣窟な5階に連れ込むとか勘弁してほしい。


「だから私が払ったじゃん。責任を持って」

「そういうことじゃない」


 知らないうちにゲームを入れられて窓際の小さいテーブルを挟んでどんな関係か根掘り葉掘り聞かれる身にもなって欲しい。


「そういえばハルとどんなこと話してたの?」


 ハルってのが、メイドをやってる彼女の友達。本名なのか、メイドとしての名前なのかは知らない。


「前に言ったじゃん。どんな関係?って聞かれただけ」

「それだけ?にしては結構前のめりだった気がするけど」


 んなこと知るか。


 15分を過ぎたくらいで待機列が動き始めた。自動ドアのが動く音とメイドさんのお出迎えの声が近づくごとにハッキリと聞こえてくる。


 そうこうしてるうちに入口の自動ドアの前までたどり着く。ふと僕が顔を上げたところでガラス張りの自動ドアの向こう側のメイドさんと目が合った。ドアの向こうで手を振ってる。かわいい。


 手を振り返してあげると、そのメイドさん、どこかに行くと思ったら、メニューを引っ張り出してこっちにやってきた。


「おまたせ〜」


 手をふりふりしながらメイドさんがお出迎えをしてくれた。ちなみに初めてだったり、顔を知ってもらってないとこんな風にはならない。「お待たせしました。ご主人様、お嬢様」って定型文みたいなお出迎えになる。


「あれ。アスナがお出迎え?忙しいのに悪いじゃん」

「今んとこはそこまでじゃないし、そこで目が合ったから。ね?たまにはサービスしないと」

「サービス、ねえ?」


 ジトっとした目をアスナに向ける彼女。どうも2人は仲がよろしくないようで、かち合うたびにこんなやり取りをしてる。


「あ。もしかして妬いてる?自分はそんなにスズにお出迎えしてもらったことないからって」


 ぷふ〜っと煽るアスナ。


「は〜?んなことないし。ちゃんとあります〜!ほら!さっさとご案内!後ろつっかえてるんだから!」

「はいはい」


 しっし!と追い払うように手を振ってようやくアスナが動き出した。


「まったく……もう。」


 入口横にあるキッチンとレジを通り過ぎて、アスナがベルを鳴らす。


「ご主人様、お嬢様のご帰宅です!」

「「おかえりなさいませ。ご主人様、お嬢様」」


 アスナの声を合図にメイドたちの声が店内に響いた。

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